Ocean Newsletter
第42号(2002.05.05発行)
- 水産庁遠洋課捕鯨班長◆森下丈二
- 特定非営利活動法人 グリーンピース・ジャパン
- 鹿児島県大浦町役場 経済課長◆村田敏雄
- インフォメーション
- ニューズレター編集委員会編集代表者(横浜国立大学国際社会学研究科教授)◆来生 新
捕鯨再開と持続的利用原則
水産庁遠洋課捕鯨班長◆森下丈二日本が目指すものは、豊富な鯨類資源を将来にわたって適切な管理のもとで持続的に利用することであり、すでに科学的、法的にはこれが可能となっている。反捕鯨の主張は持続的捕鯨を否定する合理的根拠を提供していない。
持続的な捕鯨を可能とする根拠
捕鯨をめぐる議論で、まずはっきりさせておかなければならないのは、日本政府が目指していることは「ミンククジラなどの資源の豊富な鯨を枯渇させることなく持続的に利用していくこと」であって、「枯渇している鯨種については保護していくべきと考えていること」である。また、捕鯨に反対する勢力の議論のひとつとして、「過去の捕鯨は次々に鯨資源を枯渇させて行ったのだから、将来も持続的な捕鯨などありえない」というものがあるが、過去に乱獲をもたらした捕鯨は鯨油を目的としクジラを工業製品とみなした捕鯨であり、食料を目的とした捕鯨はむしろ乱獲の被害者であったことを認識する必要がある。食料としてのクジラの需要は鯨油としての需要よりはるかに小さく、過去のような乱獲は起こり得ない。
また、過去には、高性能のコンピューターの出現によりはじめて可能となった資源を枯渇させることのない捕獲枠の計算方式や、人工衛星を用いて船舶の位置をモニターする装置、DNA登録による1頭1頭の鯨を見分ける技術などもなかったことも指摘しておく。今では、これらの技術により持続的捕鯨が可能である。
鯨の数をめぐる科学的議論(資源評価)は、ミンククジラなど多くの鯨種については、管理された限定的な捕獲を行えるほど豊富であることを示している。これは日本の科学者のみの見解ではなく、世界の鯨類学者が参加する国際捕鯨委員会(IWC)科学委員会では広く受け入れられた事実である。多くの鯨は年間3%から7%の割合で繁殖し、大雑把に言ってこのうち1%程度を捕獲しても資源にまったく悪影響は出ないというのが世界の科学者間の常識である。
また、国際捕鯨委員会は1994年に改訂管理方式(RMP)と呼ばれる鯨類資源の枯渇を招かない捕獲枠計算方式を完成、採択している。原理は簡単で、鯨類資源を銀行預金に例えれば、捕獲枠をその利子の範囲内に設定し、元金を減らさないようにする方式である。実際にはこれに様々な安全弁のような仕組みが組み込まれ、さらに安全な資源保存を可能としている。これに加えて、この捕獲枠計算方式が確実に遵守されるように、すなわち、枠の超過や密漁が行われないように、国際監視員の派遣などを含む監視取締制度が議論されてきており、他の漁業管理機関や野生生物保存機関の常識からすれば十分効果的な制度がほぼ完成している。持続的捕鯨を可能とするための科学的、制度的枠組みは国際捕鯨委員会のもとですでに準備ができているのである。
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捕鯨再開を阻むもの
それではいったい何が問題で持続的捕鯨の開始が実現されていないのであろうか。
すでに科学や国際法・制度が持続的捕鯨の実施を妨げるものではないことから、問題の中心は、政治、文化、価値観と言ったところに移っている。たとえば豪州は、国際捕鯨委員会においてもっとも強硬な反捕鯨国であるが、その基本方針は「いかなる条件のもとでも商業捕鯨の再開には反対する、したがって監視取締制度などに関する議論にも参加しない」というものである。鯨類資源がたとえ豊富であってもその利用は反対し、捕鯨再開につながるような議論には参加さえしないというわけである。ここまで強硬な反捕鯨政策の根拠は、例えば「クジラは特別な動物なので捕獲することは倫理に反する」と言った具合になる。他方、豪州は年間数百万頭のカンガルーを捕獲し(2002年の捕獲枠は690万頭)、その皮や肉の利用は大きな産業となっている。クジラを捕獲することが倫理に反し、カンガルーを捕獲することは倫理に反しないと言う合理的な理屈は、それぞれの捕獲が持続的に行われる限りにおいて、考え難い。
様々な動物に関する価値観は文化によって大きく異なり、よく知られるようにインドの多くは牛を神聖なものとしている。インドが世界に向かって「いかなる条件の下でも牛を食べることは許せない」として、反牛食キャンペーンを展開したらいったいどうなるのか。捕鯨問題では、まさにこれが米国、英国、豪州、ニュージーランドなどにより、時には経済制裁をちらつかせながら行われているのである。
また、捕鯨問題は反捕鯨国にとって何のコストも伴わずに環境問題における政治的得点稼ぎができるトピックである。すなわち、反捕鯨国の政治家は自国民に捕鯨関係者がいないため、反捕鯨の立場をとることで何の苦労もなく「環境問題に熱心な政治家」であるとのイメージを獲得できる。地球温暖化問題など、他の環境問題で落第点をとっている政治家や政府にとって捕鯨問題は貴重な得点稼ぎとなる。
日本には食料があり余っており、いまさら鯨肉は必要ない(あるいはクジラを食べることは今やほとんどなく、文化とは言いがたい)のだから、米国などを敵にまわしてまで捕鯨問題で頑張る必要はないと言う声も聞かれる。40%にも満たない食料自給率にもかかわらず、大量食料輸入により見せかけの飽食状態にある日本の状況は場を改めて述べたいことが多々あるが、「必要ない」との認識に反論したい。「必要ない」と思っている人も存在するだろうが、切実に捕鯨と鯨肉を必要と考える人達がいる。そしてその人たちの希望は、科学的にも法的にも正当なものである。米国のような強い国がその正当な希望に文句をつければ、それは潰されるべきなのであろうか。科学的にも法的にも正当なことを守りきれない外交に意味はあるのであろうか。また、日本人の大部分は日常的に着物を着たり、能を観ることはないが、これらは紛れもなく日本の文化である。日本人全員が日常的に鯨肉を食べていないので文化ではないという議論は成り立たない。
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捕鯨問題を環境問題と位置付けることには強い抵抗を感じる。また反捕鯨運動を環境保護運動と位置付けることには、まったく賛同できない。鯨類資源を持続的に管理利用するという科学的、法的問題はすでに捕鯨再開の障害ではなく、捕鯨問題の真の焦点は政治や倫理観の相違による感情問題となっている。(了)
【参考ホームページ】
水産庁捕鯨の部屋 http://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/
(財)日本鯨類研究所 http://www.icrwhale.org
鯨ポータルサイト http://www.e-kujira.or.jp/
【参考図書】
『なぜクジラは座礁するのか?「反捕鯨」の悲劇』 森下丈二著 河出書房新社 2002年
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