Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第38号(2002.03.05発行)

第38号(2002.03.05 発行)

無知が海を壊す!~海の現状と「海の環境教育」の必要性~

海洋生物学者◆ジャック T.モイヤー

私たちの大切な海が、いま死にかけている。海を元の健康な状態へと向かわせるためには、まず現状に「気付く」ということ、そして海の教育活動にある。私たちのプログラムは、ロー・インパクトの姿勢を守りながら、「海は楽しい」「海は素晴らしい」「海は大切だ」というメッセージを伝えることを大切にしている。

なぜサンゴ礁の破壊は止まないのか

私たちの大切な海が今、死にかけている。このことは確かな事実でありながら、政府や企業に関わる人ですら正しく理解していない。もっとも、多くは、そのことすら認識できずにいる。

海は、この地球の表面の70%以上を覆っている。そして、この地球に暮らす生命の多様性の大部分を担っている。「海の熱帯雨林」とも呼ばれるサンゴ礁一つを取っても、少なくとも100万種以上もの生物の命を支えていると、英国・ケンブリッジにある国連環境計画のモニタリング・センター所属の科学者は指摘している。そして、それほど多くの生命のみなもとになっているサンゴ礁が、いま、世界中で死滅の危機に瀕している。あと8年で、現在残っているサンゴ礁の40%が失われるとの予測もある。さらに2050年までに、サンゴ礁は絶滅してしまうかもしれないというのだ。

海岸線の破壊にかけては、日本は世界のリーダーといえる。日本ではサンゴ礁のおよそ70%が、特に1975年から85年の間にかけて、開発によって破壊されてしまった。水揚げのための巨大な港、マリーナ、湾岸道路、小さな離島の飛行場などの建設によって、これまでに膨大な広さの浅瀬の海が失われてきた。このほかにも、人間による誤った使い方によって海の環境が破壊されている例はたくさんある。水産資源の乱獲や、海の生物を痛めつける違法な漁法、資源管理のためのルールの欠如などがそうである。

このようなことが起こる背景には、大まかに言うと次の二つの原因がある。まず一つには、建設・土木工事は「お金」になるということ。そして二つ目は、「無知」ということ。海という環境の繊細な構造について、理解している人はあまりに少ない。では、一体どうすればこの方向を転換し、海を元の健康な状態へと向かわせることができるのだろうか。その答えは、まず現状に「気付く」ということ、そして海の教育活動にある。

自然環境に脅威を与えてしまうような政治的決断を行っている私たちのリーダーも、すべてが「悪い人」という訳ではない。彼らはただ、自然、特に海に関する正しい知識がないだけに過ぎない。アメリカの上院議員・マッケイン氏は、現在のジョージ・ブッシュ大統領に対抗する大統領予備選挙の際に、「私は地球温暖化を信じない」と発言した。少しでも環境に対する関心や知識がある人であれば、その発言が「私はスギ花粉がアレルギーを起こしているとは思えない」というのと同じくらい無知で、ばかげた発言であることはおわかりだろう。

とにかく、何らかの形での教育活動が必要である。私は44年前にこの考えにたどり着き、以来、海の教育活動に関わり続けている。大人は上記の議員のように事実を認めず、一つの考えに固執しがちであるため、より若い世代へ向けた教育活動が大切だということがわかってきた。21世紀は彼らの時代でもある。現在私が関わっている教育プログラムは、小学校高学年から高校生の子どもたちを対象にしているものがほとんどである。

環境教育という考えをとりいれたスクール

私は、子どもたちを対象にした教育プログラムにおいて、人間が海を乱用している現状や、自然破壊の様子に焦点を当てるべきではないと考えている。社会が本当に必要としているものが何か、またそれが経済や流通、軍事などと、どのように関わっているのか。さらに、自然にストレスを与えている様々な物事が、実は何らかの形で必要とされている、という現実について、大学以前の教育課程にある子どもたちには充分に理解することはできない。その代わりに、私たちのプログラムでは次の三つのメッセージを伝えることを大切にしている。

