Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第28号(2001.10.05発行)

第28号(2001.10.05 発行)

サンマ操業と北方領土

カレル大学客員教授◆堀 武昭

ロシアが韓国と台湾に対して、わが国の排他的経済水域内でのサンマ漁を無断で許可したというニュースは、日本の漁業関係者だけでなく関係各方面に少なからず衝撃を与えた。しかしながら、今回のサンマ事件はただサンマだけの問題でなく、日本の周辺海域に残る様々な問題をあいまいなままに放置していた、これまでの外交のありかたそのものにも問題があると考える。

日本の立場を無視した
北方四島における台湾・韓国の操業

2001年の夏、日本政府ならびに北海道・東北地方の漁業者はホットな情報に振りまわされた。ロシアが北方四島の領海を開放し台湾、韓国籍のサンマ船がそこで操業するというニュースであった。日本政府からすれば、日本固有の領土である北方四島に関しロシアが他国に入漁権を与えること自体、主権侵害も甚だしい。また、日本の立場を無視し、あえて頭ごなしにロシアと交渉、入漁権を手に入れた韓国や台湾は一体何を考えているのか日本政府の立場を無視するのも甚だしい。かくして日本の政治家、外務省や水産庁ほかの官庁、漁業関係団体等がいきり立ち、それに呼応し右翼までが跳梁し始めた。

事態の本質を考えれば日本が憤るのはよく理解できる。しかし、どう対処するのかそれが問題ではないか。韓国は日本と紛争中の竹島に対して実力行使をして久しい。実効支配を続ければ、やがて自国の領土に編入できることを計算づくでやっている。周辺の領海では日・韓両国の漁船が凌ぎを削って利害を争っている。公海では韓国、台湾ならびに日本船が回遊する高級魚マグロをめぐって資源争奪戦を繰り広げている。

漁業は海あっての生業であり、基本的には「獲る」という原始的な生産システムである。したがって他国の海域で活動する場合、確固とした国の外交方針とその支援が前提条件になる。今回のサンマ騒動の当事国である韓国、北朝鮮、あるいは台湾などは、いずれも政府の強い自己主張と毅然たる行動によって支援されている。漁業は、国家主権が直接適用される領土、領海と密接に関連していることからして、今回の出漁騒ぎの裏には当事国の頑なな意志決定があると考えたほうがいい。日本の主権が及ぶべき北方領土において、日本をまったく蚊帳の外に置き、利に機敏な周辺国が「純粋な経済活動だ」として出漁したのだから、日本の外交不在も甚だしいし、ずいぶんと舐められたものだ。ただ残念なのは、これで国論がまとまるとは到底思えない。国内の不平・不満の声もやがて沈静化し、相手は易々と漁夫の利を占めることができよう。彼らもそれを十分計算済みだ。

問題は、一連の日本の不手際が国際社会における日本のポジションを一層不安定、弱体化させかねないところにあり、その最たる懸念が北方領土であろう。今回の不手際で交渉は振り出しに戻ってしまった感がある。過去の交渉を見ても、時の有力政治家が派閥の領袖としての国内の立場を強化する道具として利用してきたことが多い。モスクワ詣でを繰り返し、トップ会談を仕立ておざなりの声明を出す。その繰り返しであった。交渉での切り札は、見返りとしての平和条約締結と経済・開発援助であった。日本がソ連に対して加えることのできる唯一の圧力は「国民の総意」という反ソ的感情論だけであった。こんなことが覇権主義を信奉する旧ソ連に通じるはずもない。いつしか北方問題は日本の内政問題に転化してしまったといってもいいだろう。今回のサンマ事件はその弱みをつかれたとしか言いようがない。

残念だが、日本を含む北東アジア地域は依然として東西冷戦構造の呪縛にとりつかれたままで、世界の潮流から取り残されてしまっている。そこでは旧体制が厳然として支配している。逃げ場のない袋小路で悄然と途方に暮れ、最も不利益を蒙っているのが日本、それが現実なのだ。中国、韓国をはじめ周辺の国家は、むしろ冷戦構造を意識的に維持することが自国の発展に有利であることを百も承知している。

