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オーシャンニューズレター

第356号(2015.06.05発行)

第356号(2015.06.05 発行)

スラリーアイス技術を用いたブランド魚創出の取り組み

[KEYWORDS]鮮度保持技術/冷蔵/流通
高知工科大学地域連携機構ものづくり先端技術研究室室長◆松本泰典

地域活性化の重要なテーマの一つに水産業の強化があり、これに伴い漁獲や冷凍技術の向上を目指した取り組みが行われ、今や水産業の技術力は漁獲量制限を強いなければならない時代である。限られた漁獲量に対して、品質がますます重要な評価対象となる。
高知県中土佐町にてスラリーアイス技術を付与し鮮度保持を施した、ブランド魚の創出の実例を紹介し、新たな時代の生鮮魚介類の流通手法を提案したい。


はじめに

高知県室戸市で取水されている海洋深層水の利活用研究がきっかけで、スラリーアイスに関する装置開発に関わり始めたのが2003年度のことである。スラリーとは固体の粒子が液体に懸濁した流動体を意味し、固体が氷粒子であることに因み、その語句としてアイスを付け、スラリーアイスと呼んでいる。2009年度に我々が開発した製氷装置では、塩分濃度0.8wt%以上の希釈海水またはNaCl水溶液を冷却し、粒径が0.2mm程度の氷粒子を水溶液中に懸濁させたスラリーアイスを生成することを可能にした。このスラリーアイスを用いることで、漁獲された魚介類を冷却する際に、微細な氷粒子と魚体が接触する面積が大きくなるため、冷却速度を高めることができる。また、塩分濃度を調整してスラリーアイスを生成することで魚介類の凍結点に限りなく近い温度となり、かつ魚体表面の浸透圧に等しいという、冷却媒体を得ることが可能となった。本誌では、このスラリーアイスの技術を用い、生鮮魚介類のブランド化による、地域活性化への寄与を目的に取り組んだ高知県中土佐町との連携を紹介する。

高知県中土佐町の概要

高知市と土佐清水市の中間に位置する中土佐町は、古くから漁業を中心として栄え、青柳祐介の漫画『土佐の一本釣り』(1975~86年「ビッグコミック」連載)の舞台となった町である。この地域は、高知県内でも早くから人口減少、第1次産業の弱体化に危機感を抱き、1992~1993年度にかけて外部有識者を交え、地域活性化についての議論を重ねていた。その結果、「鰹を中心とした町づくり」というスローガンを掲げ、町に人が来ることで活性化を図っていくという方向性を打ち出し、取り組みが行われてきた。具体的には、鰹をテーマにした創作料理のコンテストなど、様々なイベントである。その中で現在も継続して毎年5月第3日曜日に開催している「かつお祭」は、中土佐町の人口約7,500名以上の集客数を誇るまでに至っている。また、観光集客の増加に対応するため、1996年に開業した公共の宿「鰹乃國の湯宿 黒潮本陣」は、客室稼働率80%以上を維持している。
近年では、2009~2010年にかけて、四万十川流域、久礼漁港および漁師町が国の重要文化的景観に選定されており、こういった地域の特徴を十分に活かし発信することで、高知県内で観光面において成功している先駆的な地域である。これにより、水産物の小売業などの第3次産業への活性化は見られたものの、人口減少や第1次産業の活性化に寄与できたかというと、残念ながら十分な効果が得られたとは言い難い。その原因は、地場の基幹産業の一つを担う漁業者の所得向上に繋がらなかったためではないかという考えにたどり着く。

高知県中土佐町と連携したブランド魚の選定

■漁獲直後のマルソウダガツオ(メジカ)

■塩分濃度1wt%のスラリーアイスで輸送後のマルソウダガツオ

中土佐町役場、(株)中土佐町地域振興公社および高知工科大学は、連携して第1次産業の活性化を目的に、漁業者と共に魚価向上を見据えた取り組みを2009年から実施してきた。まず、これを実施するにあたり連携機関で議論を進めた結果、魚価向上を図るには、消費者と安定して高価格で取引が行わなければならない。すなわち、漁獲物の品質を向上させてブランド化を図る必要がある。これを実現するために、船上での漁獲直後からスラリーアイスの技術を付与し、鮮度保持を施すことで、漁業者参加型の生鮮魚介類の流通を行い、水揚げ時の魚価向上を図ることにした。対象とした魚種は、町内での漁獲量を加味し、アマダイ、イセエビ、ウルメイワシ、カツオ、カンパチ、サバフグ、トビウオ、ハモ、マルソウダガツオ(高知県内の呼び名:メジカ)の9魚種である。これらの魚種からさらに絞り込みを行うため、定量的評価と定性的評価の両面から優位性が得られる魚種を決定した。
定量的評価では、各魚種が消費者に提供されるまでの従来法と、船上で漁獲直後からスラリーアイスに浸漬させた方法との比較実験を行った。評価は、魚肉の鮮度の指標となるATP関連物質※1からK値※2を算出し、その時間的変化を調べた。また、定性的評価では、町内の有識者にて食味試験を実施した。その結果、カツオ、マルソウダガツオ、ウルメイワシ、サバフグの4魚種をブランド化することに決まった。選ばれた魚介類の中でサバフグを除く3魚種は非常に鮮度劣化が速く、また漁獲後に魚艙で生かしたまま、水揚げすることが難しい魚種であるといえる。


■マルソウダガツオの鮮度の経時的変化の例
(K値、即殺状態:0~5%、生食可能:20%以下、加熱調理:20~60%)

ブランド魚発信の取り組み

まずはカツオの流通に絞り、取り組みを開始した。鮮度保持にて品質に優位性のある流通法を構築しても、最終的には購入していただく消費者の評価が必要である。しかし、展示会等で個々の消費者に評価を得てブランド力を上げるには相当な期間が必要となるため、一般消費者がブランド魚を提供している店舗と広く認知している料亭、ホテル、百貨店に評価していただくことにした。そして、評価を得て納入が決まった店舗名を商品のアピール材として添え、全国に点在する高知県人会の催しをターゲットとし、試食にて鮮度を実際に体感してもらうことで、個人消費者への販売に繋げていった。現在は「ぴんぴ」というブランド名で一般消費者にも提供を行い、従来商品に対して2倍の価格で販売しているにもかかわらず、予約待ちの状態である。

おわりに

今回紹介したスラリーアイスの技術を用いた生鮮魚介類の流通法からブランド化を実現するのに、5年の歳月を費やしている。その期間の中でブランド魚の選定を行うための取り組みは、2年間である。残りの3年間は、得られた流通方法を如何に実装していくかを、連携機関と共に、町内の漁業関係者や小売業者に協力を求めながら、細やかな説明と食味を続けてきたことが実を結んだと思われる。その際に、重要な裏付け資料となり、この取り組みの方針がぶれなかったのは、鮮度の定量的データを得ていることであった。産学連携に携わる者として、この取り組みから得たものは、地域の暗黙知を形式知にすることの重要性であり、その形式知を地域にいかに伝えるかである。(了)

※1 ATP関連物質(アデノシン3リン酸)=生体のエネルギー源であるATPが時間の経過と共に分解してゆき、旨み成分であるイノシン酸を生成してゆく。さらにATPが完全に分解消滅した時に、イノシン酸は最大値となり、旨みも最大値となる。その経過時間は1日から最大3日程度となり、その後減少してゆく。
※2 K値=魚類の生鮮度(品質)判定法により提唱された方法。ATP分解生成物全量に対するうまみ成分のイノシン酸と悪味成分のヒポキサンチン(Hx)の割合

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