「1. 海は楽しい!」、「2.海は素晴らしい!」、「3.海は大切だ!」。私たちのプログラムでは、以上三つのメッセージを中心に置いた枠組みの中で、生物の識別や生態、海洋学全般に関するたくさんの科学的知識が、楽しく学べるように構成されている。結果として、参加した子どもたちは成長すると、それぞれ何らかの形で海の環境を守ろうという気持ちを抱くようになっている。

世の中にはいくつもの「海の自然教育」と名の付くプログラムがあるが、それらはすべて、上記の「海は楽しい」という要素にまずポイントを置いている。とにかくプログラムが楽しくなければ参加者も集まらないからだ。そして、それらの中には魚釣りやボート漕ぎ、サーフィン、シーカヤックなど、いわゆる「マリン・スポーツ」を中心に行っているものが少なくない。もちろん、それが環境に配慮した形で行っているものである以上、反対する気持ちはない(実際にはそうでない場合が多い)。しかし、マリン・スポーツを中心にしたプログラムであっても、環境教育的な要素がどこかに含まれるべきだと思う。

私たちの行うプログラムの「楽しい」部分は、まず実際に海の中に潜り、クマノミやイソギンチャクからイルカまで、海に暮らす様々な生物との関わりを持つこと、そしてそれらの生物の行動や生態、また彼らが暮らす世界について学ぶことにある。しかしながら、参加者には、どんな生物に対しても触れたり手にとったりすることは禁じている。例えばナマコのお腹の下に共生しているエビを観察したい時などは、インストラクターのみがそれを手に取って生徒たちに見せ、説明を終えたところですぐに元の場所に返すことが原則である。さらに、「触らない」というルールをより確実に守るため、参加者は手袋をはめてはいけないことになっている。何にも触らなければ、トゲが刺さったり、何かに噛み付かれることもない。そして海の自然に対して圧力をかけてしまう心配もない訳だ。

これまでの私の経験では、私たちが行っているようなプログラムに対し、多くの親は反対する。なぜなら本物の「ウツボ」や「オニダルマオコゼ」がいる海で、実際に泳ぐからだ。そして、次のような意見を述べるのが普通だ。「泳ぎたいのなら、プールへ行けばいいのです。魚を観たければ、水族館があるではないですか」

もちろん数ある水族館の中には、教育的価値のある素晴らしいものも幾つかはある。しかし残念ながら、それらは決して本物の海と同じではない。海を、将来の世代が必要とする形で残すためには、少なくともある程度、その本物の姿を知ることが必要だ。そのために私たちのプログラムが選んだ場所は、2000年の噴火以前の三宅島、御蔵島、そして2001年に加わった八丈島と伊是名島(サンゴ礁の広がる南西諸島の島)だ。今年、私たちは伊豆大島、式根島、御蔵島、慶良間諸島、佐渡島でプログラムを行うことにしている。

 
モイヤー氏たちのスクールでは、実際に海の中に潜り、海に暮らす様々な生物との関わりを持ちながら、かれらの行動や生態などについて学ぶ。しかしながら、参加者には、どんな生物に対しても触れたり手にとったりすることは禁じている。自然に対する「ロー・インパクト」の姿勢が、スクールでは堅く守られている。スクールを支えるボランティア・スタッフの数は不足気味であるとのこと。また「参加者の安全を確保することに最善を尽くす」という趣旨から、厳格なトレーニング・プログラムを用意し、それを習得した人のみ、スタッフとして迎え入れられるという。ボランティア情報に関しては、以下のサイトを参考にして欲しい。
(http://www5.ocn.ne.jp/~ocean-f/)

安全管理とローインパクト

さて、私たちがプログラムを行う上で一番に気を配るのは「安全管理」である。とにかく、事故が起きてはならない。そのためにも、初日の午前中にはまず自らの安全を確保するためのトレーニングが組まれている。その際、良いトレーニングに必要とされるのが、良いスタッフ陣である。スタッフはダイブ・マスター以上のレベルのトレーニングを受けていることが要求される。特にライフ・セービング、レスキューの技術は不可欠である。ボランティア・スタッフの数は、どの自然教育に関してもまだ不足気味であるし、海の教育活動では特にそうだと言える。私たちはスタッフのトレーニング・プログラムを用意し、それを習得した人のみ、スタッフとして迎え入れるようにしている。

