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オーシャンニューズレター

第358号(2015.07.05発行)

第358号(2015.07.05 発行)

再生水が担うサンゴ礁島嶼の環境ブランド力向上

[KEYWORDS] 水資源/島嶼環境保全/再生水利用
沖縄県サンゴ礁保全推進協議会会長◆中野義勝

日本でも一部の地域で導入が始まった再生水利用だが、沖縄県では南部農林土木事務所を中心に糸満市浄化センターにパイロットプラントを導入して、沖縄型水循環システム導入に向けた再生水農業利用について検討している。
再生水処理は技術的に高い完成度に達しているとは言え、設置・運営コストが課題となっている。しかし、サンゴ礁島嶼の環境保全に資する波及効果を考えれば、再生水は沖縄県のブランド力となり得ると考える。


水資源としての再生水

放流水と地下ダムに頼る本島南部の野菜栽培

再生水とは何か? 日本は水資源が豊かであるという通念が強く、一旦利用した水のほとんどを下水処理場で二次処理して放流している。しかしながら、世界の多くの地域では逼迫した水需要を賄うために、二次処理水をさらに凝集剤で沈殿し砂濾過後に紫外線消毒して再生水として利用している。国内でも研究の進む先端技術では濾過過程にUF(限外濾過)膜を用いることで省スペース高効率化を実現するとともに、シンガポールなどでは再生水の純度をさらに上げて飲用に供することも行われ、国際宇宙ステーションでも活用されている。
日本でも一部の地域で導入が始まった再生水だが、沖縄県では南部農林土木事務所を中心に糸満市浄化センターにパイロットプラントを導入して、沖縄型水循環システム導入に向けた再生水農業利用について検討している。再生水処理は技術的に高い完成度に達しているとは言え、導入に当たっては設置・運営コストを社会全体でどのように負担するかが課題となっている。本稿では社会的インセンティブ形成の面から、再生水農業利用がサンゴ礁海域の保全のみならずサンゴ礁島嶼の環境保全に資する波及効果が技術的効果をはるかに上回り、沖縄県の各産業において大きなブランド力となり得るという視点を提供したい。

サンゴ礁海域の先進的水質基準の達成事例

環境省の定める生活環境保全に関する環境基準は、河川でBOD(生物化学的酸素要求量) 1mg/L以下とし、海域ではCOD(化学的酸素要求量) 2mg/L以下、全窒素0.2mg/L以下・全リン0.02mg/L以下と定めている。
沖縄のサンゴ礁域では、全窒素0.1mg/L・全リン0.01mg/Lでサンゴの生育に悪影響があり、沖縄本島では各地で富栄養化の影響を被っているという報告がなされている。さらに、サンゴの生育に障害となる赤土汚染下では、全窒素0.2mg/Lでも負の影響が相乗的に促進されるなどが認められる。また、余剰の栄養塩は海藻類の繁茂を引き起こしサンゴが過剰な競争に曝されたり、富栄養化がオニヒトデの大量発生を誘起するとの報告もあり、研究が続けられている。これらの報告からは、健全なサンゴの生育とサンゴ礁生態系の維持には国内の栄養塩についての環境基準を満たしても不十分であることが示唆されており、沖縄県においては独自にサンゴ礁海域の環境基準を模索しているが未だ策定には至っていない。サンゴ礁島嶼として世界有数のリゾート地であるハワイ諸島においても、サンゴ礁海域へ流入する排水による富栄養化によってサンゴ群集の劣化と海藻群集への変則的な遷移がかつて引き起こされた。これに対して、マウイ島では排水の再生水処理を行いリゾートで使用される多量の水を賄うとともに、サンゴ礁海域の富栄養化を食い止め環境保全を図っている。
このような先進実践事例や基礎的研究からも、サンゴ礁海域では富栄養化のもたらす影響は無視できるものではなく、世界的なサンゴ礁の衰退が危惧される時宜を考慮しても、新たな行動がもとめられている。再生水農業利用はこの実現に大きく寄与するばかりでなく、環境保全における予防原則として貢献するものである。

水資源・栄養塩資源の効率的利用による、島嶼環境の保全

再生水を農業利用するための水循環システム

サンゴ礁島嶼である沖縄本島は水資源に乏しく、多くの人口を支えるために北部の貴重な森林地帯に広大なダムを運営してこれを維持している。これでも賄いきれない南部地域の農業用水については、透水性の地質中に地下水の遮蔽壁を設けた地下ダムに頼っているが充分な給水量とは言えない。今後も生活の質の向上や観光産業の発展に伴い水の需要は増大することが予想される。しかしながら、主要産業と位置付けられる観光産業にとって、山原(やんばる)の貴重な自然資源をこれ以上破壊してダム建設をすることは大きなダメージとなる。前述の地下ダムや海水淡水化プラントなど複数のオプションと共に、再生水利用を常に備えることが、このような問題への解答として考えられる。貴重な水をダムからそのまま海へ流すことなく再生利用することは、結果的に水源開発を最小限にとどめ島嶼環境の保全に大きく寄与する。これらの総合的な水管理技術は沖縄の離島に限らず、太平洋諸国など海外への技術輸出の可能性ももたらすものである。
また、現在再生水プラントが設置されている糸満市の下水処理場は市街地からの下水を処理しているが、現行のプラントの仕様では栄養塩イオンは除去対象となっていない。食料消費の大きな市街地から処理場を経て海域へ流出するはずの栄養塩を含んだ再生水を農業利用に転用できるのであれば、従来島外から持ち込まれている肥料の輸入量を軽減できるばかりか、栄養塩をリサイクルし海域への栄養塩流出の総量軽減をも期待できる。これは、水の高次利用と併せて栄養塩の高次利用も兼ねた複合リサイクル技術であり、サンゴ礁島嶼の環境保全型農業の先行事例として、島嶼環境の保全について高く評価できる。

環境保全型社会システムの構築による沖縄のブランド力の向上

ハワイ・マウイ島のリゾートにおける再生水利用を含めた総合的な水管理技術は、それ自体高い技術力として評価されるが、環境保全への高い配慮意識として観光産業へ大きなプラスイメージを付与している。同様のアピールは恩納村でも行われており、恩納村環境保全条例でリゾート施設は「汚水、排水等については、三次処理をし、BOD、SS(浮遊物質量)とも10PPM(100万分の1リットル)以下、PH(水素イオン濃度)5~7としなければならない」とされ、排水環境基準を独自で持つことをネットで積極的にアピールし、恩納村の清浄な海域で栽培された養殖もずくのイメージを展開し、村全体のブランド化にも寄与している。世界的にみても環境意識の高さが地域のイメージを向上させることは明らかで、再生水農業利用を含めた沖縄型水循環システムをアピールすることは今後の沖縄の農業・水産業・観光業などのブランド力の向上に大きく貢献するものである。また、このようなアピールによるブランド力の向上を図ることで、差別化を求める企業のCSR事業との連携先として再生水農業利用が高く評価され、新たな運営形態の構築も期待できるものと思われる。(了)

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