Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第540号(2023.02.05発行)

インフラサウンド観測を津波防災につなぐ研究

[KEYWORDS]インフラサウンド/津波防災/多圏融合科学
高知工科大学システム工学群教授、同総合研究所インフラサウンド研究室室長◆山本真行

地震や噴火などの地球の自然現象によって、人の耳には聞こえないインフラサウンド(超低周波音)が発生する。
高知工科大学ではインフラサウンドセンサーを開発。
2016年以降、北海道から宮崎県まで計31地点に設置して空気振動を観測している。
2022年1月のトンガの火山島の大噴火でも、巨大な気圧変動で起きた海水面変動が発生、ほぼ音速で伝わったことをセンサーは捕らえていることからも、インフラサウンド観測が津波防災に有効であることは明らかである。

地球が奏でる聞こえない重低音

「地球の声」を聴いたことがあるだろうか? 私たちの住むこの惑星は、ヒトが気づくかどうかはともかく、普段からさまざまな音を奏でている巨大楽器の集合体である。風切り音、海鳴り、雷鳴、火山噴火音などは、地域とタイミングが合えば耳にできる可聴音の成分を含む。一方、ヒトの感知下限となる重低音(周波数20Hz)以下の波動成分をインフラサウンド(超低周波音)と呼び、人知れず地球大気中で発生・伝搬・減衰し、この世界に溶け込んでいる。音波は、媒質である空気の振動により伝わる縦波(粗密波)である。四重奏を奏でる弦楽器では、弦が最も短いバイオリンは高い音(高周波音)を、最も長いコントラバスは低い音(低周波音)を奏でる。ヒトの耳に聞こえず音楽としては意味を成さない巨大楽器も存在する。パイプオルガンを備えた欧州の大聖堂などは、建物自体が巨大楽器を成し空間を震わせ、数100年の昔から時代の人心に共鳴し支えてきた。
さらに巨大な楽器を想像しよう。稲妻は少なくともキロメートル規模のプラズマ発光で、地球大気中に瞬間的に表れる巨大弦楽器である。火山噴火は噴火口の地下に潜む筒が管楽器を成し、雪崩や土石流は、雪氷や土石で構成された面が動く巨大な太鼓である。そして、地球上最大スケールの恐ろしい音の源となり得るのが、巨大海底地震によって海水面上に現れ、津波の源となる海面変動(隆起または沈降)である。

津波が生む巨大スケール大気振動

■図1 共振の仕組み
大気中の超低周波音による押し( 灰色)引き(橙色)は海面上に共振波(青点線)を生む。(c)Kochi University of Technology

大気中での音波の進行速度は気温条件等にも拠るが約340m/sで、簡単には3秒で1km走ると思えばよい。波は、山と谷で1波を成し、半波長(1波の長さの半分)スケールの空間構造と共振(共鳴)できる(図1)ため、170mの構造から発生する音波は1波が1秒で震える空気振動(周波数1Hz)となる。津波源の構造は数100kmスケールで、もし直径170kmの海域が突如隆起すれば、周期1,000秒(約16分)の巨大スケール大気振動となる。圧力計では高周波過ぎマイクでは低周波過ぎるため、精密観測には両者のメリットを融合した専用センサーが必要で、高知工科大学では2004年より学生とともに基礎研究を続けてきた。
2011年3月11日、東日本大震災の際、国立天文台水沢VLBI※1観測所において精密気圧計が津波起因の大気振動を捉えた。信号が巨大なため気圧計で捕捉できたのである。これを機に、それまでの研究成果を活かしてメーカーと協力し国産複合型インフラサウンドセンサーの開発に本格着手、2015年に製品化に漕ぎ着けた。天文学において新しい周波数帯域を開拓するたび新発見があった相似象として、大気科学や防災・減災工学に新たな地平を拓くと期待している。2016年から(公財)セコム科学技術振興財団の研究助成を得て、大学周辺の高知県内15地点を皮切りに設置を始め、現在は北海道から宮崎県まで計31地点にて運用を続けている。これまで、九州の火山噴火音や隣国の化学的爆発が四国で計測できた事例、台風直撃、雷鳴、火球(明るい流星)、前線通過、突風、集中豪雨、ロケット打ち上げなどの事象の地域計測データを蓄積してきた。

