Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第526号(2022.07.05発行)

博物館におけるデジタルの活用と深化

[KEYWORDS]博物館法改正/ウィズコロナ/GIGAスクール構想
海と博物館研究所所長◆高田浩二

2022年4月8日に改正博物館法が参院本会議で可決・成立し、2023年4月1日の施行に向けて「博物館の情報化」が議論されている。
学校教育では2019年12月にGIGAスクール構想が発表され、コロナ禍も重なりオンライン交流が一気に進む中、博物館活動にも一層のデジタル化が期待されている。
そこで本稿では、水族館を含む博物館における海洋教育のデジタル化の在り方を論考する。

博物館・水族館の役割と情報の関係

博物館には専門的な資料の収集、保管、展示、教育、レクリエーション、調査研究などの役割がある。多様な事象(=「博」)の「物」が保管展示されている施設(=「館」)が博物館であり、まさに名は体を表す。一方で、国立民族学博物館の館長を歴任した梅棹忠夫氏は、「博物館はモノの情報を集めている」とし「博情館」と呼ぶべきと説いたが、筆者もその主張に共鳴する一人だ。モノには背景や歴史、特徴等の情報(コト)が備わっており、それも含めて収集、保管、展示、館内外の利用者へ発信交流することが博物館の責務である。博物館が情報を重要視する考えは、今日のデジタル社会の到来に呼応したものではなく、2009年の博物館法改正前までの学芸員養成課程にも、視聴覚教育論や博物館情報論の科目があった。当時でもアナログな環境や機器の活用、演劇やパフォーマンスさえも視聴覚教育で扱われるなど、博物館はただの収蔵庫ではなく昔から蓄積した豊富な情報を利活用し人々の興味関心、知的好奇心を満足させる社会的装置であった。
博物館法で興味深いのは、特定の館種を名指ししていないことである。主に水族館が扱う海洋資料も「自然科学等」に包含され、また保管に「育成を含む」と補記されているのは水族館等への配慮であるにも係わらず、水族、動物、植物、昆虫、科学、自然史などの科学系博物館だけでなく、美術、歴史、考古、民俗、民芸、文学など人文系博物館の文字もない。館種により専門性が多岐にわたることから、本法は多様な館種を俯瞰した理念法の性格が強く、海洋の資料や事象、情報もすべての館種で取り扱えると解釈できる。このことは海洋基本法でも、関係者相互の連携及び協力(第12条)において「海洋産業の事業者、海洋に関する活動を行う団体」とし、国民の理解の増進(第28条)に「学校教育及び社会教育における海洋に関する教育の推進」と記されており、社会教育側にあるすべての博物館で多様な連携協力と海洋教育活動、情報発信・交流がなされるべきであるとしている。

博物館法改正と情報化

Zoomでの遠隔学習海洋生物コンテンツ投影タブレットを用いた水族館見学

2019年11月、文化庁は博物館振興の調査審議を行う「博物館部会」を設置し、2021年12月20日の文化審議会において「博物館法制度の今後の在り方について(答申)」を文部科学大臣に手交した。そして今、2022年4月8日に成立した改正博物館法※1が、2023年4月1日に施行されようとしている。今回の改正は、文化庁に博物館行政の管轄が移管された直後に取り組まれたが、同法にはかねてから改善すべき課題が山積していた。博物館部会委員であった筆者は特に「博物館活動の情報化の推進」に関して、学校教育との連携も含めて幾度も進言した。折しも2019年春から世界的に蔓延した新型コロナウイルスの影響で、人々の間に社会的な隔たりや距離感を保つことが求められ、この逆境を克服する手段の1つとして情報通信技術を活用したオンラインの情報交換、交流が進んだ。博物館部会の前述の答申でも、「新型コロナウイルス感染症の影響と顕在化した課題」の中で、「デジタル技術を活用したコレクションのデジタル・アーカイブ化と、インターネットを通じた教育・コミュニケーション活動は、ミュージアムの社会的役割を全うするためにも必要かつ有効である」「デジタル技術等を活用した新しい鑑賞・体験モデルの構築や、(中略)魅力の発信など多様なアプローチを模索し」「博物館の重要な事業として位置付け」「今後の博物館の活動と経営に組み込むべき」と提言している。そして2022年の春、文化庁が示した改正案に、「博物館の事業に博物館資料のデジタル・アーカイブ化を追加するとともに、他の博物館等と連携すること」とし、博物館の事業(第3条)に新たに「博物館資料に係る電磁的記録を作成し、公開すること」と記した。2009年の法改正では、「博物館資料に電磁的記録も含む」としていた部分をさらに具体的な利活用にまで触れ、かつ「博物館の事業」として明記されたことは極めて大きな出来事となった。博物館側は、これまでも、二次元コードやNFC※2タグを使った水族の展示解説、AIの画像検索機能を活用したスマートフォンによる魚類図鑑アプリ開発、コロナ禍の閉館時におけるVR画像を用いた館内のバーチャルツアー、SNSを用いた積極的な情報発信などデジタル化を進めてきた。これからは法的裏付けや後押しがあることで、予算や人材の確保、研修が実践できるだけでなく、その後の博物館登録における評価の一つにもなることは間違いないだろう。

GIGAスクール構想の中で求められる社会教育の役割

学校教育の情報化は、さかのぼれば1995年のインターネット元年以降、2002年に総合的な学習の時間が始まることに併せて、情報教育が一つの科目として今日まで発展した。2019年12月に文部科学省が発表したGIGAスクール構想※3は、児童生徒1人に1台の情報端末が配られることではなく、通常教科の学習にも情報環境や機器、コンテンツの活用を推進し、多くの学びのシーンで積極的な情報の利活用を狙ったものである。そこで文部科学省では、2020年に初等中等教育における教育データの標準化を目指し、「学習指導要領コード」の考え方を示した。これは、学校教育の学習指導要領に紐づいたデジタル資料を、教科書会社だけでなく博物館からもデジタル・アーカイブの提供を受け、学習の深化だけでなく興味をもった児童生徒が博物館にアクセスすることも念頭に置いた施策で、博物館法改正とセットになった制度と考えることもできよう。これは「義務教育」として全国1,000万人近くの児童生徒が博物館発展の後押しをする可能性を秘めている。

海洋教育におけるデジタルの利活用

これまで博物館は、実物に触れる感動、実物を仲介として他者と対話、文化芸術や自然科学についての気付きや発見の共有を最も重要としてきた。海洋教育においても、フィールドに出て、本物に触れる、見る、感じるという原体験こそが最も有効な学びであると注視されてきたに違いない。またその対岸にデジタルを置き、バーチャルで小さな画面の中で視覚だけに頼る学びは「偽物」や「イベント的」という烙印を押してきただろう。振り返ると筆者は、海洋教育に実物を活用することは重要と認識しながらも、実物教育には限界を感じていた。それは、①生物の衰弱、消耗、死亡、②身近な自然環境の消滅、③水族館訪問の利便性の地域差、④全員が同じ体験ができない、などであり、教育の平等性を担保できる情報教育が、実物教育の限界を補完すると信じてきた。昨今の法改正や教育行政の大きなうねりに帯同した海洋教育のデジタル化の躍進に期待したい。(了)

  1. ※1博物館法の一部を改正する法律 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bijutsukan_hakubutsukan/shinko/kankei_horei/93697301.html
  2. ※2近距離無線通信(Near Field Communication)
  3. ※3ICT環境を整備して、児童生徒の個別最適な学びと協働的な学びを実現し、子どもたちの可能性を引き出す構想

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