Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第537号(2022.12.20発行)

日仏海洋学会の設立と海洋学・水産学分野における日仏協力

[KEYWORDS]日仏海洋学会/バチスカーフ/カキ稚貝輸出
日仏海洋学会会長◆小松輝久

フランスの有人潜水艇バチスカーフFNRS IIIを1958年に日本に招致し、日本海溝の研究を行った故佐々木忠義東京水産大学教授が中心となり、日仏海洋学会を1960年に設立した。
1960年代後半にカキの病気でフランスのカキ養殖が危機に陥ったとき、三陸のマガキ稚貝をフランスに送るのに本会会員が活躍し、カキ養殖復活に貢献した。
このような協力をもとに、日仏間の深海研究や水産学分野の交流は発展している。

日仏海洋学会の設立

海洋学や水産学の分野で活動している日本とフランスの科学者や団体の学術交流促進を目的として、日仏海洋学会(Société franco-japonaise d’Océanographie)は、1960年4月7日に設立され、今年で62年を迎えた。日仏海洋学会の会員は現在約150人で、例年6月に学術研究発表会と総会を(公財)日仏会館(東京都恵比寿)で開催している。1963年に機関誌『うみ』(欧文名 La mer)を創刊、第1巻を発行し、今年で第60巻を数える。本学会は、日仏会館を拠点として活動している人文・社会・自然科学の学会がつくる日仏関連諸学会のメンバーでもある。私たちの学会がどのような経緯で設立され、どのような活動をしてきたか、日仏間の海洋学・水産学分野の協力が根付いているか、読者の皆様に知っていただければ幸いである。

バチスカーフの招致

■図1 1958年6月20日の日本海溝に潜行する直前に流測計を設置する佐々木忠義教授(右端)

日仏間の海洋学分野における交流の最初のきっかけは、フランスの有人潜水艇バチスカーフFNRS IIIが1958年に日本に来たことである。ギリシャ語を語源とするバチスカーフ(bathyscaphe)は、自立的深海探査艇という意味である。1953年に建造されたFNRS IIIは、1954年2月15日に大西洋で当時の世界最深潜水記録4,050mの潜水に成功していた。その頃、日本では水深約200mまでしか調査できない吊り下げ式有人潜水艇「くろしお号」で深海調査を行っていた。故佐々木忠義東京水産大学教授は、1956年1~8月文部省在外研究員としてパリ大学・海洋研究所に滞在中に、フランス国立自然史博物館・海洋学研究所のLouis FAGE教授がバチスカーフ・カリプソ運営委員会の委員長であることを知り、FAGE教授を説得し、バチスカーフFNRS IIIを用いて日本で共同研究する約束を取り付けた(佐々木、1958)。1958年6月20日に、Georges HOUOT艇長と佐々木教授が乗船したFNRS IIIは、日本海溝で当時の太平洋における最深潜水記録である3,100m深の海底に到達し、2cm/sの海流があることを確認した(図1)。計9回の潜水で多くの科学的成果を上げ、海洋学分野に大きな進展をもたらした。
これを基に、海洋学分野におけるさらなる日仏間の研究協力の発展を目指し、1960年4月7日、佐々木教授が会長となり日仏海洋学会が設立された。1961年に建造されたバチスカーフ・アルシメッド号は、千島海溝の調査を行い、1962年に9,545m深、1967年には9,260m深に到達した。この後、日仏の海洋地質学分野の研究者によるKAIKOの名を冠した一連の共同調査が行われている。深海研究については、フランス海洋開発研究所(Ifremer)と本邦の認可法人海洋科学技術センター(現、JAMSTEC)との研究協力に引き継がれ、現在、日仏包括的海洋対話の枠組みで、ニューカレドニア沖の調査が計画されている。

