Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第540号(2023.02.05発行)

スターツロード・レムクル号での航海─スーパー台風と科学

[KEYWORDS]国連海洋科学の10年/次世代育成/国際協力
元沖縄科学技術大学院大学(OIST)コミュニケーション・広報部◆Lucy DICKIE

「国連海洋科学の10年」の取り組みの一環として行われたノルウェーの大型帆船スターツロード・レムクル号による航海「ワン・オーシャン・エクスペディション」に世界各国の参加者とともに参加する機会をもった。
航海では乗船者の協力の大切さを体験し、海洋問題は広く深くグローバルであり、解決には国際協力が必須であることを学ぶ機会となった。

ワン・オーシャン・エクスペディション

乗船前日2022年4月26日パラオにて。後列左から:橋本菜那(OPRI)、マヌエル・ネベス(ポルトガル)、ディーン・ジュニア・ルディミッチ(パラオ)、アディ・プラボウォ(インドネシア)。前列左から:筆者、メアンゲルディル・アイラ・アズマ・マルソル(パラオ)、ガブリエル・マラ(フィジー)

何かを成さねばならない時に人々がいかにうまく協力し合えるかを知りたければ、外界にアクセスできない船の中に彼らを2週間閉じ込めてみて、何が起こるかを見るのがいいでしょう。これは一種の社会実験で、2022年の8月から9月にパラオと横浜間の太平洋上で行われました。
その船は、1914年に建造されたノルウェーの大型帆船スターツロード・レムクル号で、1年8カ月の世界一周の航海(2021年8月ノルウェーのベルゲン出航、2023年4月に帰還予定)の1年目の出来事でした。この航海は「ワン・オーシャン・エクスペディション」と呼ばれており、世界各国から集った参加者は皆、海洋と海洋が直面する課題によってつながっているのだということを発信する目的を持っています。ワン・オーシャン・エクスペディションは、「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年」の取り組みの一環で、世界中の研究機関や大学と提携し、科学者や熱心な海洋保全活動家らを乗せて、風の力を利用して大海原を渡っています。
こうした研究機関の一つが、日本の(公財)笹川平和財団海洋政策研究所(OPRI)です。OPRIは、次世代の海洋リーダー育成の重要性を認識し、スポンサーとしてパラオから横浜への航海区間に6人の若者(18〜30歳)の参加を支援しました。
筆者は環境管理を中心に科学コミュニケーションの分野で働いています。今回のエクスペディションは素敵な帆船の操船方法を学びながら、冒険、研究、そして世界中から参加する海洋に関心のある人たちと出会えるという盛りだくさんの良い機会になると思っていました。また、海洋保全において先進国として知られるパラオにも訪問できると知り、募集を見た瞬間に応募することを決めました。そして、インドネシア、パラオ、フィジー、ポルトガルの皆と共に選ばれ、とても感激しました。日本からはOPRIの職員も1名加わっていました。

国際的コラボレーションが鍵

スターツロード・レムクル号の船窓に映る日没

航海の最初の数日間はとても穏やかで、船に乗っていることを感じないほどでした。夕方にはオレンジ色やピンク色の光線を放つ素晴らしい日没を堪能し、夜になると澄み切った空と天の川が頭上に広がりました。
研修生6人は25人の乗組員と、主にノルウェーからの多くの個人参加者と一緒に運航を手伝いました。筆者はブルー・ウォッチの一員として、午前8時~正午、午後8時~深夜0時に勤務するチームに所属していました。監視台やブイウォッチを担当し、操船法を学び、火災を警戒しました。そして海況に応じて、帆を上げたり、巻いたり、マストに登ったりしました。さまざまなタイプのロープやさまざまな結び方を教わり、手には、痛々しいマメがたくさんできました。
自由時間には、互いの話を聞いて、海洋保護に関する多様な見方を知りました。出身国や第一言語、学歴の違いといった参加者の多様性が、この航海を豊かにしてくれました。一つのテーブルで、片方の耳にはパラオ語の、もう片方の耳にはノルウェー語の話し合いが聞こえるというのはとても貴重な体験でした。
後に研修生のアイラがこの体験を完璧に表現してくれました。「私は、フィジーとインドネシア、ニュージーランド、ノルウェーの人たちに出会いました。バックグラウンドはさまざまであっても、全員が海洋保護に非常に熱心で、彼らから非常に多くのことを学び、とりわけ、彼らが実践してきたことに勇気をもらいました」。
また、3台のアルゴフロートを投入した日本の(国研)海洋研究開発機構(JAMSTEC)の海洋科学者や、海洋学やマイクロプラスチックに関するデータを集めたノルウェーの大学院生といった、科学者たちも乗船していました。グローバルな視点から持続可能な開発のために海洋が果たす重要な役割について、注視し、知識を共有するというこの航海の目標に沿ったものでした。

