Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第513号(2021.12.20発行)

東海大学海洋研究所─人新世研究の拠点を目指して

[KEYWORDS] 駿河湾学/人新世/国際拠点構想
東海大学海洋研究所所長◆平朝彦

駿河湾は、人間社会と深海を繋ぐ回廊であり、人新世における地球・人間・機械の相互作用を知る上での絶好のフィールドである。
このフィールドを生かした総合的な知の体系である「駿河湾学」の創成、深海環境モニタリングに関するフロンティア開拓、そして社会・国際連携拠点を目指した取り組みを紹介する。

文理融合の東海大学海洋研究所

図1 上空から見た駿河湾、清水港、三保半島そして富士山(静岡市提供) 図2 東海大学所有の小型研究船、右が南十字、左が北斗

東海大学海洋研究所は、静岡市清水区折戸の海洋学部と同じキャンパスに所在しており、1966年の設立以来、水産学、海洋生物学、地震・津波研究、海洋観測、海洋管理・政策などの分野で学内外との連携拠点運営を行なってきた。2021年度には、専任の所員4名、兼任19名、客員4名で構成され、国境・離島研究センター、アクアカルチャー・テクノロジーセンター、そして駿河湾における総合的海洋研究コアプロジェクトの3つの所内組織が活動している。
国境・離島研究センターは、日本を取り巻く海洋の管理体制に関しての研究と提言策定を活動の主体においている。わが国においては、近年の隣国による活発な海洋進出に対して、国家の主権と施政権を明確に主張できる体制の構築が望まれる。本センターでは、山田吉彦教授をリーダーとし、学内の姉妹組織である沖縄地域研究センターと協力し、東シナ海沿岸部、日本海、小笠原諸島海域において、海洋環境保全に基軸を置いた島嶼部の海洋管理制度を研究し、提言を行うことを目指している。
東海大学清水キャンパスのある三保半島では、年間を通じて水温17℃の清涼な地下海水が利用できる。アクアカルチャー・テクノロジーセンターでは、秋山信彦教授がリーダーとなり、海洋学部と連携し、この地下水を利用した三保サーモンのブランド化、マダコの養殖、アカモク種苗の育成などの研究を行っている。
さらに研究所の中核的活動は、3番目にあげた駿河湾の研究(総合的海洋研究コアプロジェクト)である。三保の松原から眺める富士山は、世界文化遺産として登録されている(図1)。もし、海水を取り去り、海底を直接眺めることができるとすれば、そこには絶景というより驚愕の景観が迫ってくるだろう。富士川河口から急斜面が一挙に1,500mの深さまで連なっており、両側は切り立った絶壁が連なっている。まさに海のグランドキャニオンであり、この巨大な溝のような地形を駿河トラフと呼ぶ。駿河トラフは、フィリピン海プレートの一部である伊豆半島が本州に衝突し、さらにその一部が潜り込んでいる複雑なプレート境界部となっている。
駿河湾の海もまた特異である。サクラエビは、深海と表層を行き来しており、また、中層(数100mの深度)にはハダカイワシやイカの仲間が生息、それを狙って魚群が集まる。深海にも豊富な栄養が届いており、深海魚のパラダイスを作っている。また、伊豆沖ではアカボウクジラが定住している可能性がある。アカボウクジラは、深海へと潜水する生態が知られているので、中層から深層にて摂食活動をしている可能性がある。駿河湾の地球科学、生態学、古文書をベースとした環境科学、水中考古学を中心とした文理融合研究は、周辺150万人の人間活動と深海との関係を理解するための総合的な知の体系、すなわち「駿河湾学」の創成を目指している。東海大学は望星丸(1,777t)の他に、北斗(18t)、南十字(19t)の研究船(図2)を所有しており、これらを用いて駿河湾学のための観測研究を行うことができる極めて恵まれた環境にある。

人新世の深海環境変動

2018年の台風24号は、9月30日から10月1日にかけて富士川流域に猛烈な降水をもたらした。台風後に、駿河湾奥に設置してあった18台の海底地震計のうち、4台が岸に打ち上げられているのが発見された。地震計の回収を試みると駿河トラフの中央部(水深1,300m)に設置したものには、移動したもの、そして回収できないものがあった。400m移動して発見されたものにはガラス球とカバーの間に砂泥がびっしりと入り込んでいた。これらのことから、海底で強い流れが起こり、8台の海底地震計に異変が起こったと考えられ、かつ海底地震計が浮上したとされる時間は、富士川の松岡観測所で記録された増水ピーク時とほぼ一致していた。この一連の現象は、台風24号のもたらした富士川の洪水流が、密度の高いまま混濁流(乱泥流ともいう:Turbidity Current)となり海底を高速で流下し、海底地震計にダメージを与えたと考えられる(馬場ら、2021)※1
このような洪水起源の混濁流が、深海に知られざる大きな影響を与えている可能性を指摘できる。それは、河川流域の土壌物質、微生物、有機炭素、人為物質などを深海へ一挙に運ぶ役割をしており、混濁流が淡水と熱を深海へ輸送している。これにより世界的に、海底ケーブルやパイプラインの破損事故を引き起こしている可能性もある。
気候シミュレーションによって示される強い台風の増加(例えば、坪木ら、2016)※2は、今後、洪水混濁流の発生頻度が高まることを意味している。特に西太平洋からインド洋にかけては、急勾配の河川が深海へと繋がっている場所が多く存在し、混濁流の引き起こす深海環境への影響評価が急務であり、駿河湾はその絶好のフィールドと考える。

人新世研究の太平洋拠点構想

海洋を中心に添えた地球・人間の持続性研究は、国際連携によって大きく進展することは自明である。海洋研究所では、太平洋拠点構想の元、特にハワイ大学、モントレー湾水族館研究所、タスマニア大学との連携を推進している。2021年3月には「海洋観測のフロンティアと国際連携」※3に関しての国際ワークショップを開催しており、今後とも活動を充実させていきたい。
2022年度には東海大学清水キャンパスに、人文学部が開部し、海洋学部とともに、まさに文理融合の拠点となる。海洋研究所では、「駿河湾学」を中核とした知の統合、フロンティアの開拓(洪水起源混濁流の直接観測、地球深部探査船「ちきゅう」による駿河トラフ掘削計画、環境DNAモニタリングステーションなど)、そして社会・国際連携を3つの柱とし、人新世における地球・人間・機械の持続的未来開拓に貢献したい。(了)

  1. ※1馬場久紀ほか(2021)海底地震計記録に捕らえれた台風24号の通過に伴う駿河湾北部の混濁流.地震、73、197-207.
  2. ※2坪木和久ほか(2015)高解像度ダウンスケーリングによる将来台風の強度予測.日本風工学誌、40、380-390.
  3. ※3 国際ワークショップ「Challenges of Marine Observations and Development of International Collaboration」 https://www.u-tokai.ac.jp/news-campus/26974/
  4. 参考資料平朝彦著『人新世−科学技術史で読み解く人間の地質時代−』東海教育研究所、2021年度出版予定

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