Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第353号(2015.04.20発行)

第353号(2015.04.20 発行)

編集後記

ニューズレター編集代表(国立研究開発法人海洋研究開発機構上席研究員/東京大学名誉教授)◆山形俊男

◆春の嵐が首都圏の桜の花を瞬く間に散らして去った。心ときめく新緑の季節にはまだ少し早い。賑わいを見せた花の名所を通り過ぎる時、ちょっとやるせない残春の想いに襲われるのは今も昔も同じらしい。後白河院は「をしめども ちりはてぬれば さくら花 今はこずゑを ながむばかりぞ」と詠んでいる。武士階級の興隆という時代の大きな変革期にあって、院にはひときわその思いが強かったに違いない。
◆そんな時候の空白期にお届けする今号は二件の水産に関する話題と安全港に関する法的な話題で構成している。最初のオピニオンで高橋正征氏は世界の魚食文化に迫りくる生物資源側の危機に警鐘を鳴らす。人口増加と個人消費量の増加で食用魚利用量が過去60年間で7倍に増え、年間1億4,000万トンにも及ぶという。現在その内訳は漁獲生産量に養殖生産量がほぼ近づいているところである。前者は過剰状態で減少傾向にあるが、後者は1980年代から急速に増えて前者を超える勢いだという。高橋氏は持続可能な魚食文化に向けて、適切な漁獲制限、特に魚食魚漁獲の規制による資源保護、養殖生産の餌に植物性のものを使うなどの工夫、人工湧昇による海洋肥沃化の促進の三点を課題として提起している。
◆一方で、魚食文化の存続には水産業そのものが持続的に維持されなくてはならない。鷲尾圭司氏が指摘するように、今日の社会では、科学的判断力に加えて、多様な利害関係を調整し、総合的な視点から問題解決を可能にする能力が重要になっている。専門的な実学を重視する水産大学校の教育プログラムの中で、こうした外界との滑らかな接触を可能にする、鷲尾氏いわく「ぬるぬる」能力を兼ね備えた新しい人材育成の成果に期待したい。
◆新井 真氏のオピニオンは安全港に関するものである。2006年に鹿島港で起きたOcean Victory号の全損事故に関して、英国高等法院による第一審判決を取り消した英国控訴院の判決を例にとり、安全港の法的な問題を解説していただいた。一般に、傭船契約においては、明示された条項によって、船主から船舶を借用して運航する傭船者に、安全な港に船を仕向ける義務を課している。港において安全を脅かす問題が起きた場合、多額の損害額が生じることから傭船者の安全港保証義務違反になるかどうかは船主にとっても重大な問題である。安全港の定義とその解釈、なかでも過酷な自然条件が不可抗力的な異常事態なのかどうかの判断の違いが英国の全く異なる二つの判決を導いた。東日本大震災時には巨大津波という過酷な自然現象に加えて放射性物質による汚染という事態も現実に起きており、わが国においても新井氏が指摘するように安全港に関する法的な議論を深めておく必要がある。(山形)

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