スーパー台風を追いかけて

北上するにつれ、穏やかだった状況が変化し始めました。2022年最初のスーパー台風である台風11号(ヒンナムノー)が、日本の南付近で発達しつつあったのです。推定最大瞬間風速は最終的には140ノット(約72m/s)に達していました。船長はこの台風を、帆を揚げて船をできるだけ速く進めるチャンスだと考えました。台風域に入るにつれて、うねりが強くなり、筆者を含む何人かの研修生は船酔いし、船内を歩くのがどんどん難しくなり、ぐったりしました。
ある晩、ブルー・ウォッチ・チームは朝5時に起こされ、他のウォッチ・チームが船の方向転換をするのを手伝いました。風が強くなり過ぎたので、もう少し穏やかな海域に戻る必要があったのです。日の出と共にデッキに出ると、船は左右に大きく揺れ、もう一つのチームは水しぶきに半分濡れた状態でロープを引っ張り、ウォッチ・リーダーの叫び声が風を切って聞こえてきました。
数日後にガブリエルが言ったように、「荒波の中でこの船を動かし続けるには、1人や1チームだけでは無理でした。環境対策も同じで、1つの国、1人、1つの運動、1つの組織だけでは十分でありません。協力が必要なのです。今回の航海で、国際的な協力、あらゆるレベルでの協力が不可欠であることが本当によくわかりました。そしてこの船の上では、それがうまく機能していることがよくわかりました」。

世界を一変させる

この考えは、残りの航海を通して常に光をあてられることとなりました。研修生のアディとガブリエル、ノルウェーの航海訓練生H.リー‐スカーフォルトが企画したセミナーシリーズで、それぞれの国の漁業資源が直面しているさまざまな問題について議論しました。この一連のセミナーで、彼らは南北逆の地図の利点を指摘しました。従来の地図では、北半球の国々が強調され、海洋の重要性が正当に認識されません。しかし、地図を南北逆さまにすると、地球表面の71%もの面積を占めている海洋の重要性がずっと明白になるのです。発想の転換と知識の共有が、世界を一変させるために求められています。
気候変動と海洋プラスチック、持続不可能な漁業がもたらす問題は、世界中に存在しています。乗船者すべてが協力し、船を動かし続け、荒波の海を乗り切るように、すべての国々の参加による国際協力によってしか、グローバルなこれらの問題の解決は望めません。今後とも科学コミュニケーションの分野で働き続けながら、アジア太平洋の海洋保全に貢献できるよう環境社会学の研究にも行動範囲を広げたいと思っています。(了)

  1. 参考:第191回海洋フォーラム「スターツロード・レムクル号アジア初寄港と『国連海洋科学の10年』─海洋科学の偏在を解消するために私たちがすべきこと─」(2022年9月14日)https://youtu.be/Z_b-9NeiKeY
  2. 本稿は、英語でご寄稿いただいた原文を事務局が翻案したものです。原文は、当財団英文サイトでご覧いただけます。https://www.spf.org/opri/en/newsletter/

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