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オーシャンニュースレター

第402号(2017.05.05発行)

海洋再生可能エネルギーを柱とする長崎海洋産業クラスター

[KEYWORDS]潮流発電/洋上風力発電/産業クラスター
特定非営利活動法人長崎海洋産業クラスター形成推進協議会事務局長◆髙比良 実

長崎は歴史的・地理的特性からも、「海」に関わるイノベーションの中心として栄えてきた。
2014年3月には海洋再生可能エネルギーを柱とする新たな海洋産業分野への県内企業の積極的かつ主体的な参入を図るため、地元産業界の有志により長崎海洋産業クラスター形成推進協議会が設立、これまでの3年間に油圧式潮流発電装置の開発・改良に関する共同研究がスタートしたほか、地元企業と一体となった取り組みが進んでいる。

「港あり 異国の船をここに招きて 自由なる町をひらきぬ 歴史と詩情のまち長崎 世界のナガサキ」。これは長崎学の基礎を築いた市井の歴史学者、なかにし礼の直木賞受賞作『長崎ぶらぶら節』にも登場する古賀十二郎の碑文です。このように、長崎は歴史的・地理的特性からも、「海」に関わるイノベーションの中心として栄え、県内には造船、海運、水産業など「海」関連の産業が集積しています。しかしながら今日、造船業は、中国・韓国との競争が激化するなかで建造需要の低迷が続いており、水産業においても、遠洋まき網漁業の縮小や沿岸域の磯焼け等による漁獲不振など、厳しい経営環境に直面しています。長崎では、この様な危機を将来に向けて打開していく術もまた、「海」に求めることとなりました。それが海洋再生可能エネルギーです。

海洋再生可能エネルギーの拠点形成をめざして

海洋・環境産業モデルの実現と地域経済の活性化を目指し長崎県および長崎市、佐世保市、西海市により共同提案された「ながさき海洋・環境産業拠点特区」が、2013(平成25)年2月、内閣府から地域活性化総合特区に指定され、併せて造船関連技術の海洋・環境分野における活用のための取り組みを含む5カ年の事業計画が認定されました。
この特区指定の下、「優れた環境技術により成長する次世代造船および海洋産業に対応する人材育成策を講じ、地域に安定的で良質な雇用を創造していく」ことを目的とする長崎県の「ながさき海洋・環境産業雇用創造プロジェクト」が2013(平成25)7月に厚生労働省より採択され、翌年7月には、長崎県が海洋再生可能エネルギー実証フィールドとして提案していた県内3海域が内閣官房総合海洋政策本部事務局により他県の3海域とともに選定されました。
このように、長崎県では、産業振興の重点施策として、海洋エネルギー関連産業の拠点形成をめざした取り組みが積極的に展開されています。
これら一連の産業施策に呼応する形で、2014(平成26)年3月、海洋再生可能エネルギーを柱とする新たな海洋産業分野への県内企業の積極的かつ主体的な参入を図るため、地元産業界の有志により長崎海洋産業クラスター形成推進協議会(当会)が設立されました(2017年2月末時点で正会員59社、賛助会員23社)。

活動の展開

「海洋エネルギー関連分野における連携協力に関する協定書」の締結式(左から当会理事長、長崎県知事、長崎大学学長、長崎総合科学大学学長)

当会では、平成26年度から2カ年度にわたり「ながさき海洋・環境産業雇用創造プロジェクト(厚生労働省)」の事業計画に基づき、海洋再生可能エネルギーに関するセミナー等を34回、延べ1,027名の参加者のもとで開催したほか、ジェトロ(日本貿易振興機構)の地域間交流事業(RIT)の一環として海洋再生可能エネルギー開発で先行する英国スコットランドの欧州海洋エネルギーセンター(EMEC)等へ調査団を派遣するなど、主に新分野進出への意欲を喚起するための学びの場の提供に注力するなかで、県内会員企業において海洋分野で19名の新規雇用者数を達成しました。一方、平成27年度は、経済産業省の新分野進出支援事業(地域イノベーション創出促進事業)の追加採択を頂き、海外の先進事例を調査するサプライチェーン研究会およびIoTを活用した共同受注体制を研究する情報システム研究会を組成、両研究会では延べ187名の参加により7回のセミナーを開催しました。
これらの活動を通じて平成28年度からは、地元中小企業2社と東京大学生産技術研究所との油圧式潮流発電装置の開発・改良に関する共同研究がスタートしたほか、地元中小企業5社が長崎県工業技術センターや当会とコンソーシアムを組成し、環境省の「海域動物・海底地質調査促進事業(補助事業)」の採択を受け浮体式無人長期観測タワーの共同開発に取り組むことになるなど、地場企業を中心にして新製品開発に向けた共同事業が創出されています。また、五島市奈留瀬戸の実証フィールドでは、九電みらいエナジー(株)を代表事業者とし、新日鉄住金エンジニアリング(株)、オープンハイドロ・テクノロジー・ジャパン(株)、そして当会が共同事業者として、2MW級の発電機を設置する潮流発電技術実用化推進事業(環境省と経済産業省の連携事業)がスタートしました。
さらにこの間、スコットランド国際開発庁(SDI)から当会事務所が「スコットランドハウス」に指定され、ジェトロの支援もいただく中で海外企業を長崎に招聘し、商談41件を仲介したほか、日本財団の「海と日本PROJECT」の助成をいただき、高校生、大学生の計4名を「長崎海洋大使」としてスコットランドとデンマークに派遣。県内では長崎県、長崎大学、長崎総合科学大学と当会の4者で「海洋エネルギー関連分野における連携協力に関する協定書」を締結し、海洋関連プロジェクトの創出に向けた検討を進めるなど、交流・連携の取り組みも活発化しています。

「志」をもってWin‐Winの関係づくり

以上、当会発足後、約3年間の活動の一端を紹介させて頂きましたが、ニューフロンティアといえる海洋再生可能エネルギー関連分野への進出促進の活動は、いつ座礁してもおかしくない海図無き航海の感があることも事実です。暗中模索の状況で迷いが生じた折、会員企業の経営者から「志」の大切さを諭されました。当会の「志」は、安全で持続可能なエネルギー開発を通して、サステイナブル社会の実現に貢献することです。そのためにはこの分野がビジネスとして成立する必要があります。関係企業が利益を上げ、研究開発や人材育成に投資することで、地域に成長のスパイラルが生み出されることを願っています。
当会はこの「志」のもとで、さまざまなステークホルダー間でのWin‐Winの関係づくりの大切さとその可能性についても深く認識しています。経営資源に制約がある地域の中小企業間では、不足資源を相互に補完し合う関係づくりが不可欠です。また、漁業者との間では、環境保全と漁業振興を常に念頭に置き、情報を共有するとともに、「海」のことは漁業者から学び、事業には漁業者にも参加いただく姿勢でWin‐Winの関係づくりに取り組んでいます。五島漁業協同組合長会の熊川長吉会長は、浮体式風力発電の実証事業に際して「日本で初めてのこの事業は、五島の海で必ず成功させる」と力強く宣言されました。当会は、関係皆様方の熱い思い、人々のエネルギーを結集し、海洋再生可能エネルギーの普及促進に地域の産業界の立場から今後一層の取り組みを進めて参る所存です。(了)

五島市沖の浮体式洋上風力発電。環境省の実証事業として五島市椛島周辺海域に2013年10月に設置された。2016年3月からは、五島市崎山沖に移設し、事業者と地元自治体において実用化し、運転されている。
  1. Iot(Internet of Things)=世の中のさまざまな物体(モノ)がインターネットに接続され、情報交換をすることにより、相互に制御する仕組み。

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