Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第537号(2022.12.20発行)

東京湾環境一斉調査~官民連携でとりくむ海の自然再生~

[KEYWORDS]モニタリング/貧酸素水塊/市民科学
東京湾再生官民連携フォーラムモニタリングPT長、NPO法人海辺つくり研究会理事長◆古川恵太

身近に迫りくる海洋・沿岸域の危機を知り、対処するためには的確なモニタリングが欠かせない。
東京湾においては、東京湾再生のための行動計画に基づき、2008年より一斉調査が実施されている。
それは、官民が連携し、東京湾の現状を的確に把握するだけでなく、多様な視点で東京湾のあるべき姿を探りながら、未来の東京湾を作り出す活動にも展開してきている。

身近に迫りくる東京湾の危機

地球温暖化、海洋酸性化、貧酸素化など海洋の危機がテレビや新聞で取り上げられることが多くなってきた。ただ、海洋・沿岸域で起こっていることは、漁業者や海洋産業、研究などに携わっている人以外には、実感されていないのではないだろうか。
東京湾では、1960年代の高度経済成長期の埋立てによる浅場の喪失、首都圏への人口・工業立地の集中による排水負荷の増大、富栄養化の進行、ヘドロの堆積などにより、水質悪化を中心とする環境問題が顕在化した。1970年代以降、水質汚濁防止法に基づく総量規制や下水道整備が進み、湾内の水質は着実に改善され、2011年には、湾内の富栄養化の指標である全窒素、全リンの環境基準の達成率が100%となった(環境白書2021/22)。
その一方で、夏場には海底直上に酸素がほとんど含まれていない「貧酸素水塊」が広がり湾内の生物生息を妨げているとともに、漁業生産は最盛期(1960年代)の18万tから1970年代に4万t強に急激に減少し、その後も低迷を続け、現在では2万tにまで減少し、東京湾の環境・漁業は危機に直面している※1

みんなで知ることから始めよう

令和3年度版東京湾環境マップ(Vol.16)に掲載された2021年9月15–17日の底層(海底面上1m)の平均溶存酸素量(DO)。赤い部分が酸素の少ない貧酸素水塊が広がっている海域。

そのような状況下で、2001年12月に内閣府都市再生本部による都市再生プロジェクト第3次決定として「海の再生」が位置づけられ、翌2002年2月には、海上保安庁次長を幹事長とする東京湾再生推進会議が発足し、2003年3月に「東京湾再生のための行動計画」が策定された。
当該計画では「快適に水遊びができ、多くの生物が生息する、親しみやすく美しい『海』を取り戻し、首都圏にふさわしい『東京湾』を創出する」という全体目標を掲げ、陸域対策、海域対策、モニタリングに関する3つのワーキンググループ(WG)が設置され、2回の中間評価と期末評価を行いながら事業が実施された。
2007年3月の第1回中間評価において、モニタリングについて「東京湾の汚染メカニズムの理解が東京湾再生の効果的な推進に不可欠であることに鑑み、引き続き、多様な主体が協働し、一層効果的なモニタリング体制の構築を目指す」と記され、2007年度に外部有識者による「モニタリング研究会」が設置され、政策助言がとりまとめられた。その中で、早急に実施すべき取り組みとして、東京湾一斉調査の実施、連続モニタリングポストの増設、データ公開に向けた取り組みの推進が掲げられた。
翌年度2008年7月には第1回の東京湾環境一斉調査が実施され、47機関が参加し、陸域・海域含めて605地点での観測が実施された。東京湾一斉調査は、東京湾再生推進会議、すなわち官の事業としてスタートしたが、当初より国・沿岸自治体の他、小学校や企業、大学・研究機関、市民団体などが参加していた。調査結果は報告書として公表される他、一般向けの啓発、情報公開・共有を目指してハンディーな「東京湾環境マップ」が作成されてきた。マップの作成にあたっては、官民連携のワークショップが開催され、一斉調査の結果の確認や関連情報の共有が進んだ※2
2013年からの「東京湾再生のための行動計画(第二期)」においては、全体目標に「江戸前をはじめとする多くの生物」という文言が挿入され、東京湾再生官民連携フォーラムの設置が謳われた。2013年10月に発足した同フォーラムでは、プロジェクトチーム(PT)による政策提案、東京湾再生推進会議との共同事業が実施されてきた。東京湾大感謝祭の実施、マコガレイの産卵床造成、行動計画の進捗・成果を評価する指標の提案・評価の実施などが顕著な活動例である。
モニタリングPTも継続して東京湾環境一斉調査に参加するとともに、生物調査(マハゼの棲み処調査、江戸前アサリわくわく調査、ヤドカリ・カニ調査など)を自主的な市民調査として推進してきた。現在では、市民グループが親子ハゼ釣り教室を主催したり、中学・高校の科学部が生物モニタリングに参加したり、地形も含めた本格的な生物調査を地域の環境マイスター達が実施するなど、活動も多様化してきている。

大田区環境マイスターの会による多摩川河口調査
浦安水辺の会による親子ハゼ釣り教室でのマハゼの全長計測の様子

どんな海を子どもたちに残すのか

2021年度、モニタリングPTでは、モニタリング結果を共有するだけではなく、どのような東京湾を目指すのかについて議論する場として江戸前勉強会を主催し、東京湾のあるべき姿に向けたアクションプランを提案した。
アクションプランでは、3つの提案(目指すべき東京湾の姿を描く、生物データを一元的・体系的に取得する、対話の場を創出する)と、4つの具体的な行動(ヘドロのない海を目指すこと、海辺へのアクセスを確保すること、ウナギの調査やシンポジウムを開催すること、話し合いの場を継続的に設けること)が示された。
まだ道半ばではあるものの、2023年度には東京湾再生のための行動計画策定(第三期)を控え、将来を見据えたビジョン、行動のための体制づくりを急がねばならない。その際に、東京湾流域の3千万人が自分事として理解し、多様な関係者が参画できるビジョン・体制となること、将来の担い手である若者・子ども達が主役となり、楽しく豊かな海辺が再生され、活用されていくアクションが実現することを切に願う。(了)

  1. ※1中央水産研究所(現:水産資源研究所横浜庁舎)、東京湾の漁業と環境
    http://nrifs.fra.affrc.go.jp/publication/Tokyowan/Tokyowan.html
  2. ※2過去のマップは国土技術政策総合研究所のWebサイトから閲覧・入手可能
    https://www.ysk.nilim.go.jp/kakubu/engan/kaiyou/kenkyu/tkbs-reports.html

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