マガキが育んだ日仏間の交流と友情

■図2 出荷されるマガキ稚貝の準備作業とマガキ稚貝を入れたダンボール(左、後藤邦夫氏提供)、2012年10月2日岩手県三陸やまだ漁業協同組合を訪問し、車座で意見交換をするフランス代表団(右上)と10月4日の東北区水産研究所におけるシンポジウム(右下)

1960年代に、フランスで最も人気のある海産物の養殖カキが、ウイルスや原虫類を原因とした病気にかかり、壊滅的被害を受けた。1966年に相談を受けた本会会員の故今井丈夫東北大学教授をリーダーとした日本人研究者チームは、これらに耐性があったマガキの稚貝の検疫やシングルシード(一粒稚貝)出荷などについてフランス側と検討・協力し、稚貝の大量空輸が1969年に行われ(図2左)、フランスのカキ養殖の復活を助けた。この結果、現在フランスで生産されるカキのほとんどは日本のマガキである。これを契機に、1970年代から本学会を通じた水産学分野における活発な人的交流が始まり、1984年には、Hubert CECCALDIフランス国立高等研究院教授・日仏学院学長(当時)の呼びかけで、フランス側姉妹学会の仏日海洋学会が設立された。また両学会会員が中心となり、(国研)水産研究・教育機構(FRA)とIfremerとの研究協定が結ばれ、活発な交流が行われている。
2011年の東日本大震災では、直後に仏日海洋学会から援助したいと本学会に連絡があった。フランスのカキ養殖の復活を助けた三陸のカキ養殖復興を目指すことにし、日仏海洋学会は、仏日海洋学会、フランス水産養殖振興協会と協力し、両国で各会員からの寄金を募った。また、エール・リキッド基金、ロータリークラブ・マルセイユ・サンジャン、オリンパス(株)、(株)離合社の援助も得て、宮城県および岩手県の水産研究者・漁業組合と相談し、震災直後の夏のカキ幼生採取に必要な実体顕微鏡を計17台、定量式プランクトンネット計10本を2011年7月に寄贈した。それらは2011年夏のカキの種取りに早速有効に活用された。
2012年10月4日、塩竃で日仏・仏日海洋学会、東北区水産研究所(現FRA塩竃庁舎)の共催、(公財)日仏会館の援助で「三陸の沿岸漁業の復興を目指す日仏シンポジウム-特に震災からのカキ養殖の復興に向けて」を開催した。これに先立ち、フランス代表団は、機材援助した岩手県と宮城県を訪問し、漁業者と車座で議論する交流をした(図2右上)。シンポジウムでは、研究者や養殖業者の日仏交流について話し合われ、小池康之日仏海洋学会幹事が1969年にフランスへのマガキ稚貝を送る検疫や箱詰め準備の様子を写真で紹介した(図2右下)。フランス人参加者次々と発言し、「これで救われた」と家族で喜んだという光景を感動的に語った。

日仏海洋学シンポジウム

1983年に始まった日仏海洋学シンポジムは本学会の重要なイベントで、フランスと日本で交互に原則約2年ごとに開かれる。初期には養殖関係のテーマが多かったが、2008年以降は、地球環境の変化と海洋、海洋生態系の保全など、海と人間社会を含む学際分野に広がっている。日仏海洋学会設立60周年を記念した東京での第18回シンポジウムは、コロナ禍のため2021年に延期され、オンラインでの大会となった。
本学会は、(公財)笹川日仏財団、JAMSTEC、(公財)日仏会館、在日フランス大使館、文部科学省他多くの団体・個人の方々に、継続的にご協力いただき活動している。フランスと日本という異なった文化を持つ視点からの海洋学・水産学分野におけるアプローチの違いは、相互の研究を刺激し合うものであり、今後も実りの多い交流が期待される。第19回は、フランスのカーンで2023年10月22~27日に開催され、里海のセッションも予定している。本学会への読者の皆様の入会を心より歓迎します。(了)

第537号(2022.12.20発行)のその他の記事

ページトップ