Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第537号(2022.12.20発行)

学校教育で海を学ぶ─海洋酸性化などの実験を手がかりに

[KEYWORDS] 気候危機/SDGs/理科教育
NPO法人理科カリキュラムを考える会理事長、NPO法人ガリレオ工房理事長◆滝川洋二

理科実験の開発に携わってきた筆者は、海洋酸性化に関するNHKの番組制作に協力したことを機に、今進行している海の変化に危機感を覚えた。そして、どう対応したらいいかを考え、実験を開発したりサイエンスショーやシンポジウムを企画するなど動き始めた。
これを手がかりに学校で海を学ぶことにつながればと期待している。

あまり知られていない海洋酸性化

1979年から高校・大学教員をしてきた筆者が海洋酸性化という言葉を意識するようになったのは、実は最近です。それまで、地球温暖化は身近な問題でしたし、海に関してはプラスチック等が問題だということは知っていたのですが、海洋酸性化は恥ずかしながらよくは知りませんでした。
NHKの科学番組担当のディレクターから、筆者が理事長を務めるNPO法人ガリレオ工房に「NHKスペシャルで海洋酸性化を取り上げるのだが、実験でどう見せたら良いだろう」という相談があったのは、2022年5月末でした。それから、工房のメンバーで工夫して実験を考え、その実験映像は2022年7月17日に放映されたNHKスペシャル『海の異変 しのびよる酸性化の脅威』で使用されました。
放映された番組を見て、筆者は二つのことを思いました。まず、海洋酸性化は、大気中に二酸化炭素が増加することによって生じる現象の一つだけれど、地球温暖化に比べ、問題を放置することの危険性が伝わりやすいということです。殻を持つプランクトンが溶けて死に至り、プランクトンを餌とする魚にも影響が及ぶという問題は、小学生にも理解が可能です。
もう一つは、どうしてこんなに重要なことが、あまり知られていないのかということです。調べてみると、海洋酸性化の研究は2000年代はじめから本格的になってきているようで、新しい課題だと分かりました。2015年に国連サミットで採択されたSDGsには、海洋酸性化対策がSDG14のターゲット14.3に取り上げられています。でも、一般向け解説本や子ども向け絵本で少し取り上げられることはあっても、タイトルそのものに「海洋酸性化」とある本は見つかりません。子どもにも市民にも、広く知らせることが急務だと強く感じます。

温暖化、海洋酸性化を伝えるための実験

いま、赤外線を吸収する温室効果ガスの増加が地球温暖化を引き起こしています。
【水の赤外線吸収実験】水蒸気の温室効果を多くの人に伝えるために、2021年の東京大学の講義「理科教育法」の非常勤講師として筆者が受講生と一緒に開発したのが、水による赤外線の吸収実験です。その実験は、水の色の実験(参考『図鑑NEO新版科学の実験』)とあわせると理解が少し深くなります。水を入れたペットボトル一本一本は色は見えないのに、12本を並べて見ると、水が水色に見えます(図1)。赤、緑、青の光の3原色が目に入ると白に見えますが、緑と青では水色になるので、ペットボトルの下半分では赤色が水に吸収されているのが分かります。同様に、赤色に近い波長の赤外線も水に吸収されます。テレビ用などのリモコンの赤外線は肉眼では見えませんが、スマホのカメラ(通常または自撮り側)では見えることがあります。リモコンの赤外線は、水の入った透明な容器の空気側では明るく見えて、水中を通した時は暗くなります(図2)。水蒸気の温室効果は二酸化炭素より大きいのですが、二酸化炭素のように人間がコントロールすることはできません。
【二酸化炭素の赤外線吸収実験】人体が発する赤外線を感知して明かりがつく人感センサーのセンサー部を、黒い筒で囲みます。A4サイズのジップ式ビニール袋2枚の一つに空気を、もう一つに二酸化炭素(クエン酸・重曹・水で発生)を入れます。人感センサーの前に空気入りの袋を、次に二酸化炭素入りの袋を置き、遠くから手を上下に振りながら近づけていくと、二酸化炭素の袋を置いた時は、かなり手が近づくまで明かりがつきません。二酸化炭素が赤外線を吸収するからです。
【海洋酸性化の実験】二酸化炭素は水によく溶け、水溶液(炭酸)は酸性になります。大気中の二酸化炭素が水に溶けるのを確認するために、水道水にBTB溶液(液体のpHを調べる指示薬)を入れたペットボトル3本を用意します。水に入れたBTBの色は最初は3本とも同じ青色でした。左は水を4℃程度に冷却、真ん中は26℃の常温、この2つのボトルに二酸化炭素を詰め激しく振ります。右は空気が入っていてそのままの比較用です(図3)。左のボトルは激しく凹み、水は黄色に変化します。真ん中はかなり凹みますが左ほど凹まず、水は薄い黄色になります。まず2つのボトルの凹みから二酸化炭素は水に溶けやすいことが分かります。凹みの程度の違いは、水が冷えると吸収できる二酸化炭素の量が増えるためで、26℃よりも4℃の水のボトルの方が激しく凹みます。次に色の変化はpHの変化を示しています。青色が弱アルカリ性、黄色が酸性です。
このほぼ100%の二酸化炭素での実験に比べ、大気中の二酸化炭素濃度はずっと低く、産業革命前の約0.03%から増加した現在も約0.04%ですが、それでも海水は次第に弱アルカリ性から中性に(元から比べると酸性に)向かって「酸性化」しています。図3の実験から、水温の低い北極で酸性化が先に進行しているのも、なるほどと思えます。なお、沿岸域の海洋酸性化には、二酸化炭素だけでなく汚染なども複合的に影響しているようです。
海洋酸性化によって、海水に溶けたカルシウムイオンを使って炭酸カルシウムの殻を作っていた生物には、殻が作りにくくなったり溶けたりする影響(海水に二酸化炭素が少し溶けても弱アルカリ性なので、酸に炭酸カルシウムが溶けるのとは異なる反応)が出てきています。

■図1 水は赤色の光を吸収する ■図2 水は赤外線も吸収する。水蒸気でも同様である ■図3 二酸化炭素は水に溶ける。家庭ではBTB溶液の代わりに、色の変化が少し分かりにくいが紅茶などが使える

学校教育で海を学ぶ

これまでも、もっと海のことを子どもに伝えたいとは思ってきましたが、海洋酸性化の問題を知り、健全な環境を基盤とするSDGsを学ぶ題材としても不可欠な内容だと感じるようになりました。ただ、海洋酸性化はまだ、多くの市民には耳慣れない、何が問題か分からない状況です。急いで問題が伝わるような取り組みがまずは大事だと思います。
筆者も人に伝えなければと思いながら、分かりやすい実験を身近な材料でできないかを工夫したり、子ども向けのサイエンスショーを企画したり、理科教員と市民向けのシンポジウムを開催したりしています。子どもたち自身が「深く考え、深く学ぶ」ことを通して、生涯を通じ社会と関わりSDGsに立ち向かえるようになるには、より大人がしっかり学びながら、社会を変える仲間をつくることが大切だと思います。(了)

  1. 【参照】原田尚美「海洋酸性化の海洋環境・資源への影響」本誌第397号(2017.2.20)
    https://www.spf.org/opri/newsletter/397_2.html
    小埜恒夫「わが国沿岸域の酸性化の現状評価と適応策」本誌第532号(2022.10.5)
    https://www.spf.org/opri/newsletter/532_1.html?latest=1

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