Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第375号(2016.03.20発行)

海洋における先端技術の「海を活かしたまちづくり」への活用

[KEYWORDS] 技術開発/海洋生態系/まちづくり
東京大学名誉教授、JST/CREST海洋生物多様性領域研究総括◆小池勲夫

藻場やサンゴ礁といった沿岸域での生態系や生物多様性を解析するための先端的な技術開発に関して力を注いできた戦略的創造研究推進事業(CREST)の「海洋生物多様性領域」、そして、沿岸域の地域の方々と連携して「海を活かしたまちづくり」に取り組んできた海洋政策研究所による合同シンポジウムが開催された。CRESTでは海洋における先端技術が地域の海を生かして活躍されている方々とうまく連携できることを期待している。

はじめに

公開シンポジウム会場風景

暮れも押し迫った2015(平成27)年12月15日に海洋政策研究所とJST/CREST「海洋生物 多様性領域」との共催で「新技術を活用した"海を活かしたまちづくり"」と題する合同シンポジウ ムが新装なった笹川平和財団ビルの国際会議場で開かれた。平成23年度から始まった国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)※1の「海洋生物多様性領域」では、藻場やサンゴ礁といった沿岸域での生態系や生物多様性を解析するための先端的な技術開発に関しても力を注ぎ、既に具体的な成果が出始めている。また、海洋政策研究所では、沿岸域の活性化を目指して地域の方々との連携で「海を活かしたまちづくり」の活動でこれまで大きな成果を挙げてきている。そこで、新規技術の提供者としてのCREST側の研究者と、将来におけるその利用者である地域の海を生かして活躍されている方々との連携を図ることを目指してこのシンポジウムは開かれた。ここではまず、この「海洋生物多様性領域」の研究の狙いや現在の進捗状況に関して簡単に紹介した後、本シンポジウムで出された研究者とNGOなどとの連携への期待や課題などについて報告する。

CREST「海洋生物多様性領域」

CRESTは、国が科学技術政策や社会的・経済的ニーズを踏まえて定めた社会的インパクトのある戦略目標の達成に向けて、革新的技術シーズを創出するための基礎基盤研究を支援する制度である。この「海洋生物多様性領域」の正式な名称は「海洋生物多様性および生態系の保全・再生に資する基盤技術の創出」であるが、1995(平成7)年の制度発足以降、現在進行中のものも併せて約90の研究領域があるなかで、海洋を前面に押し出した領域はこの「海洋生物多様性領域」が初めてである。
この領域の目的は、2007(平成19)年に制定された海洋基本法で謳われた海洋立国を推進する上で重要な海洋の生態系や生物多様性を保全・再生するために、出口を明確にした環境を含む生物群集の計測技術と生物多様性・生態系モデルの研究開発を行うことであり、平成23年度からの3カ年にわたる公募で100課題以上の提案の中から16課題が採択された。採択された16課題は対象とする海域が水深数mの海草藻場から数千mの深海熱水生物群集までにわたり、対象とする生物群集も微生物からイルカなど海産哺乳類までの多岐にわたったが、このCRESTでの研究開発が従来の海洋生態系・生物多様性での研究開発の単なる延長に留まることなく、計測工学やライフサイエンス、数理科学などの異分野の研究者との連携研究による新しい発想での技術開発であり、また研究の出口が明確であることを前提としている。具体的な本領域での研究課題の内容は、この領域のHP※2を参照して頂きたいが、深海の熱水域での生物群集を船上で制御しながらサンプリングできるAUVの開発や海水の数リットルを採取してそこでの細菌から魚類までの種組成を判別する技術の開発など、ユニークな技術開発が行われている。

合同シンポジウム

■公開シンポジウム「新技術を活用した『海を活かしたまちづくり』」

12月に開かれたシンポジウム(プログラム参照)は3部構成になっており、第1部の3つの講演は、CRESTで藻場やサンゴ礁などの沿岸域での海洋生態系を解析する技術開発を行っている研究者によるもので、技術革新が最近目覚ましいゲノムを使った生物群集の解析や、音響による海草藻場の広がりや密度などを計測する技術、あるいはサンゴ礁における酸性化のインパクトの紹介などが行われた。第2部は各地域において地元の海における生態系や生物資源の管理・保全等に活躍されている方々3名の講演で、高校生を主役にした内湾の藻場復活の運動から、瀬戸内海で衰退した魚類海草藻場を数10年にわたって再生させる活動を漁協だけでなく多くの地域の人を巻き込んで行った話、また、林業を行っている人達との連携による森林資源を使った魚礁の話など、長年にわたり地元地域と密着した海での活動が紹介された。このように沿岸域で研究開発を行っている研究者からの報告と、各地域で沿岸の生態系を再生しまた利用する実践的な取り組みをしている方々からの報告を受けて、第3部としてこの両者の連携を図るため、「新技術を生かした海と共生するまちづくり」というタイトルでパネルディスカッションが行われた。

パネルディスカッション

このパネルディスカッションでは、テーマ1として「海と共生するまちづくりに生かせる新技術とは」を挙げて議論が行われ、海の状況を知るモニタリングに関する新技術に関しても、遺伝子などを使った多くの新技術が開発されつつあるが、これらは地域で気楽に使って貰えるものでなければならないこと、また、高価な測器を使う場合はそのリースによる使いやすさなども必要との指摘があった。なお、藻場に注目している地域も多いが、藻場の役割に関して、その保全が二酸化炭素を吸収することから地球環境の保全という意味でも大きな役割を果たしていることが研究者側から強調された。テーマ2としては「新技術を活かすために配慮すること」に関して、研究者側からはCRESTを含め多くの研究は、その技術開発の成果を地域などの社会への還元を目指して行われており、そのためには、地域がどういう状況かを研究者も共有して、開発の過程から地域のリクエストに答える形で進めて行くことが必要などの発言があった。これを受けて海域のモニタリングなどは結果の分かりやすさも大事であり、そのためには研究者だけでなく、地域と研究者との間を繋ぐインタープリターの育成と活用も必要とのコメントがあった。なお、会場からも、色々な地域で行われているアマモ再生などの活動を広げていくためのリーダーや、研究者との間を繋ぐインタープリターの必要性を強く感じるのでその育成が大切だという意見があった。今回のシンポジウムでは、沿岸域を仕事場とする漁業者や汚染され地元の海の再生に関し高校生などを巻き込んで行っているNGO代表者などによる積極的な実践例が技術開発を行っている研究者に提示されることにより、どのようなニーズが各地域にはあるかを参加者が肌で感じる良い機会となった。研究の中盤に差し掛かっているこのCRESTとしても各研究課題の出口をより具体的に研究者に問い、その新規技術の実践を求めることで地域からの要請に答えて行きたいと考えている。(了)

  1. 【参照】海洋政策研究所HPにおける開催報告 /opri-j/news/article_20909.html
  2. *1戦略的創造研究推進事業 (CREST)http://www.jst.go.jp/kisoken/crest/
  3. *2海洋生物多様性および生態系の保全・再生に資する基盤技術の創出 https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/evaluation/mid-term/1111065/kadai-c25.html

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