Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第526号(2022.07.05発行)

ここまで分かったウミウの繁殖生態〜宇治川鵜飼のウミウの産卵、その後〜

[KEYWORDS]産卵行動/成長プロセス/ドメスティケーション
国立民族学博物館人類文明誌研究部准教授◆卯田宗平

2014年5月に宇治川鵜飼でウミウが産卵した。1,300年以上の歴史があるとされる日本の鵜飼において非常に珍しいことだ。
この産卵をきっかけに、鵜匠たちはほぼ毎年ウミウの人工繁殖を続け、これまでに17羽の雛を誕生させた。
ウミウの繁殖生態は、先行研究がほとんどない。そこで共同研究を開始し、生態を明らかにしようとした。
5年間の継続調査からウミウの産卵行動や成長プロセスなど、じつにさまざまな生態がわかってきた。

二歩目、三歩目

2014年5月、京都府宇治市の宇治川鵜飼においてウミウが産卵した。日本の鵜飼は1,300年以上の歴史があり、かつては100か所以上でおこなわれていた。なかには生業としての鵜飼も多かった。ただ、漁で使用する鵜(ウミウやカワウ)を人工繁殖させたということを聞かない。日本の鵜飼史をまとめた可児弘明氏も鵜は「人間の管理下におくと繁殖しないので、人工ふ化できない」(可児 1966:167)※1と書いており、日本の鵜匠や鵜飼関係者たちも「鵜は産卵しない」と考えていた。
こうしたなか、宇治川でウミウが突然産卵したのである。筆者は、この驚きを「宇治川鵜飼の鵜匠とウミウの『はじめの一歩』」と題して本誌357号(2015年6月20日発行)に記した。ここでいう「はじめの一歩」とは、人間がウミウの人工繁殖を初めて開始したという意味である。宇治川の鵜匠たちはウミウの繁殖、ひいてはドメスティケーション(家畜化)への第一歩を踏みだしたのである。その後も、彼らはほぼ毎年ウミウの人工繁殖を続けている。その過程で卵が孵化しなかったり、雛の死亡率が高かったりと多くの課題に直面しながらも繁殖技術を構築してきた。いまではウミウを利用する放ち鵜飼(鵜匠と鵜をつなぐ手縄を使用しない鵜飼)の訓練もしている。彼らは、予期せず踏みだした一歩目に続き、二歩目、三歩目と歩み始めたのである。以下では、2014年からの調査結果を踏まえ、明らかになったウミウの繁殖生態と鵜匠たちの働きかけの一端をみてみたい。

産卵させる技術

飼育小屋に置かれた巣台と巣材(2017年4月、京都府宇治市)。

2014年5月に産卵した親鳥の近くには、稲わらや小枝などの巣材があり、それを絡めた巣台もあった。これをみた鵜匠たちは、巣材の存在が産卵行動を促したと考え、親鳥に追加で巣材を与えた。すると、親鳥は新たな巣材で巣造りをはじめ、さらに5個の卵を産んだ。この経験を踏まえ、彼らは翌年以降の繁殖作業においてまず巣材と巣台を飼育小屋に置くようにした(写真)。巣材は稲わらやササの葉、シュロ縄、竹ぼうきの先端などである。それらの巣材が置かれると、数組のペアが巣造りをはじめ、数日後から産卵を開始する。実際、2015年には2組が計13個、2016年にも2組が計13個、2017年には4組が計20個の卵をそれぞれ産んだ。巣造りから産卵にいたる日数は平均で14.8日であった。野生のウミウの一腹卵数(1シーズンの産卵数)が3~4個であることを考えると、2014年にはそれを上回る数の卵を産んだことになる。
毎回ウミウが産卵すると、鵜匠たちは卵を孵卵器に入れて管理するため、巣内から卵を取りだす。すると親鳥は卵がなくなったと認識するのか、2~3日後に卵を産み足す。一般に、水鳥の多くは産卵中に卵の消失があると一腹卵数に達するまで卵を産み足す習性がある。これを補充産卵性という。鵜匠たちは、この補充産卵性を経験的に理解し、野生ウミウの一腹卵数より多くの卵を確保している。

成長プロセスの解明

ウミウは晩成性の鳥類である。すなわち、孵化直後の雛は目を閉じており、幼羽が生えておらず、摂食のための移動もできない。よって、ウミウの繁殖作業では人間による給餌や雛の体温管理が不可欠となる。孵化後しばらくすると移動できる早成性の鳥類とは大きく異なる。筆者は、鵜匠たちとの共同研究を通して、晩成性の特徴をもつウミウの成長プロセスを記録した。図は、雛の体重と体重増加率(前日比)を日齢別で示したものである。この記録からは雛が大きく3つのステップを踏んで巣立ちを迎えることがわかる。
第一段階は、孵化直後から20日齢までの急激な成長期である。この時期の体重増加率は平均115%、とくに4日齢から10日齢までは120%を超える。実際、この時期は雛を一日見ていないだけで、一回り大きくなっている。このような孵化直後の急激な成長は、犠牲になりやすい初期段階をすばやく通過するためだとされる。このためウミウの人工繁殖では無力な雛への給餌に手間と時間がかかる。
第二段階は、20日齢から35日齢前後までの安定した成長期である。この時期の体重増加量は多い。しかし、増加率は大きくなく、105%前後である。この時期になると翼や尾羽のかたちが徐々に明確になり、不安定だが歩けるようになる。このような形姿や行動の変化に応じて飼育環境も変更する。第三段階は、35日齢以降のほぼ安定した段階である。この時期は体重が少しずつ増加するだけで顕著な変化はみられない。増加率も105%以下である。この段階になると、巣立ちに向けて正羽が生え、翼を上下に連続して動かすようになる。幼鳥は摂取したエネルギーの多くを羽や筋肉の形成、運動に費やしているのかもしれない。鵜匠たちは日々の給餌や飼育作業を通して雛から幼鳥、若鳥への成長を観察している。この経験を踏まえ、変化に応じて餌の量や種類、飼育スペース、日光浴の時間などを調整する。

■雛の体重と体重増加率の変化(卯田(2021)にもとづく)

人工繁殖を続ける動機

繁殖作業では、雛の変化を60日齢ごろまで毎日記録していた。この成果をもとに、17羽の記録を日齢別で整理することで、成長段階に共通してみられる変化を理解することができた。いうまでもなく、野外調査では雛の体重や餌の量、行動の変化を毎日、そして数年にわたって細かく記録することは容易ではない。さらに、ウミウは国内外の動物園などでもほとんど飼育されておらず、繁殖の情報が極めて少ない。また、日本の鵜飼では過去より野生個体を利用してきたため、人工繁殖に関する経験の蓄積もない。こうしたなか、ウミウの繁殖生態を細かく記録しておくことは繁殖技術の再現や飼育環境のエンリッチメント※2にもつながると考えられる。くわえて、繁殖作業の現場では毎日成長する雛を見ているのが楽しく、毎年新たな発見もある。ウミウの人工繁殖は、このような楽しさや興味、好奇心にも裏打ちされながら続いている。今後は、この繁殖技術が日本の鵜飼文化を継承していくうえで欠かせない技術のひとつになると考えている。(了)

  1. ※1可児弘明『鵜飼─よみがえる民俗と伝承』(中公新書、1966年)
  2. ※2環境エンリッチメントとは、飼育動物の福祉と健康を改善するために、飼育環境に対して行われる工夫
  3. 参考:卯田宗平『鵜と人間―日本と中国、北マケドニアの鵜飼をめぐる鳥類民俗学』(東京大学出版会、2021年)

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