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オーシャンニューズレター

第353号(2015.04.20発行)

第353号(2015.04.20 発行)

「安全港」に進路を取れ

[KEYWORDS]安全港/傭船契約/Ocean Victory号判決
川崎汽船株式会社執行役員◆新井 真

2006年に茨城県鹿島港で発生した大型バラ積船の座礁・全損事故では、英国法廷において傭船者による安全港保証義務の違反はあると判示された第一審判決が第二審の控訴審で取り消しとなった。安全港が問題となったこの判決と安全港への法的な考え方について解説するとともに、世界に冠たる海洋国家のわが国において、安全港をめぐる議論が深まっていくことを期待したい。


安全港とは

高い安全性を誇る近代的で洗練された港として知られる茨城県・鹿島港が、「安全港」(Safe Port)でないという、2006年10月24日の大型バラ積船座礁・全損事故をめぐる2013年7月のOcean Victory号英国高等法院による第一審判決は海運関係者を大いに驚かせました。そして、2015年1月22日に英国控訴院(第二審)が言い渡した判決がこれを覆しました。ふだん聞きなれない言葉である「安全港」に関する若干のポイントを述べてみたいと思います。
ボルチック国際海運同盟、万国海法会をはじめとする4つの海事関連機関から発表された『1980年傭船契約碇泊期間定義集』に、安全港は次のように定義されています。「『安全港』とは、当該期間中、本船が、異常な事態のない場合に、適正な航行および操船によっても避け得ない危険にさらされずに、到着し、入港し、碇泊し、および出航できる港をいう。」
また、非安全港の判断で有名な1958年のEastern City号英国控訴院判決は「ある港は、特定の船舶が関連する期間中、何らかの異常な出来事がある場合を除き、適切な航行および操船技術によって回避できないような危険にさらされること無しにはその港に到着し、使用碇泊し、出航できない場合には、安全港ではない」と判示しています。

安全港が問題となる傭船契約とOcean Victory号判決

鹿島港入口にて座礁したOcean Victory号(日本海事新聞社提供)

安全港ならびに安全バース※が問題となる外航海運会社が携わる傭船契約は「船舶」を中心として運送契約の内容を確定させています。傭船契約は高度に標準化された契約書式によって行われており、主に伝統的な海運国としてのイギリスの判例に裏付けされた実務になっています。
傭船契約にはいくつかの分類がありますが、なかでも実務上最も重要なのは、「航海傭船契約」と「定期傭船契約」です。航海傭船契約は、運送の用に供される特定の船舶による特定の航海を船主が引き受ける運送契約です。定期傭船契約は、傭船者が自己の顧客の荷物を運ぶために運送契約を結んでいる場合、これを履行するため、船舶を船員付きで一定期間、使用することを目的とするものです。日本の商法に規定はありませんが、実務では非常に多く利用されています。
Ocean Victory号判決は、定期傭船契約にかかる海外船主側と日本の傭船者側の間の争いです。荒天を回避するために、鉄鉱石の荷揚げをしていた船の沖出しを船長が決行したところ、鹿島水路にて、本船は強風と波に翻弄され操縦不能の状態に陥り、防波堤突端に引き戻され防波堤壁に接触し、全損の事故になりました。船主側が要求した損害額は1億3,760万ドルです。
英国控訴院は、鹿島港を非安全港と判示した原審も認めた2006年10月24日に同時に起こった次の二つの気象条件の考察を行いました。港外で発達した長周期波(long period wave)が港内に侵入した影響でバースに留まることが危険であったこと、北/北東方向からの強風によりケープサイズの船舶が鹿島水路を航行することが危険であったこと。そして、控訴院は、原審判事がこの二つの事象を個別に検討してそれぞれが鹿島港の通常の特性であり、この通常の特性が併発することもあり得ることゆえ、異常な出来事に該当しないとした判断を批判しました。
原審が決定すべきであったのは、「このような出来事の同時発生」が鹿島港の通常の特性なのか、それとも異常な出来事であったかということであったと述べました。そして、この日鹿島港に影響を及ぼした二つの危機的な併発は過去の頻度からも稀で、異常な出来事であり、傭船者による安全港保証義務の違反はないと判示し、第一審判決を取り消したのです。

航海傭船契約と定期傭船契約における安全港の考え方

Ocean Victory号事件は、鉄鉱石、石炭、穀物等のバラ積み貨物輸送の大半の定期傭船契約に記載される安全港保証条項を争点としています。また、航海傭船契約の場合も、傭船者が港を指定する権利を有しており、その港は安全港であることを要する旨の条項を大抵の場合合意します。
では、安全港保証条項が契約に規定されていない場合はどうでしょうか。航海傭船の場合、積揚港は当初から指定されている場合が多く、船主はその港に船を向かわせるかどうか、契約の成立に向けて交渉のチャンスがあります。一方、定期傭船契約は約定した期間、船主は自船を傭船者の利用に委ねてしまうので、安全港に関する考え方も異なってきます。
安全港保証の条項が無い航海傭船契約について、Reborn号英国控訴院判決(2009年)は、定期傭船契約における論法を直接適用するつもりはないと判示しています。定期傭船契約の場合、傭船者が不特定の港の範囲からある港を指定する権利を持つ自由度の高い契約ゆえ、仮に安全港を保証する条項が無くても、傭船者はそのような保証を黙示した(imply a warranty)と判示される傾向があり、黙示の保証が認められにくい航海傭船契約と事情が異なります。

結びにかえて

傭船者、つまり船を船主から借りて運航する者は、なにが安全港であるかを考えて世界中の港に配船します。船長は、適切な航行および操船技術によって常に危険を回避しなければなりません。そして、傭船者の基本的な義務として安全な港およびバースの指定があるのですが、一般的に、バラ積船に関する標準的な書式の定期傭船契約では、傭船者は安全な港に配船する絶対的な義務を負うとされています。
この義務の性質について、アメリカでは、連邦控訴裁判所のなかでも判断が割れています。ニューヨーク州にある第二巡回区連邦控訴裁判所は、「安全バースの保証(warranty)はその名が含意するように、保証者のいかなる危険に関する知識に拠るものではない」と判示してきた一方、ルイジアナ州の第五巡回区連邦控訴裁判所は、安全バースの保証を、相当な注意を尽くすべき義務に引き下げています。ちなみに安全港にかかる成文法をもつ国として、ドイツ海商法は、定期傭船者、航海傭船者は各々、必要な注意をもって安全な港または停泊地、安全な船積港またはバースを選択する義務を負うと規定しています。
鹿島港の事例はイギリス法準拠の契約によるイギリスの判例ですが、世界に冠たる海洋国家のわが国において、独自の議論が深まっていくことを期待して本稿を終えたいと思います。(了)

※ 船積みおよび陸揚げ場所(berth; Ladeplatz)にも安全港と同様の論点がある。

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