Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第375号(2016.03.20発行)

アルジェリアにおける海事教育訓練推進への取り組み

[KEYWORDS] 海事分野ODA/研究能力向上/地域ネットワーク
(株)サクセス・プロジェクト・マネジメント・オフィス代表取締役、平成27年度外務大臣表彰受賞◆大前正也

日本政府は1990年からアルジェリアの高等海事教育機関に対する技術協力プロジェクトを実施した。途中、現地情勢悪化により10年以上の中断があったものの、第2期プロジェクトでは更に高い目標の研究能力向上を掲げ、並行して海事研究に係る地域ネットワークの構築を目指してきた。第三国研修を実施することにより25年間の一連の技術支援を完了した。

25年前のアルジェリアでの船員教育訓練への支援

■アルジェリアと高等海運学校の位置

一般的に日本人には縁の薄かった当時のアルジェリアで国際協力事業団(JICA:現国際協力機構)による海事教育訓練プロジェクトが開始されたのは1990年5月のこと。首都アルジェから西へ50km程度の地中海に面したブー・イスマイルという街の当国唯一の高等海事教育機関である高等海運学校(Ecole Nationale Superiéure Maritime:ENSM)においてレーダーシミュレータとエンジンプラントを主要供与機材として船員教育訓練のレベルアップを目標として政府開発援助(ODA)技術協力プロジェクトが開始された。船員教育訓練の二本柱である航海士コース、機関士コースのカリキュラム改訂、施設機材の充実を図るために、短期専門家(主として航海訓練所、海技大学校、機材納入メーカーから)を派遣し、またカウンターパートを本邦に招聘して技術移転を進めた。4年間の協力期間として順調に活動は展開されていた。

イスラム原理主義過激派集団の突然の宣言

プロジェクト開始当初から徐々に原理主義過激派集団による散発的なテロ活動は続いていたが、警察、自警団、軍隊によるテロ掃討活動によりある程度は封じ込まれていた。このような環境下でわれわれは活動を続け、4年間のプロジェクト協力期間も最終段階に差し掛かり、JICA本部からの終了時評価調査団を受入れ、手仕舞い作業に入ろうとしていた1993年11月に、原理主義過激派集団は「12月1日から外国人をテロのターゲットとする」と宣言した。これを受け、在アルジェリアの外国人は次々に国外へ避難することとなり、筆者も後ろ髪を引かれる思いで日本に帰国した。
その後、状況は好転することなく、東京でプロジェクト終了を迎えることとなった。これがアルジェリアにとって「失われた10年」と言われる日々の始まりとなり、10年間で15万人以上の犠牲者を出したと言われる内戦状態に突入することとなった。この間にENSMの教員も数名は国外に脱出し、フランスのマルセイユやカナダのケベックの海事教育機関で教鞭を取っているが、大半のカウンターパート達は過酷な環境下でENSMを守り続けた。JICAによる支援はこの間、中断を余儀なくされた。

ODA再開

2015年11月研修参加者(前列右端が著者)

海事関係者に対する大きな変革となった1978年の船員の訓練および資格証明ならびに当直の基準に関する国際条約(STCW条約)の1995年改訂を自力で乗り越えたENSMを始めとするアルジェリア海事関係者であったが、その牽引役となったのは上述のプロジェクトでキーマンであったENSMのRezalAbderkrim副学長であった。彼は当該プロジェクト終了後、運輸省海運局長となり政府側の海事分野のリーダーとなって活躍していた。国内情勢が沈静化し始めた2004年には日本政府と技術協力協定に署名し、ODAの本格的な再開を目途としてJICAが首都アルジェで開催したODA再開セミナーにおいて、この海運局長が筆者を呼び戻すきっかけを作ってくれた。当時トルコ、イスタンブールで別件の海事教育案件に参画していたが、1週間の日程で15年ぶりにアルジェリア入りすることとなった。耐用年数を過ぎていたレーダーシミュレータはレーダーパネル操作実習用のみに使われていたが、1,500馬力の主機をベースとしたエンジンプラントは大切に使われており、15年の年月を感じさせなかった。そこで教員達との旧交を温め、さらなる技術協力の議論を行った。
学部教育訓練の充実については1990年代の先行プロジェクトで十分に目標達成しており、次に目指す当国における海事分野の専門家の層の薄さに対応する大学院のレベルアップについての要請が公式にJICA側に伝えられた。これを受け、神戸大学海事科学研究科(以下、神戸大学)の全面的なバックアップによる海事研究能力の向上を目標としたプロジェクトが2012年から開始されることとなった。
初歩的な研究能力の向上に対応するためには先行プロジェクトのような大型機材の供与は想定せず、ソフトウェアや専門書籍のみの供与で、基本的にカウンターパート達に対する徹底的な研究ノウハウの指導を行った。分野は「リスクマネジメント」「海事法規」「海事経済」「港湾管理運営」の4分野を設定し、神戸大学の教員の現地での短期専門家活動と神戸大学の各研究室における日本研修を組み合わせて研究能力向上活動を進めるとともにENSMの大学院としての組織改編のための指導を行った。
並行してアフリカ・中東地域の仏語圏の海事教育機関の中核を担うことを目標として第三国研修というJICAのシステムを活用し、2013年から3回にわたりコートジボワール、セネガル、モロッコ、チュニジア、トルコの海事教育関係者をENSMに招聘し、研究ネットワークの構築を目指すセミナー、ワークショップを開催し、意見交換、研究紹介を繰り返し、2015年の11月に盛会のうちに最終回を実施し、25年にわたる技術協力に終止符を打った。
技術協力プロジェクトと第三国研修を並行して実施することにより、ENSMの研究能力の向上と地域ネットワークの構築という高いハードルを越えることを目指したが、ENSMの教員は自分達の通常業務を行いながらの活動に積極的に参画し、大きな成果を挙げることとなった。

今後の課題

前述の通りENSMはアルジェリアで唯一の海事高等教育機関であるため、今後は博士後期課程までを備えた教育機関となることが望まれている。この実現のためには、ENSMの更なる自助努力と神戸大学による支援が必要であることは、ENSM、神戸大学のプロジェクト関係者の共通の認識である。既に25年を過ぎているENSMに対する日本の技術支援であるが、また必要に応じて支援再開の可能性の議論が必要であろう。(了)

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