Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第513号(2021.12.20発行)

海洋エネルギー産業の拠点形成に向けて〜長崎における人材育成の取り組み〜

[KEYWORDS] 長崎海洋アカデミー/長崎大学大学院海洋未来科学コース/日本版IDCORE
長崎大学研究開発推進機構機構長特別補佐◆森田孝明

長崎は、政府の脱炭素社会実現の方針よりかなり早い段階で、「海洋エネルギー産業の拠点形成(クラスター形成)構想(2014年度)」をまとめ産学官で取り組みを進めている。
人材育成は、クラスター形成を支える重要な要素であり、現在、長崎海洋アカデミーの開講や長崎大学大学院海洋未来科学コースの開設等人材育成の面からもクラスター形成に取り組んでいる。

海洋エネルギー産業のクラスター形成

「知識基盤型社会では、新たなクラスター(=集積のあり方)が競争に大きな役割を果たす」。『競争の戦略』で名高い米国の経営学者マイケル・ポーター博士は、そう述べている。長崎は永らく海にまつわる産業で発展してきた。北海道の20分の1しかない県土の面積に対して、北海道に匹敵する長い海岸線(4,184km)を有し、島の数971、漁港と港湾を合わせた数390、いずれも全国1位であり、海洋国家日本において、長崎はアジアを望む最前線に位置する海洋県である。今日、政府は、「2050年カーボンニュートラル、2030年GHG46%減」を宣言し、2020年12月15日には、政府・官民協議会より「洋上風力産業ビジョン(第1次)」が発表されている。2030年に10GW、2040年には30〜45GWの洋上風力の案件を形成し、2040年までには国内調達率60%を実現しようとするもので、日本において新たな「海」を使う産業が生み出されようとしている。これまで、海とともに歩んできた長崎は、政府の脱炭素社会実現の方針が明確になる前のかなり早い段階で、産学官で、「海洋エネルギー産業の拠点形成(クラスター形成)構想(2014年度)」をまとめ、造船・プラントや水産業など、これまで培った海にまつわる技術や経験、長崎のもつ広い海域を活かした産業づくりに取り組んでいる。そこでは、単に大手企業の下に下請けとしての企業城下町ができるという産業集積ではなく、冒頭に掲げた競争力のあるクラスターが形成されることが重要であると考えている。

「イノベーション環境の改善」から

クラスターの形成に向け、最初に取り組んだのが、「イノベーション環境の改善」である。具体的には、実海域を海洋再生可能エネルギーの技術実証の場とする取り組みで、先行する事例として2003年にスコットランドの北、約70の島々で形成されるオークニー諸島に創設された欧州海洋エネルギーセンター(EMEC)がある。長崎はEMECへの訪問も含めた交流を続け、2014年7月15日には、内閣府より国内最初の海洋再生可能エネルギー実証フィールドとして3海域(五島列島の椛島沖、久賀島沖、江島・平島沖)が選定を受けた。これらの海域では、これまで、浮体式洋上風力や潮流発電、漁業との共生をはじめ、海洋分野の技術実証プロジェクトが展開している。
「イノベーション環境の改善」において、特に重要となるのは大学である。長崎大学では、2016年4月、学長直属の海洋分野の研究組織として海洋未来イノベーション機構を立ち上げ、工学系、水産・海洋系、環境科学系の研究者が協働して研究と教育を推進していく体制を整備し、①海洋産業創出のための産学官連携拠点の形成、②世界をリードする総合的な海洋研究拠点の形成、③海洋産業を担う研究者・技術者の育成などを柱に研究教育活動を展開している。また、長崎総合科学大学においても、新技術創成研究所の下に海洋エネルギー研究センターが創設され、両大学の連携によるプロジェクトも動き出している。
クラスターの形成においては、「イノベーション環境の改善」により、企業の海洋産業への参入や、域外からの技術や企業の流入等を通じた企業の集積が生み出されることを意図している。前述の「海洋エネルギー産業の拠点形成(クラスター形成)構想」等に呼応して、2014年6月には、NPO法人長崎海洋産業クラスター形成推進協議会が発足し、現在約80 社の企業が参加している。

人材育成への取り組み

クラスターの形成過程において、人材は大変重要な要素である。欧州ではすでに大きな産業となり、今後アジアが圧倒的な市場となる洋上風力においては、アジアをリードする人材の育成や集積が急務と考えられる。2019年3月20日、長崎の産学官は、日本財団との連携により、「日本財団オーシャンイノベーションプロジェクト・長崎海洋開発人材育成・フィールドセンター」を長崎大学のキャンバス内に開設することを発表した。拠点施設の整備やカリキュラム・教育体制の準備等を行い、2020年10月に、アジアで最初となる洋上風力の人材育成拠点として「愛称:長崎海洋アカデミー」をオープンさせた。運営をNPO法人長崎海洋産業クラスター形成推進協議会が担い、実践的な知識や技術を学ぶ5つのコースをスタートさせ、2021年度中には、さらに、2つのコースを新設する予定である。開講済みの5つのコースのうち「総論コース」と「事業開発コース」は、オランダのデルフト工科大学との連携で創設された社会人育成機関DOBアカデミーの教育メソッドを長崎に技術移転し、欧州における実践型教育を、日本において受けられる体制を整えている(図)。
さらに長崎大学においては、2019年4月より、大学院教育として、「海洋開発産業概論」を必修科目とした、「工学研究科」と「水産・環境科学総合研究科」の学生が相互に関係科目を履修できる「海洋未来イノベーション教育プログラム」をスタートさせるとともに、2022年4月からは、正規の大学院コースとして「海洋未来科学コース」を創設し、水産学系・環境科学系・工学系の学生が、海洋の現場で求められる学際的・専門的知識を包括的に修得できる教育体制を構築する。今後は、長崎海洋アカデミーにおける社会人教育と長崎大学の大学院コースである「海洋未来科学コース」の連携により、持続可能な海洋の利用に資する高度で実践的なスキルを身につけた人材を輩出する機能を強化し、人材の面からも、クラスター形成を促進させていく。
欧州に目を向けると、さらに進んだ取り組みが先行している。2011年からスタートしているエジンバラ大学を中心とするIDCORE(Industrial Doctoral Centre for Offshore RenewableEnergy)の取り組みである。4年間のドクターコースであるが、1年間の座学ののちは、3年間、産業現場の先端的な技術テーマを対象に、企業の現場で研究者として働きながら、技術テーマに取り組むもので、その間は、IDCOREより十分な報酬も与えられる。大学と企業の双方の指導者が連携して指導にあたり博士号を認定する「エンジニアリングドクター」が生み出されている。この取り組みには、ベンチャー企業から大手電力会社まで幅広い企業が参加し、資金的支援をはじめ技術課題や経験の場の提供など、産学の連携による次世代人材育成システムが構築されている。
長崎大学は、このエジンバラ大学をはじめとした欧州の大学と包括連携協定を結んでおり、今後、日本版IDCOREを目指し検討を続けていきたい。(了)

■図:長崎海洋アカデミーの7コースと対象者のイメージ

  1. 髙比良実著『海洋再生可能エネルギーを柱とする長崎海洋産業クラスター』Ocean Newsletter 第402号(2017)参照

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