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オーシャンニューズレター

第324号(2014.02.05発行)

第324号(2014.02.05 発行)

動的防衛力構想と潜水艦の課題

[KEYWORDS]潜水艦/音波伝搬/組織間の協力
元潜水艦隊司令官◆小林正男

22防衛大綱は、わが国周辺の警戒監視を行い、兆候の発見と迅速な対応を行う態勢を維持することで、わが国の防衛意志と能力を明示して侵略を抑止しようとする動的防衛力構想と、そのための潜水艦増勢を示した。この構想実現には、探知能力と音波伝搬予測精度の向上が必要であり、公的組織間の協力が望まれる。

動的防衛力構想と潜水艦

わが国の安全保障および防衛力の在り方の指針は、防衛計画の大綱に示されている。2010(平成22)年に制定された22大綱は、防衛力が存在することで侵略を抑止しようとする従来の「基盤的防衛力構想」と大きく異なる「動的防衛力構想」を打ち出した。米国の相対的な影響力の低下、中国の国力・軍事力の増大という事態に直面し、防衛力の存在だけで侵略を抑止することに不安が生じたため、平素から継続的にわが国周辺の警戒監視を行い、何らかの兆候を発見したら迅速かつシームレスにこれに対応する態勢を維持することで、わが国の防衛意志と能力を明示して侵略を抑止するという構想である。間もなく発表される新大綱でもこの考え方に大きな変更はないであろう。22大綱は同時に、水中における警戒監視を強化するため、潜水艦装備規模を6隻増加し22隻とした。警戒監視の対象目標の中でも潜水艦は、電波や赤外線、光を通しにくい水中を行動するため広範囲の効率的な捜索が困難であり、潜水艦の監視が構想実現の大きな課題として浮上し、潜水艦増勢につながったものと思われる。
潜水艦監視に主として使用されるのは、比較的遠距離で潜水艦発生音を探知するパッシブ捜索である。パルス状の音波を潜水艦に当てて反響音を探知したり、磁気変化を検知したりするなどの方法もあるが、それらの探知距離は比較的短く、広域の捜索に向かないからである。さらに、音を利用する捜索は、海域の温度層の変化等で探知距離に大きな差が生じるため、常に一定の探知距離を期待できない。このため潜水艦の監視は、衛星等によってまだ水上にある潜水艦の動静を把握した上で、潜航後は海底に敷設したソーナー、高度な音波探知能力を持った音響測定艦、哨戒機、潜水艦、護衛艦などを有機的に配置し、総合的に捜索せざるを得ない。これら艦艇等の中でも潜水艦は、自分自身の発生音が低く、パッシブ捜索能力が高い。

潜水艦の課題

■出典:
"China Naval Modernization" Congressional Research Service(米国)、March 21, 2013、数字はWikipediaによる1番艦就役年。

潜水艦に対する警戒監視の期待を担う海自潜水艦は、在来型としては最も大きい部類に属する。それは水中における警戒監視、哨戒の能力を追求してきた必然的結果である。それ故、22大綱の増勢によって当面の所要は満たされるが、いくつか課題も残されている。そのひとつはパッシブ探知能力の向上であり、それを有効に活用するための音波伝搬予測精度の向上である。
潜水艦のパッシブ捜索は、第二次大戦後まで人間の耳に頼る可聴音を対象としていた。これが大きく変化するのは、音を細かな周波数に分類して周波数ごとの強さを解析する技術が生まれてからである。これによって、人間の耳では判断できないような低周波の振動も、解析画像を使用して極めて遠距離から探知できるようになった。しかし、この技術が普及すると、潜水艦建造に際して様々な手法で発生音が低減されるようになり、図に示すように潜水艦は時代と共に静粛になってきた。潜水艦捜索は困難な時代を迎えつつある。
このため、各国は新たな潜水艦探知技術を開発すべく、さまざまな努力を行っている。とくに米国では産官学が協力し、豊富な資金を使って長期にわたる研究を行い、有望なパッシブ捜索技術を獲得したとも言われている。しかし、わが国では軍事技術研究に関するアレルギー的な反応や秘密保護枠組みの不在等もあり、大学の技術開発参画は望めない。また、防衛関連研究開発予算は米国の1/60、韓国の90%程度しかなく※1、産官で細々と研究を行っている。
音波伝搬予測は、警戒監視のために潜水艦等の配備を計画する上でも、現場の潜水艦や艦艇が捜索に適した位置やセンサー深度を選択する上でも非常に重要である。以前はこの予測を行うために、かなり大まかな統計データを使用するか、現場で採取した1地点の深度・水温データで海域全体を代表させ、音波伝搬を比較的単純なモデルで算出していた。しかし、近年では精度の高い海洋モデルの利用が可能となり、海域を格子状に区分して任意時間の深度・水温・塩分等のデータを算出可能となったことから、高精度の音波伝搬モデルが利用可能となった。残る問題は、水中の音波伝搬が水温等だけではなく海底形状や比較的浅い海底層の性質によって変化するにも係わらず、音波伝搬モデルに入力すべきこれらのデータが不足していることである。

課題解決への方向

こうした課題を解決するために効果のある対策は、基本的には防衛費の大幅な増額であろう。しかし、財政赤字が国の将来を危うくしかねない状況では、早急な実現は望めない。一方、防衛費に占める研究開発予算を見ると、米国で14.8%、韓国で5.5%に対してわが国が3.3%※2であり、まず必要なことは研究開発予算割合の増加であると思われる。そして戦力向上に直結する装備品開発と共に、音響解析技術のような基礎的な研究にも尽力すべきであろう。また、こうした基礎的研究については、大学などへも依頼できるよう国防アレルギー減少の努力とともに、資金提供、情報管理等の枠組み作りも望まれる。
さらに、公的な性格を持つ組織間の協力態勢作りも欠かせない。例えば、海底形状や海底層の調査で海自艦艇のみを考慮すると、海底形状を効果的に観測可能な艦は2隻、海底の音響的性質まで観測できる艦は1隻しかない。しかし、わが国にはJAMSTECが保有する7隻が資源探査を行う能力を保有しており※3、海自艦艇と類似の調査を行っている。現状ではデータに共用性はないが、何らかの工夫で共用可能となればその効果はきわめて大きい。また、海上保安庁が観測した海底地形データもあると聞く。これら各組織間の協力でデータ収集要領や保有データの利用ルール等を検討し、相互利用等が進めば、大きな投資もなく高い効果が得られると思われる。
将来に向けて越えるべき壁は低くはないが、これらがいつの日か実現することを願っている。(了)

※1および2 「技本の研究開発の現状と軍事技術の方向性」平成23年5月、防衛省経理装備局技術計画官、8ページ

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