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オーシャンニューズレター

第360号(2015.08.05発行)

第360号(2015.08.05 発行)

近畿大学の養殖研究と株式会社アーマリン近大

[KEYWORDS] 近大マグロ/完全養殖/水産資源
(株)アーマリン近大代表取締役◆逵 浩康

近年、地球規模での天然の水産資源の枯渇が危惧され、国際的な漁獲規制が強化されるなど日本を取り巻く漁業環境が大きく変化して、魚類の消費大国としての責任を問われる時代となってきている。
そのような状況の中で、近畿大学がもつ養殖技術が資源の確保に大きく貢献するものと確信している。


近畿大学水産研究所の設立および研究の経緯

■クロマグロ完全養殖の図

1948年、戦後日本の食糧問題を懸念した近畿大学初代総長世耕弘一の「海を耕す」という発想のもとに、和歌山県白浜町に臨海研究所(現近畿大学水産研究所白浜実験場)を開設した。その後、和歌山県内に浦神実験場、新宮実験場、大島実験場、すさみ分室を、富山県射水市に富山実験場、鹿児島県瀬戸内町に奄美実験場を順次開設して、現在は6実験場、1分室で構成されている。
開設当初は大学には資金がなかったため、養殖した魚を販売することによる独立採算制以外に研究を続けるための選択肢がなく、それに応えたのが、後に第2代所長となった原田輝雄である。世界に先駆けて網生簀養殖法を開発し、各種海産養殖魚の完全養殖達成、品種改良による高品質な種苗供給等の画期的な成果によって大学本部や外部からの資金に頼らず、自らの生産による経営体制を確立することで研究の維持、継続を可能とした。「実学の精神」に基づくこの活動は他大学にはない大きな特徴となっている。
ハマチの養殖を皮切りに、マダイ、カンパチ、シマアジ、クロマグロ、クエなどの海産魚類の他、アユ、アマゴ、チョウザメなどの淡水魚の飼育技術に関する研究も行い、最近ではマアナゴやサクラマスの研究に着手している。これまでに、多くの魚種について卵からふ化させた稚魚を親魚まで育てて次の世代を生み出す「完全養殖」に成功した他、天然産よりも成長が速い近大マダイを生み出すなどの品種改良の成果を挙げている。
クロマグロの研究は、1970年に水産庁のプロジェクト研究に参画して大島実験場を開設し本格的に始まったが、3年の研究期間では1年以上継続飼育することができず、予算終了とともに他の研究機関はすべて撤退した。しかし、近畿大学だけが研究を続けた結果、1979年に生簀内で世界初の自然産卵に成功した。しかし、稚魚は全滅。1983年から1993年までの11年間は産卵しなかったために稚魚の飼育研究が中断するといった苦難の時代があったが、1994年に再び産卵が始まり、研究開始から32年後の2002年に人工ふ化から育てたクロマグロが親となって産卵して世界初の完全養殖を達成した。本学がもつ、天然資源を使わずに継続的に養殖が可能となる「完全養殖」技術が、地球規模でのマグロ資源問題の解決に必要とされるとともに、大きく貢献することが期待される。

近畿大学水産養殖種苗センターの設立および事業の経緯

1970年、水産研究所で培った技術を産業化する目的で、パイロット事業として和歌山県白浜町に水産養殖種苗センター白浜事業場を設立し、地元漁協と協同して食用魚および優良な各種養殖用種苗を大量生産する事業を開始した。その後、和歌山県内にすさみ事業場、大島事業場、浦神事業場、鹿児島県瀬戸内町に奄美事業場を開設した。
当初は食用魚として成魚に育てて卸売市場を中心に出荷することが主な収入源であったが、養殖用種苗の品種改良、特に成長の早いマダイ稚魚の作出が高い評価を受けて需要が急増したことから、稚魚の売上が成魚のそれを上回るようになった。
現在、主要魚種であるマダイの国内シェアは25%、シマアジは70%で、他にもクロマグロ、トラフグ、カンパチ、シマアジ等の養殖用種苗を生産している。

株式会社アーマリン近大の設立および事業の経緯

近大卒のクロマグロ一匹一匹に「卒業証書」が授与される。

株式会社アーマリン近大は2003年に設立され、それまで近畿大学水産研究所および水産養殖種苗センターが行ってきた事業のうち、外部への販売業務および広報業務を担当することになり、3者が一体となって取り組むことになった。
長年にわたって培ってきた技術を使って生産した成魚を市場を通じて販売しても「近畿大学」の名前が一般消費者へは届かないことから、売り場で表示してくれる取引先を厳選して出荷するよう方向転換して近大ブランドの浸透を図った。それらの成果により、売上総額が30億円超となる規模に成長した。
国内の養殖業界は不景気の影響を受けて低迷したままの状態となっており、養殖魚の需要喚起に貢献できることはないかと考えていたところ、店舗経営のノウハウを持つサントリーからの提案があり、養殖魚専門料理店「近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所」の1号店を2013年4月大阪梅田に、2号店を同年12月東京銀座にオープンすることとなった。以前に比べて格段に養殖技術も向上しており、クロマグロを中心に近畿大学で養殖した魚を消費者に提供することで、安心・安全で美味しくなっていることをアピールし、直接その評価を受けて今後の研究や生産に生かすようにしている。また、近畿大学の学生がメニューや食器作りに参加するなどコラボしていることも話題となり、平成26年度の来店者数は大阪店で125,000名、東京店で66,000名と盛況を博している。
養殖業不振の打開策として海外輸出も欠かせない。将来に備えて5年以上前からアメリカへの試験出荷を行っているが、これに加えて一昨年、完全養殖クロマグロが国際海洋環境団体"Sailors for the Sea"の「ブルー・シーフードガイド」にリストアップされ、前述の店が国内のサステイナブル・パートナーレストラン1号店として認定された。これらにより、ワシントン条約締約国会議で「絶滅が危惧される」天然クロマグロに対し、サステイナブルで安心な食材として、クロマグロをはじめとする完全養殖魚をアピールし、養殖業振興に貢献していく考えである。
また、2010年からクロマグロ稚魚の中間育成事業を豊田通商㈱と連携してきたが、2015年からは同社が新たに陸上の種苗生産施設を稼動させ、生産効率の向上を図るとともに、種苗生産の段階から近畿大学と協同して「近大マグロ」の生産拡大を計画している。
さらに、2013年からは、(株)アーマリン近大が区画漁業権を行使して海面養殖事業に参画するようになっている。クロマグロの国内養殖は増加傾向にあり、天然稚魚の漁獲規制と相まって、今後ますます人工稚魚の需要増加が見込まれることから、さらなる事業展開を目指している。(了)

●近畿大学水産研究所 http://kindaifish.com/index.html
●アーマリン近大 https://www.a-marine.co.jp/

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