海に関してちょっと調査をしてみたらいい。誰もが知っているように東シナ海、日本海、オホーツク、それに太平洋が日本を取り囲んでいる。そして、日本は隣接するすべての国と領土、漁業で紛争を抱えている。日本以外の国家が海を舞台に地域的覇権を振りまわしているからである。こうした状況下で日本がとり得る選択はあるのだろうか。魔法の杖を求めるほど難しいことだが、選択肢がないことはない。戦後、西ドイツがとった多面的外交に学ぶしかあるまい。

今回のサンマ漁だけの問題だけでない。
環境保護に関しても日本周辺の海は無法地帯だ。

■北方四島周辺水域とサンマ漁問題
北方四島周辺水域とサンマ漁問題

ちょっとサンマ資源の話から離れ、この地域でおそらく一番深刻、かつ重要な海の環境汚染防止から考えてみたい。実は、日本は周辺を取り巻く海の環境保護に関して上述した国と何ら実質的な条約を締結していない。ロシア原子力潜水艦は日本海の底に放棄されたままだし、朝鮮半島からは産業廃棄物や漁具が日本海沿岸に大量に流れ着く。世界の海や湾を調べてみてもこれほど東西冷戦構造のなかに閉じ込められ、かつ無法地帯となっている場所は見当たらない。紛争が続くアラビア海、紅海、はてはロシア、アメリカのスパイ潜水艦が跳梁する北極海ですら、環境保全のための条約が二国間あるいは多国間で締結されている。

とすれば、まずは半世紀にわたって引きずってきた日本の戦争責任を関係諸国をまねいた上で明確にすることが急務であろう。同時に極めて難しい課題だが、冷戦の残滓にしがみついている北朝鮮、ロシアとも融和を進める。その要諦は、日本への適度の関心を常時、周辺国家に抱かせ続けることだ。政経不可分と分離政策の両極の間を揺れ動く従来の手法は、変動する国際環境のなかで劣化して久しい。となれば、まずは手始めに北西太平洋海域における環境問題あたりから始めてみたらどうだろうか。ODAと絡めた環境外交ができるのは日本だけであり、またこの魅力を相手国も十分に承知しているのだから。

翻って日本の周辺国家を見ると、それほど日本と違った状況にある訳ではない。日本のバブル崩壊の影響はアジアにまで及び、彼らが通貨危機で受けたダメージはそう簡単に修復できるはずもない。かといってアジアには国境を超えて社会のあり方を模索する汎ヨーロッパ思想、あるいはultra-nationあるいはextra-state主義が根づく素地すらない。残念ながら、アジアでは地域的覇権が拮抗しながら生き延びているとしか言いようがない。こうしたアジアの政治環境を踏まえた上で、もっと踏み込んで言えば、汎アジア的な思考に立脚した上で北方領土における今回のサンマ問題を見直す必要があろう。

わが国の漁業関係者が憤る
日本政府の漁業に関する「捨ておけ主義」

最後に今回のサンマ操業事件を本来の漁業者がどう見ているか。今回、韓国が取った政策は戦前の日本が北方漁業に関して行った政策とさほど変わったところがない。漁業が、少なくともこの地域に関する限り、資源収奪型であることを見抜いており、漁夫の利こそベストと考えているからだ。日本の漁業関係者が憤る理由もそこにある。

韓国が実効支配している竹島周辺でも日・韓漁業者の利害の衝突が続いており、西海域の漁業関係者が一様に憤っている。今回のサンマ問題では東北、北海道の漁業者が主に憤ることになった。憤る相手は基本的には韓国なのだが、日本の漁業者の憤りは見事なまでに二分化されている。これまた日本の致命的弱点なのだが、何故だろうか。漁業の斜陽化は時代の流れだが、同時に日本政府が漁業に関して農業ほどの関心も払わず、一種の「捨ておけ主義」を取ってきたことも大きく影響している。漁業者は一部大手を除くと自分の生活を維持するだけで精一杯で、漁業が日本の国益と密接に関連している基幹産業であることにさえ疑問を抱くようになってから久しい。今回はそれが問われている。しかし結局は金で解決する道を政府は模索するだろう。(了)

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