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オーシャンニューズレター

第321号(2013.12.20発行)

第321号(2013.12.20 発行)

なぜ日印海洋連携が重要なのか

[KEYWORDS]インド/東南アジア/海洋安全保障
海洋政策研究財団研究員◆長尾 賢

昨今、日本周辺の海洋安全保障環境は厳しさを増しつつある。そのような環境の中で、日印関係が深まりつつある。なぜ日印関係が重要なのだろうか。
米中の海軍力のバランスが変わり、東南アジア地域で勢力争いが起き始めていることとの関連性が注目される。インドは地政学的に海に開け、東南アジア支援でも実績があるため、注目されているのだ。日印は海洋分野で連携し、アジア安定に寄与するべきである。

はじめに

日本周辺の海洋安全保障環境は厳しさを増しつつある。特に中国の海洋進出に関連する東シナ海、南シナ海における緊張は、日本の海洋政策を考える上で、最重要問題になっている。そのような環境の中で深まりつつあるのが、日印関係である。
日印間では、次官級の外務・防衛2+2会談が継続的に行われ、海洋に関する対話、サイバー協議、テロ対策協議等も行われている。また、インド洋海軍シンポジウムへの日本の参加、中国の進出著しいアフリカ対策についても日印間では政策協議が行われている。さらに2012年からは海上自衛隊とインド海軍の共同演習も始まり、2013年には海上自衛隊装備のUS-2救難飛行艇をインド海軍へ輸出するための合同作業部会設置で合意している。
日本がこのような深い安全保障関係を構築している国は、他にアメリカとオーストラリアだけである。なぜインドなのか。そこにどのような国益があるのだろうか。
冷戦後の世界的なパワーバランスの変化をみると、少なくとも二つの指摘ができる。一つ目は、米中のミリタリーバランスの変化に合わせ、日印の力がより必要とされるようになったことである。もう一つは、最悪の場合、東南アジアが米中の勢力争いの焦点になりそうなので、日印の東南アジア支援への注目が集まっていることである。この二つの視点から、日印海洋連携はどのような意味を持っているのか、以下、若干の考察を試みる。

米中のパワーバランスの変化

■図1:インドが受領した新しい空母ヴィクラマディチャ
(写真:ウィキメディア・コモンズ(Wikimedia Commons))

冷戦後起きた、世界の海洋安全保障環境の最も大きな変化の一つとして、アメリカの海軍力が落ちてきていることが挙げられる。例えば3,000トン以上の大型水上戦闘艦でみると、アメリカの保有数は230隻(1990年)から101隻(2013年末)に減る。同じ時期、中国の海軍力は大きく向上した。大型水上戦闘艦の数でみると、16隻(1990年)から43隻(2013年末)に増える※1。「過去25年で33倍以上」という急速な国防費の増加の中で、中国の海軍力は急速に近代化しつつある※2。
主に2000年代末頃に始まる中国の周辺国に対する強硬な態度の背景には、このような米中のミリタリーバランスの変化がある。そのため、アジアの安全保障環境の安定のためには、ミリタリーバランスの維持管理が必要になる。アメリカの力不足を補う存在として、同盟国である日本とオーストラリアだけでなく、台頭するインドに注目が集まっているわけである(図1参照)。

米中パワーゲームの中心、東南アジアで影響力を高めるインド

■図2:インドのチョーラ朝の影響範囲の概念図(筆者作成)

インドが注目を集める第二の理由は、東南アジア地域でインドの影響力が高まっているためである。なぜ東南アジアがそれほど重要なのか。東南アジアは各国のシーレーンが通り、天然資源もある、戦略的に重要な地域である。それにもかかわらず、地域の国々は小国であり、米中を含む大国に囲まれている状態にある。そのため、今後、最悪のケースとして東南アジア諸国が米中それぞれの陣営に分かれて争うような事態が懸念されるのである。そのような最悪の事態を回避するには、東南アジア諸国自身が連携を深め、防衛力を強化し、大国の干渉に対抗できるようになることが望まれる。
その中で、インドと東南アジアとのつながりに注目が集まりつつある。インドと東南アジアには二つの意味で深いつながりがあるからである。一つは地政学的なつながり、もう一つは1990年以降の軍事上のつながりである。
地政学的なつながりについては、インドの王朝史をみるとわかりやすい。インドは東南アジア方面に海洋進出した歴史を持っているからだ。11世紀、インド南部にあったチョーラ朝は、強力な海軍を保有、東南アジア各国に遠征し、ベンガル湾を内海とする強大な海洋帝国を作り上げた歴史がある。そのような交流は、インドと東南アジアの間に仏教を始めとする宗教・文化的共通性をもたらした。つまり、インドは地政学的に海に開けた土地であり、歴史的に東南アジアと深いつながりを持つ国なのである(図2参照)。
しかもインドは、1990年代に始めたルック・イースト政策の下、東南アジア諸国の防衛力の構築に貢献してきた。例えば、インドはベトナムの戦闘機パイロットや潜水艦乗員を訓練し、艦艇や戦闘機の部品等も供給したこともある。マレーシアの戦闘機パイロットも、インドが訓練したものである。インドネシア陸海空軍もインドから技術教育等を受けている。タイの空母乗員の訓練もインドが行った。シンガポールのように、インド国内の施設を長期借用し、訓練を行っている例もある。また、ミャンマーに対しては哨戒機等を輸出し、フィリピンもインド製フリゲート艦2隻の購入を検討している。台頭し始めたインドは、東南アジアの防衛力構築で実績を積み重ねてきたのである。

日本にとってのインド

以上の視点から、日本にとってインドとの連携はどのような価値を持つのであろうか。まず、昨今、日本は中国との間で安全保障上の問題に直面している。そしてその背景には米中間のミリタリーバランスの変化がある。そこで日本としては、成長著しいインドの軍事力を味方につけることが有力な選択肢となる。
また、東南アジア地域は、日本にとって、中東から延びるシーレーンの通る地域であり、新たな市場としても有望である。この地域で米中のパワーゲームが展開され、経済活動に大きな支障を生じるのは避けたい。そこで、そのような事態を避けるためには、東南アジア自身の防衛力を高める必要があり、東南アジア諸国への支援で実績のある日印が連携することは日本の国益にかなうものといえる。
このことから、日印の連携は重要性を増しつつある。2007年、安倍首相はインドの国会で「強いインドは日本の利益であり、強い日本はインドの利益である」と演説し、拍手喝さいを浴びた※3。今、再び安倍政権が成立し、この言葉は実現されるべき時期にある。日本は海洋政策上の重点項目として、全力をもって、日印海洋連携を強化すべきである。(了)

※1 米中の艦艇数データはInternational Institute for Strategic Studies, The Military Balance、『世界の海軍』(海人社)の該当年度、大塚好古「2013年度米海軍予算案―5か年計画を含むその詳細」『世界の艦船』(2012年5月号)152-159頁参照。
※2 防衛省『防衛白書 平成25年度版 日本の防衛』第1部第1章第3節2-3 http://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2013/pc/2013/index.html
※3 外務省「インド国会における安倍総理大臣演説「二つの海の交わり」」(2007年8月22日) http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/19/eabe_0822.html

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