このプログラムでは、参加者の上限は20名。そして海に入る時には、参加者はさらに小さなグループに分けられる。さらに一人一人が「バディー」と呼ばれる相手と組んでいる。つまり、お互いに相手の安全を確認する責任があるという仕組みだ。もちろん、スタッフは最終的な責任を負う立場にあるわけだが、バディー・システムはそこにさらなる安全性を追加することになる。複数のスタッフは、参加者の様子を見ることに集中する。ともかく、参加者の安全を確保することに最善を尽くしているのだ。

参加者は、最初のステップとして、観察エリアの中で頻繁に見られる種を識別できるようになる。主に魚だが、無脊椎動物の仲間、サンゴについても学ぶ。例えば魚について、まずその種類がわかり、成長段階や性別がわかるようになると、今度は餌を食べるときの様子、繁殖行動、なわばりを守る行動、捕食関係、さらにはコミュニケーションのためのディスプレイ(相手に自分の姿を誇示する様子)などに注目して観察を行う。また御蔵島で野生のイルカと一緒に泳ぐ時には、人間とイルカの関係に注目するのではなく、イルカを、群れで暮らす野生動物(海生哺乳類)として理解するようにする。イルカの社会システムや餌の捕り方、母子関係、そしてコミュニケーションに関するまでを、できる限り学んで行く。私たちはイルカに近寄り、互いに関わり合うことによって彼らの生態を学んでいる。しかし、そういった関わり合いも、「ロー・インパクト」という原則の下に行うことが大切である。私たちは陸上であれ海の中であれ、野生生物との出会いの場において、相手側に与えるインパクトをできる限り少なくすることに力を注いでいる。

スクール最後の夜はバーベキューだ。この時は、できるだけ地元の素材を使うようにしている。自分たちで海から捕ってきたものはない。その後は最後のまとめの時間となり、参加者一人一人がそれぞれの感想を述べる。新しい友達との別れが近付き、涙を見せる参加者もいる。感情が深まる。学ぶことも、仲間との付き合いも、密度の濃い5日間を過ごしてきたからだ。

誤った教育が、自然破壊を生む

以前、南西諸島の無人島で行われていた「海の環境教育プログラム」を見たことがある。そこでは子どもたちが毎日ほとんどの時間を、「何かを捕る」ことに費やしていた。それもただ楽しむために捕るのであって、捕ったもののほとんどは後で捨ててしまうのだった。最終日、近くの島の漁師が、「追い込み網」の方法を子どもたちに教えていた。それは、サンゴを壊し、食べられる魚もそうでない魚も区別することなく捕まえてしまう方法でもある。子どもたちはプログラムの期間中、マスクを通して毎日のように眺めていたリーフの魚を、いとも簡単に捕まえていた。その魚が、リーフの社会を作っている大切な一員であるということにまったく気付かない様子だった。これでは環境教育とは言えない。それどころか、不必要な自然破壊である。

私たちがバーベキューに必要とする魚や野菜は、すでに地元の方々が自然から手に入れているものだ。それ以上に、自然に対して負荷をかける必要があるだろうか。もう一度繰り返すが、自然教育のプログラムは、自然に対して「ロー・インパクト」の姿勢を守るべきだ。持ち帰って良いのはゴミだけである。海に棲む生物を捕まえたり、一晩バケツに入れてみたり、お土産として持ち帰ったりしてはならない。そして、海を泳ぐ時には手袋をはめないようにし、海の中を傷つけることのないようにしたい。

私たちの大切な海が今、死にかけている。海の教育プログラムはこの事実をしっかりと認識し、あらゆる破壊行為をなくすよう努力しなくてはならない。(了)

 
自分たちが見たり学んだりしたことに夢中になる子供たち。
食事の時間前後の自由時間は、ほとんどが海の生物の図鑑を調べたり、観察した生物のリストを作ることに費やされる。食事中の会話も、その日に体験したことがまず話題になる。「あの大きなエイを見た?」「あのクマノミは、卵を抱いていたね!」「砂浜のゴミが、ひどかったなあ」。
夕食後には講義の時間が組まれて、図鑑を使ってその日に見た生物を識別し、観察した様々な生物の行動についての説明が加えられる。

第38号(2002.03.05発行)のその他の記事

ページトップ