トンガからの100年に1度の「地球の声」と気象津波

2022年1月15日、観測網がついに全国規模の巨大信号をキャッチした。北海道から九州まで、ほぼ同じ「顔つき」(波形)の「地球の声」が届いたのである(図2)。波の源は、何と日本から遥か8,000km離れた南太平洋トンガの火山島(フンガ・トンガ-フンガ・ハウパイ火山)※2の100年に1度という規模の巨大噴火で、現代的観測機器が発達した時代において地球上で初となる事象であった。このとき意外な形で津波が観測され、気象庁は深夜の緊急記者会見で注意喚起した。火山噴火による海底地形変化等が原因となる本来の微小津波到来の予想時刻より遥か前に、日本の太平洋沿岸の複数個所で最大1m超の海水面変動が検知され、高知県内の漁港では係留漁船が転覆する被害をもたらした。インフラサウンドが到来すると、障子がカタカタと音を立てることがある。これと同様、今回の謎の津波は海面上を走る気圧変動が海面を励振させたと推定される。筆者たちのインフラサウンド観測を含む気圧観測と、東日本大震災以降に急ピッチで整備された海底水圧観測(東日本沖S-net、紀伊半島沖DONET-2等)の比較でも整合性のある結果が得られた。
謎の津波と同様の事象として、長崎県の大村湾で有名な「あびき」※3(副振動、気象津波)が想起される。水深200m程度の平坦な大陸棚の海底地形が続く東シナ海の上を、前線を伴い急速に発達しつつ猛スピードで進む低気圧があるとき、低気圧の東進する速度と大陸棚での海の波の進行速度が揃うことで大気と海が共振し、海面に原因となる振動を生み、これが沿岸へ押し寄せ普段は湖面のような大村湾でさらに共振(副振動)を起こし高潮被害を生む。今回はこれが巨大スケールで起きた相似象と考えてはどうだろう?トンガ火山の大噴火により、普段では有り得ないスケールの気圧変動が太平洋上の1点で発生、ほぼ音速で同心円状の波紋の如く海上を駆け抜けた。太平洋の海底地形の多くは水深4,000~6,000mの大洋底である。海の波の進行速度は水深が深くなるほど速くなり、大洋底では進行速度が音速に迫り励振可能となる。励振条件は大洋底の続く遥か数1,000kmに渡って維持され、水深が浅くなる沿岸域では速度が落ち、後ろの波が追いつく集積効果により明確な脅威となり、湾奥の検潮所で約1.3mの変動が検知された。実際は、気圧波(超低周波音はその一部)にも幾つかの物理学的区分があり、筆者たちは大気重力波と呼ばれる成分が1つ重要な寄与を果たしたと考えている※4

■図2 2022年1月15日トンガ火山噴火によるインフラサウンド観測波形

インフラサウンド観測網の早期配備への提言

今回の事象は、世界の海洋国家において津波防災に繋がるインフラサウンド観測網を配備する有用性を示した。陸上型センサーには配備やメンテナンス性にコストメリットがあり途上国にも配備しやすい。国内では、地震計、アメダス気象局、GPS測地局と同程度の密度での配備の早期実現を提言したい。今回の海面変動は、驚くべきことに陸域により太平洋から隔てられたカリブ海沿岸でも観測された。巨大事象では、地球物理学の領域内でさえ大気圏、海洋圏など多圏に細分化された現代科学の知見を今一度、融合せねばならない。やや話が飛躍するが、もし太陽系空間から100mスケールの小惑星(巨大隕石)が降ってくる場合、世界の場所を問わず、気圧変動が励振する気象津波が発生し沿岸に襲来する可能性があることも指摘しておきたい。(了)

  1. ※1VLBIとは、Very Long Baseline Interferometry(超長基線電波干渉法)の略で、天体からの電波を利用してアンテナの位置を測る技術をいう。
  2. ※2参照 巽好幸著「トンガ海底火山噴火:海洋国家・火山大国ニッポンへの教訓」本誌第522号(2022.5.5)
  3. ※3参照 岡田良平著「副振動(あびき)について」本誌第218号(2009.9.5)
  4. ※4Nishikawa, Y., M.-Y. Yamamoto, K. Nakajima, I. Hamama, H. Saito, Y. Kakinami, M. Yamada, T.-C. Ho, Observation and Simulation of Atmospheric Gravity Waves Exciting Subsequent Tsunami along the Coastline of Japan after Tonga Explosion Event, Scientific Reports, 12, 22354, 2022.

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