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オーシャンニューズレター

第303号(2013.03.20発行)

第303号(2013.03.20 発行)

アカウミガメの産卵行動から砂浜保全を考える

[KEYWORDS]海浜環境保全/砂浜システム/ウミガメ
特定非営利活動法人表浜ネットワーク◆田中雄二

絶滅が近い希少種と言われているアカウミガメだが、保護対象としてのウミガメだけに意識が注がれ、砂浜との関係はほとんど認識されていない現状が懸念される。
今や産卵可能な自然の海浜は浸食や護岸による人工化でわずかとなっており、多様性を育む砂浜システムを持続させ、次世代に繋ぐことが私たちの務めだと考える。

アカウミガメの産卵行動を満たす海浜とは

■図1:波消しブロックに阻まれて死んだ親のアカウミガメ

私たちはいかにウミガメを通じて砂浜の大切さを伝えることができるのか。保護対象としてウミガメだけに意識が注がれ、砂浜との関係はほとんど認識されていない現状が懸念される。持続性ある保護への取り組みとしてウミガメと砂浜の関係は切り離して考えることはできない。
私たちは静岡県の浜名湖以西から愛知県の伊良湖岬までひろがる遠州灘沿岸の表浜海岸(通称)で調査をおこなってきた。ここを訪れる北太平洋域のアカウミガメは日本列島西部の海浜でしか産卵が認められず、今や絶滅が近い希少種と言われている。アカウミガメ(図1)の産卵が行われている日本の海浜はどのような状況となっているのだろうか。現状を見ると全国の海浜は末期的な侵食が進み、護岸による人工化がさらなる侵食により連鎖的な人工化を招き、今や産卵可能な自然の海浜はわずかとなった。
この問題は何もウミガメだけに留まらず、砂浜と連動する沿岸砂州の広がる浅海がともに消失することで海洋生態系の食物連鎖を支える多種類の仔稚魚が減少することを意味している。そこで、私たちはこの浅海の延長である砂浜で産卵を行うウミガメを環境指標生物とし、海浜環境保全の調査を行っている。ウミガメの産卵とふ化には砂浜が不可欠であり、海と砂浜という異なる環境を跨がる空間における保全の指標となりうるのである。

浜辺に描かれたメッセージ

■図2:GPSで捉えたアカウミガメの足跡

深夜から未明の時間帯に上陸するウミガメは様々な障害に遭遇することが予測される。沖の離岸堤などが進路を阻む可能性があり、やはりその影響が懸念される。上陸の際でも侵食によって前浜に浜崖ができ、段差が生じることで上陸が困難になる場合もある。完全に砂浜が消失した場合、上陸は不可能となる。また、何事もなく上陸し、前浜を無事に通過して汀段に至ったとしても、場合によっては後浜に設置された波消しブロックや緩傾斜堤が存在する。
人工構造物は自然界にはまれな垂直壁として存在し、高さが10cm程度でも姿勢の低いウミガメにとっては越えられない障壁となる。さらに、波消しブロックが風による飛砂によって一部が埋もれてウミガメが越えることができても、海にもどるさいは波消しブロックが障壁となる。無事に産卵を終えても、ふ化した仔ガメが海に戻る際の障壁となることは容易に想像される。
産卵行動を阻害する構造物を回避するにも、ウミガメは海中とくらべて陸上では運動能力に限りがある。成体で約100キロ近くある体重は海の中では浮力によって機敏に泳ぐことが可能だが、陸上ではフリッパー状の四肢に体重が容赦なく掛かり運動能力は低下する。上陸に適した緩やかな傾斜をもつ砂浜が必要となる所以でもある。また、観察しているとウミガメは効率よく障害物を回避する個体もいれば、ループ状に回転を繰り返す混乱状態に陥った個体も見受けられる。産卵期のウミガメは摂食も控え産卵を数回に分けて行うため、可能な限り体力を消耗しないように産卵を終える必要がある。
多様な軌跡には様々な思考と経験知、力と行動が刷り込まれており、貴重な記録資料となりうる。このような行動の個体差が個性的な軌跡として砂浜に残されるタートル・トラック(図2)なのである。そこで、タートル・トラックの距離と形状を記録し、いかに産卵行動が行われたかを探ることが重要となる。浜辺に描かれたタートル・トラックは、言葉を使わないウミガメからのメッセージと捉えることができる。

多様性を育む砂浜として

ウミガメを通じて砂浜の機能を知るには、もう一つ大切な砂浜の働きも考慮に入れる必要がある。それはウミガメの孵卵である。私たちの視点からすれば、ウミガメは砂浜という、とても不安定な環境に卵をしかたなく託していると捉えがちであるが、実は砂浜の性質を上手く利用していることを認識させられる。
卵は酸素を消費し、二酸化炭素を排出しながら産卵巣内ではさかんにガス交換を行う。また、充分な水分も必要となり、砂中の水分含量は成長に大きく関与する。さらに重要な点は爬虫類の多くは卵が経験する温度によって性別が決定されることが知られている。砂中での経験温度はウミガメの性比※1を決める重要な要因である。砂浜は一見単調に見えるが、砂の粒度組成や色の違い、さらに地形的な日照量や風量の変化などの様々な環境条件と複雑に絡み、酸素含量や保水力などが異なっている。このことから仔ガメの脱出後に孵化調査を実施し、砂中の温度計測経過と比較することで砂浜の孵卵能力評価が得られると考えられる。砂中温度を産卵期間中計測し、その後の孵化調査と付き合わせることで発生の環境としての適合度の評価が可能となる。

多様な海岸を理解することで未来に繋ぐ

砂浜を形成する砂は、河川から沿岸へと運ばれ、沿岸砂州にいったん貯まった砂は沿岸の循環セルによって砂浜へと供給され、砂収支が均衡に保たれることで豊かな海浜の環境が成立する。砂浜を保全することは、何もウミガメの保護だけに留まる話ではない。
砂の収支と同様に陸と海の交換から考察してみると理解が深まる。広域に拡がる海岸は面した連続する小河川や地下湧水から流入する水とともに栄養塩が砂浜に供給され、栄養塩は砂の間隙や砕波帯などに潜む小型生物相によって吸収され、食物連鎖を経て有機物となり、それが海浜流系に運ばれて浅海域へと繋がる。さらに有機物を元に太陽光や砕波などで起きる生物攪乱によって発生する大量のプランクトンを小型の仔・稚魚が捕食し、小魚を捕食する大型魚へと繋がる海洋食物連鎖が形成され、沿岸の物理的な循環セルと生物的な食物網が相互に作用し合い砂浜システムという見事な環境を作り上げている。安易に人工構造物などで物理的な交換を断ち切ってしまうと、相関して生物的な循環が途絶え、物質交換は変質を起こし海浜の崩壊を招く。
このような砂浜の多様性を持続させるには、物理的な循環と生物的な循環が常に潤滑に働くことが大切である。もちろん、土砂の供給源から統合的に見守っていく必要に迫られている。土砂を動的に捉え、今後は自然の緩衝域として国土・防災においても重要である。ウミガメを数億年前から支えてきた多様性をもつ砂浜システムを次世代に繋ぐことで、無限の生産性と持続性ある砂浜という仕組みを私たちは恩恵として享受できるのであろう。(了)

※1 温度依存性決定(TSD:temperature-dependent sex determination)=アカウミガメの場合、臨界温度29.7度を臨界温度として低温だと雄の比率が高く、高温では雌の比率が高い。

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