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Ocean Newsletter
第528号(2022.08.05発行)
海洋教育から宇宙食開発を実現させた鯖缶
[KEYWORDS]海洋教育/鯖缶/宇宙食開発福井県立若狭高等学校教諭◆小坂康之
世界初、高校生の開発した鯖缶が生徒の14年間の研究の結果、国際宇宙ステーションで日本人宇宙飛行士の食事として提供された。
開発の背景には、海洋教育の目標設定や評価、地域コミュニティの形成などの教育改革があった。
高校生の開発した鯖缶が宇宙へ
凄まじい閃光と轟音を響かせながら種子島宇宙センターからH2Bロケットが打ち上がった。生徒の思いと地域の希望が詰まった鯖缶が宇宙に飛んでいった。最後には宇宙に吸い込まれるように消えた。2020年12月、「ジューシー。」「味がしっかりしみていておいしい。」野口宇宙飛行士の発信するYouTube第一号での食レポ※1。ついに高校生が開発製造した鯖缶が宇宙で喫食されたのだ。小浜水産高等学校(現在は若狭高等学校に統合)から始まり14年続いた夢が実現した瞬間だった。
きっかけは何気ない生徒の一言からであった。2006年、地域の食品衛生の発展と人材育成のため高校の製造工場でHACCP※2を導入した。ソフト面の工夫で課題をカバーし、低価格の設備改修でHACCP認証を得た鯖缶ができた。生徒の授業を行っていた時のことである。「先生、HACCPはNASAが開発したのだったら、この鯖缶、宇宙食として飛ばせるんちゃう?」「面白い、やってみよう」。しかし、容易には進まなかった。ある年は脱線して、鯖缶ではなく流行した「宇宙生キャラメル」を開発してしまった。ある年は誰も引き継がず、進まなかった。何百ページにも及ぶJAXAへの宇宙日本食認証※3の申請書類を作成、認証を得るための保存検査、粘度や味を改善する研究を行った。宇宙で液汁が飛び散らないように葛粉で粘度を上げたり、宇宙では宇宙飛行士の味覚が鈍るため、生徒たちは、「濃い味付け」や「家庭的な味」という難題に応えるための様々な仮説を設定し取り組んだ。2018年11月1日、ついに宇宙日本食として認証を得て、若田宇宙飛行士から「鯖街道※4、届け国際宇宙ステーション!」と祝福をいただいた。
地域コミュニティと模索した海洋教育
宇宙鯖缶を高校生が開発したというとアオハル(青春)的な物語を想像するが、鯖缶開発には、全ての教育に参考となるであろう海洋教育の模索の軌跡がある。
小浜水産高等学校は1895(明治28)年、日本で最初に設置された水産高校であり、地域への人材の輩出と水産技術の教授を目的に設置された。翌年には缶詰を製造、民間企業に並んで水産博覧会に出展した記録が残る。生徒を水産の現場に連れ出し、未利用資源の利用や漁業の新技術の講習など漁村振興を通じ、学びを深めていた。しかし、慢性的な定員割れ、教員不足が続き、全国でも統廃合が相次ぎ、2013年に普通科進学校である若狭高等学校と統合し若狭高等学校海洋科学科となった。
この統廃合を機に組織された地域コミュニティの形成が大きな転機となった。地域の問題を解決する「課題研究」授業でつながりを築いてきた「ステークホルダー」の漁師・水産加工業者・流通業者・大学研究者・保護者・NPO、そして生徒たちの多様な意見に正面から向き合った。その後、育成すべき生徒の目標を明確にし、評価方法を設定し、カリキュラムを作成した。設置から10年、時代に対応したカリキュラムを持つ海洋科学科は、社会から大きく評価され、卒業生の進学・就職も優れた結果を残した。ステークホルダーによる目標設定も定期的に実施し、現在の目標は、「幸せ(well-being)」である。幸せになるための資質・能力を明らかにし、水産・海洋教育でどう育てるのかを議論している※5。
少し話題が離れたが、これこそ宇宙日本食開発を成功させた肝心な部分である。生徒が、宇宙日本食の研究を自分ごととして14年間もの間、先輩から後輩が引き継ぎ、高い衛生基準をクリアできたのは、生徒の努力と何よりも楽しみながら主体的に学ぶという姿勢である。そしてその土台は、「生徒の主体性と興味関心」を支援することを目標とした揺るぎないステークホルダーとの目標設定だった。
鯖缶を作った生徒の学びを評価
本校では、卒業生たちを対象に哲学的な分析手法を用いたインタビュー調査を実施、指導方法の改善に活かしている。インタビュー結果からは、主体的に学んだことを経験として鮮明に記憶し、今の活動に結びつけ活かしている様子が伺えた。また、他者とのやりとりや対話の中で興味関心が明確となり、主体性の向上につながっていた例が多くみられた。体験は等しく体験したものに教授されるが、「経験」となるには、周囲の社会や仲間との間の中で、何を得たのか自らが認知することで醸成されていく。実学である海洋教育は、そもそも美しさや癒しなど自然としての海そのものの魅力に加えて、ステークホルダーとして関わる人が多く、関係者とのやりとりや課題が複雑であるがゆえに生徒の問題解決に向けてのやる気につながっていることが考察された。つまり「海の体験」は、主体性を育て、人々の「経験」となりやすい。一方で、教員が強引に指導したり、強引な牽引は生徒の主体性を低下させ、暗記したり、受動的な姿勢を育てることが明らかとなった。
「経験」は心の中で自分たちの人生を切り開いていく上で土台となっていく。そのためにも実践的なフィールドを提供できる海洋教育を、正確な目標とそれに準拠した評価を行いながら推進することが重要である。随分と真面目に記したが、これらの目標設定や評価分析を教員だけでなく地域のステークホルダーと楽しくワイワイやりながら模索している。それぞれ先生の個性を認め合いながら、生徒に注視することは、生徒の多様性を認めることにつながるだけでなく、働く先生方の幸せにもつながる。結局は教員も楽しくなければ生徒も楽しくないのだ。鯖缶開発の裏側には、このような教育改革の背景がある。開発過程の詳細は書籍として公表している。生徒の努力と学びをぜひご一読いただきたい。(了)
- ※1野口宇宙飛行士の宇宙暮らし010 : さば缶の宇宙的レシピ https://www.youtube.com/watch?v=1FOgXJlydt4
- ※2HACCPとは、危害要因分析重要管理。1960年代に米国で宇宙食の安全性確保のために開発された食品の衛生管理方式。2020年6月1日より日本国内すべての食品等事業者が取り組むこととなった方式。
- ※3宇宙日本食の申請について(JAXA)https://humans-in-space.jaxa.jp/biz-lab/med-in-space/healthcare/food/procedure/
- ※4鯖街道とは、主に鯖などの魚介類を運ぶ、現在の福井県嶺南地方と京都を結ぶ街道の総称
- ※5小坂康之著「日本で最も歴史の長い水産高校に勤務して~水産・海洋教育の現場から思うこと」Ocean Newsletter第309号(2013.06.20発行)参照
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- 編集後記 帝京大学先端総合研究機構 客員教授♦窪川かおる