Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第494号(2021.03.05発行)

東日本大震災を経た生態系から見直す海岸管理

[KEYWORDS]仙台湾/海岸生物/海岸法
東北大学大学院生命科学研究科教授◆占部城太郎

わが国の沿岸域の行政区分は複雑に入り組んでいる。海岸生物の多くは、これら行政区分を横切るように生活している。
東日本大震災は人間社会に大きな影響を及ぼしたが、沿岸域では着実に自然が回復した。
高潮や津波などに対する防災インフラと生態系の保全は、潜在的にwin-winの関係になり得る。
しかし、そのためには、海岸法等が定める海岸保全区域を生態系の視線で見直す必要がある。

名取川河口の東谷地

昭和歌謡『青葉城恋唄』で有名な広瀬川は仙台市中を流れ、やがて名取川に合流して太平洋に注いでいる。その左岸に広がるのが井土浦(いどうら)である。この地の行政管理区分を見ると、海岸を含む沿岸域が行政面でいかに複雑か理解できるだろう(図)。
名取川や海岸の管理者は国土交通省だが、名取川河口右岸にある閖上港(ゆりあげこう)周囲の海岸線は漁港施設と位置づけられ、宮城県が管理者となっている。仙台湾沿岸には海岸線と平行した貞山堀(ていざんぼり)があり、宮城県の管理下にある。貞山は伊達政宗公のことで、伊達藩の物資輸送のため整備された運河である。中でも江戸から明治の移行期に造られた名取川付近は「新堀」と呼ばれている。この新堀が、大きなラグーンや干潟であった井土浦を二分し、陸側は東谷地(ひがしやち)と呼ばれる10haほどの湿地になった。この東谷地はその後、良い萱(かや)場となり住民の共有地として地域経済を潤した。しかし、1960 年代中頃から茅葺き屋根が衰退し萱が売れなくなると、娯楽施設建設の話が持ち上がったという。それを機に、東谷地は仙台市が地権者となった。
2006年には、治水対策のため、東谷地を取り囲むように堤防が造られた。これは、名取川の河川堤防であり、国土交通省の管理である。河川堤防は通常、流程に沿って河口まで直線的に造られるが、そうなると井土浦は干上がる。この河川堤防が計画された際、整備に関わる委員から、100 万都市の仙台に残された広大な自然を潰すのはあまりに惜しいとの声が上がり、東谷地・井土浦を囲むように河川堤防が設置されたという。これは慧眼と言えるだろう。この河川堤防の後背部は、陸に向かって500mの幅で林野庁が管理する防潮(風)林である。井土浦地区は環境省による鳥獣保護区にも指定されている。

■管理者・ステークホルダーが非常に複雑な東谷地

東日本大震災と復旧

2011年3月に東日本大震災が起き、井土浦は土砂が堆積し面積が1/2以下となった。貞山堀(新堀)は数箇所で破堤した。地盤沈下もあり、名取川河口を経由して東谷地に海水が常時流入するようになった。
この地域は津波の人的被害があまりにも大きかったことから、海岸生物の生息にも大きな影響があったと思っていた。ところが、東北大学生物学科の学生と東谷地で調査を行ったところ、震災2年後にはすでに多くの干潟生物の生息場所となっていることが分かった。河川堤防は土留めであるため、水と陸(土)がひとつづきであった頃の井土浦の姿に戻ったのである。自然は人間社会よりはるかに逞しく、人為的な土地改変が破損すれば、本来の自然が戻って来る。とすれば、防災インフラの整備を工夫することができれば、今まで以上に良い沿岸環境になるのではないか。震災影響を調べている中で得た、期待である。
震災後、各所で復旧工事が行われた。管理者としては破堤を放置できない。堤をサイクリングロードにする計画があった貞山堀でも修復が進められた。一方、沿岸生態系に目を転じれば、アカテガニのような干潟の生物の多くは、幼生時代はプランクトンとなって外洋に分散し、やがて海水とともに沿岸にたどり着き成熟・産卵し、プランクトン幼生を放し生活環を全うする。魚類も餌場や生育場所として浅い沿岸域を利用する。多くの海岸生物には、海と陸がひとつづきになった生息場所が不可欠なのである。しかし、破堤箇所が修復されれば、東谷地への海水流入がなくなるので、海岸生物は消滅する。
そのような懸念を交えた研究を紹介していたところ、仙台市議会の耳にとまり、干潟の生物多様性や浄化機能を認識していただくことができた。その結果、2017年9月に、仙台市議48名は連名で、東谷地の地権者である仙台市に、東谷地の保全対策を含む提言を行った。この地権者側からの提言を受けて、貞山堀管理者である宮城県は、修復する堤防の3カ所に比較的大型の暗渠(あんきょ)を設置することで、サイクリングロードとしての機能を損なわず海水交換が確保できるようにした。震災から10年、春から夏にかけて干潮時にこの地を歩けば、足の踏み場もないほど多数の、そして多様なカニの生活を目にすることができる。
ここで紹介した例のように、わが国の沿岸域の行政管理区分はきわめて複雑である。海岸生物の保全には、いくつもの行政との相談が必要である。東谷地は、震災の復興と生態系の保全がwin-winの関係になった数少ない例かもしれない。それにはいろいろな幸運が重なっている。国、県、市の行政担当者が互いに意見交換する機会を持てたこと、市議会をはじめ市民が生態系の保全を重視したこと、研究者の意見を真摯に聞いてくれたこと、各行政担当者が限られた中で知恵を出せたこと、などである。しかし、最大の幸運はそれらではない。

わが国の海岸法の問題点

1956(昭和31)年に制定されたわが国の海岸法は、近年数回にわたり改定され、生態系としての海岸にも目を向けるようになった。とはいえ、その第3 条3 項では(原則的に)陸地においては満潮時の水際線から、水面においては干潮時の水際線から、それぞれ50mを海岸保全区域と定め、その区域内で防災インフラを整備することを管理者に義務付けている。
実際、砂浜が後退した井土浦地域では、7.2mの防潮堤を海側に建設せざるを得なくなり、結果として井土浦は縮小したままとなった。一方、東谷地は防潮堤の影響を受けなかった。河川堤防を直線化しなかったため、名取川―貞山堀という海水が流入する迂回路が確保されていたからである。これこそ、東谷地が干潟として残りつつある幸運の最たるものだ。
水際線前後50mという現在の海岸法の規定は、本来ある海岸生態系の姿を無視しているだけでなく、狭いエリアに防災インフラを設置せねばならない海岸管理者を苦しめている。これを例えば、砂浜ではなく、内陸部に向かった防潮林と市街地の間に防潮堤を設置できるように変更すれば、私達の生活が守られるとともに、海と森のひとつづききも確保できる。海岸生物の海と陸(岸)の行き来も、多くの行政区分を跨がずに済むだろう。
地球温暖化による高潮や将来の震災など、沿岸域の防災は喫緊の課題である。同時に、SDGsに見るように生態系の保全も世界の主流となっている。防災インフラと生態系保全は潜在的にwin-winの関係にできるはずだ。その実現のためには、海岸法の定める海岸保全区域をはじめとした沿岸域の区域設定を、生態系の視線で見直す必要がある。(了)

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