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Ocean Newsletter
第42号(2002.05.05発行)
- 水産庁遠洋課捕鯨班長◆森下丈二
- 特定非営利活動法人 グリーンピース・ジャパン
- 鹿児島県大浦町役場 経済課長◆村田敏雄
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- ニューズレター編集委員会編集代表者(横浜国立大学国際社会学研究科教授)◆来生 新
マッコウクジラ集団座礁の顛末記
鹿児島県大浦町役場 経済課長◆村田敏雄平成14年1月、鹿児島県大浦町の海岸に14頭のクジラが座礁、13頭が死亡した。1頭あたり20トンを越える巨体は、ただ動かすだけの作業でさえ想像を超える困難がともない、町にとってはまるで天災に見舞われたような、大変な苦労を強いられることになった。
1. ことの発端
私の町大浦町は、薩摩半島の南西部、県都鹿児島市から約50km、車で約1時間の所にあり、東は加世田市、南は坊津町、西は笠沙町に接し、北は東シナ海に面しています。冬の期間は特に北西の季節風が強いところで、北に面している東シナ海はいつも「大しけ」の状況にあります。
平成14年1月22日午前8時頃、大浦町小湊干拓の堤防を散歩中の住民より「クジラみたいな物が座礁している」との通報があり、経済課担当職員を現場へ確認に行かせました。担当職員から「クジラ14頭、しかも今まで見たこともない巨大なものだ」との連絡があり、私もすぐ現地へ出向きました。14頭のうち、13頭は確実に生存していると思われました。しかし、海は大しけです。北西の風も強く吹いています。堤防からの救出はおそらく無理、沖合いからの救出が妥当だろうと、大型作業船を保有し港湾工事等を行っている大手建設業者に相談したのですが、やはり「この大しけでの作業は危険」との判断で、22日の救出作業は断念せざるを得ませんでした。
また、この日の満潮は13時45分でしたが潮位が低いためにクジラの自力脱出はできませんでした。しばらくして鹿児島大学水産学部、鹿児島水族館等の専門家も現場へ到着し、初めて「マッコウクジラ」であることが確認されました。それも全頭が雄で、体長が一番小さいクジラで12m推定体重20t、一番大きい物で体長16m推定体重40tとのことでした。
2. 救出作戦
翌日早朝、海は相変わらずの大しけです。しかし、そうこうしているうちに、クジラは1頭また1頭と息絶えていきます。一時を争うことと判断、大しけのなか救出作戦が始まりました。
この日は若潮で満潮が14時09分でした。満潮のワンチャンスに合わせ救出作業に入りました。大型の作業船がタグボートに引かれ沖合いに停泊しウィンチからロープを伸ばし作業を行いましたが、しけのため思うように作業ができません。同時に、クジラも元気で尾びれに布帯を結びつけようとすると暴れてダイバーを振り払い思うようにいきません。一回目失敗、二回目失敗。もう満潮を過ぎようとしており、次を逃すと今回は無理です。三回目何とか尾びれに布帯を結びつけることに成功し、一気に作業船がウィンチを巻き上げ、クジラの巨体が離岸しました。こうして、かろうじて1頭は救出に成功しましたが、残り13頭の死亡が確認されました。
指定漁業の許可及び取り締まり等に関する水産庁の省令によりますと、座礁したひげ鯨等の取り扱いについては、病気感染などの恐れがあることから、「生きているものについては速やかに海に戻すほか、死亡しているものについては埋却又は焼却する等適切に取り扱わなければならない」となっており、この省令に基づき残りの13頭を処理するための対策会議が長時間にわたり開催されました。埋却、埋設、いずれもクジラが大きいだけに場所や施設がありません。色々と模索するうちに加世田市から一般公共海岸に埋却してもいいとの了解が得られ、全国の博物館などから全身骨格標本等に欲しいとの問い合わせが殺到していたため、13頭とも骨格標本にすることで決定を行い作業に入りました。また一方では海洋投棄も視野に入れ、海上保安庁との交渉に当たりましたが、なかなか結論が出ませんでした。
26日、夜を徹して作業を行い約12時間かけてようやく1頭標本として埋設することができましたが、物が物だけに25t積みの大型トレーラー、大型ダンプトラック、170t吊りの大型クローラークレーン等の特殊重機械も壊れ、思うように作業が進みません。結局、残りの12頭については埋設作業を断念せざるを得ませんでした。
3. 海洋投棄
海洋投棄はできない、埋却・焼却もできない。現場では日が経過するごとに悪臭や油による汚染がひどくなり、職員総出でその対策にあたりました。様々な関係機関へ連絡を取りながら解決策を講じていたその矢先、海上保安庁から、「この死骸は自然物であり、廃棄物ではない」との解釈から海洋投棄を了解するとの連絡を受け、ほっとし早速この方向で検討を行い準備に入りました。
しかしながらまた大きな壁に直面してしまいました。それは比重の問題です。専門家は、「本来の生きている時点でのマッコウクジラの比重は0.98とされているが、死亡してから相当日数が経っており、今の比重は0.6位ではなかろうか」と推定、仮に今の比重が0.6だとするならばクジラ自体の体重の倍以上(!)おもりを付けなければ沈まないというのです。さらに専門家や国立科学博物館、水産庁鯨類生体研究室等の合同対策会議において検討を重ねた結果、腹を割ってガスを抜けば、比重を0.7位に想定したおもりを付ければ沈むのではないかいうことになり、おもりとなるコンクリート塊の準備が始まりました。
波も比較的穏やかになった2月1日、海洋投棄の作業に入りました。作業船3隻に載せられた12頭のクジラは、座礁から11日間も経過し悪臭もより一層ひどく、作業は困難を極め思うようにはかどりません。午前7時から始めた作業は、大型タワークレーンの故障、2号作業船のクレーン滑車の故障、度重なるワイヤーの切断等、緊張の連続でした。最後の12頭目の海洋投棄は20時19分、実に14時間にわたる日本で初めての作業、もちろん世界でも類を見ない作業が終わりました。結局、もっとも体長の大きいクジラでは、コンクリート塊が13個、計36.11tのおもりが必要となり、12頭を沈めるのに、合計254.04tのおもりが使用されました。最後の12頭目が海に沈んだ瞬間、歓声があがり、50名余りのスタッフ、作業員が手に手を取り合って喜んでいました。
4. 終わりに
この出来事は私たちにとって一生忘れることのできない思い出となりました。日本で初めての大型クジラの集団座礁に直面し、町にとって財政面、仕事面大変な苦労を強いられ、職員は24時間交代で監視、交通整理、海岸の清掃等、まる2週間本来の仕事そっちのけで作業にあたりました。
今回のクジラ騒動で思ったことは、捕鯨が禁止されかなり繁殖しているらしいクジラの座礁は、四面海に囲まれた日本のまたどこかで起こると考えられ、座礁したクジラの救出と埋却または焼却が、座礁した市町村の責任であると仮定すれば、クジラ等の座礁は、海岸のある市町村にとっては台風の襲来と同じく災難以外の何ものでもないと思っています。したがって、国に対し災害救助法の拡大や適切な法律の早急整備を強く訴え結びと致します。(了)
1)クジラの救出が始まるが、荒天で作業は難航。ダイバーたちの必死の作業で1頭が無事海へ帰されたが、残りの13頭は死んでしまった。
2)クジラを埋設する様子。体長約12~16m、重さ約20~40tもあるため、夜を徹した作業でやっと1頭を運びこむという状況だった。
3)1頭あたり約20~36トンのコンクリート塊を付け、野間池沖の海底へ沈める作業が行われた。このコンクリートはいい魚礁になるという。
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