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オーシャンニューズレター

第287号(2012.07.20発行)

第287号(2012.07.20 発行)

21世紀の海を巡る争いのはじまり

[KEYWORDS] 海洋戦略/超党派/政治主導
東海大学教授、海洋基本法戦略研究会顧問◆武見敬三

今年度は、海洋基本法に基づく基本法および海洋基本計画の5年ごとの見直しの年となっている。海を巡る新しい時代の争いがはじまりつつある今、この様な国策の基本に関しては、超党派の安定した政治基盤を作り直し、良い意味での政治主導による戦略的取り組みを強化して欲しいものである。

わが国の海洋立国と国際環境の変化

わが国は、四方を海に囲まれた島国である。その歴史には、徳川200年近くの鎖国の時代を除いて外に向けて発展する海洋国家の系譜がある。明治維新以後、近代国家としての発展も目覚ましい対外発展を伴うものとなり、その海を越えての発展を通じて多くの国民がわが国を海洋立国であると考えるようになった。
太平洋戦争に敗れるまでは、この海洋立国も多分に軍事力に依存する海洋戦略によって構築されていた。しかし、敗戦後のわが国は、米国の圧倒的な軍事力の庇護の下で自由貿易体制のルールに基づき、もっぱら経済活動に重点を置いた軽武装の加工貿易立国として、対外発展を継続することになった。問題は、この対外発展が海に関しては全体を見渡した戦略的な政策によって推進されたものではなかったことである。
結果として、海に関する国際法分野は外務省、海底資源は経済産業省資源エネルギー庁、海中の水産資源は農林水産省、沿岸海域の警察活動は国土交通省海上保安庁、周辺海域における防衛活動は防衛省、海の環境は環境省、海洋資源の科学調査は文部科学省等の、誠に多岐にわたり異なる行政単位がばらばらに政策を策定してきたと言っても過言ではない。
ところが、1990年代からこの様な縦割り行政では対応できない国際環境が生まれ始めた。その第一が、世界中の国々が国連海洋法条約の締約国となったことである。わが国も1996年に締約国となった。この条約に基づく限り、わが国の排他的経済水域(EEZ)は世界第6位の広さを持つことになった。その広大な海域にある資源を調査・開発し、海洋産業を振興し、環境を保全し、さらに、それらから生まれるわが国の海洋権益を守る防衛力の在り方につき、総合的に考えざるを得ない状況に直面した。
第二は、この条約では排他的経済水域が重複する場合には、隣国同士の話し合いで解決することを求めているのみであり、実質的な解決方法が示されているわけではなかった。そこで、わが国と中国との間で東シナ海を巡る排他的経済水域が重複する海域を巡り、深刻な対立が起きることとなったことである。この対立には、尖閣諸島をめぐる領土問題も絡むことにより、両国にとり深刻な安全保障上の問題となるに至った。

超党派による海洋基本法の制定

海洋基本法戦略研究会にて

私は、当時自民党の参議院議員としてこの海洋を巡る縦割り行政の弊害を除去し一貫性のある海洋戦略を策定する為に、海洋基本法の立法に奔走した。幸いに共通の問題意識を持つ超党派の議員グループが形成されたことで、立法府における重要課題としての海洋問題に関する政治的な勢いが高まることになった。
この超党派の議員グループが核となり、関係する各省庁の担当局長・審議官、海洋に関する様々な専門家、さらに産業界からも代表者が参加する海洋基本法研究会が設立された。この研究会が、縦割り行政を克服する官官協力と官民協力を一体的に進める推進役となり、わずか準備期間2年間で2007年に海洋基本法を成立させることに成功した。私は、この研究会の代表世話人として多様な意見や利害関係を取りまとめる仕事をしたが、国策の基本に関しては党派を越えて協力することがいかに大切であるかを学ぶ良い機会となった。

政治主導による戦略的取り組みの強化を望む

海洋基本法に基づき総理大臣を本部長とした総合海洋政策本部が内閣に設置され、翌年2008年には海洋基本計画が策定されたことにより、わが国もようやく海洋政策を戦略的に策定する仕組みができ上がった。ところが、自民党政権末期から政権交代、民主党政権もあっという間に3人目の総理大臣となる政治の混乱期に入ったことにより、良い意味での政治主導の勢いが落ち始め、法律に具体的に書かれていることだけを各省の立場に基づき実務的に調整するだけの、いわゆる官僚主導の政策決定に逆戻りし始めてしまったのである。
総合海洋政策本部には、総理大臣に直接意見をすることのできる海洋の専門家により構成された参与会議という機関が作られていたが、今年5月まで、二年の任期を終えた委員は新たに選任されることも、または再任されることもなく委員不在のまま放置されていた。関係各省から本部に送り込まれた官僚諸君も出身各省の立場に拘束され、本部として主体的に企画および総合調整をする動機づけもされず、そのための本部機能強化も行われることがなかった。海洋基本法および海洋基本計画に書いてあることを極めて実務的に解釈し、関係各省の実務者レベルでできる範囲の法律を策定したのみであり、その上で各省庁の政策調整を行っているのみとなっている。
他方において、21世紀に入り国際政治も地政学的な構造変化を起こし始めている。経済活動のダイナミズムは、世界平均の国内総生産(GDP)成長率4.4%に対しアジア地域では8.2%と2倍近くある。政治力学の重心も欧米中心から徐々にアジア・太平洋に移りつつあるとの見方もされ始めている。
中国は、年々2ケタ代の国防費増加を背景に、海軍力を中心にきわめて戦略的に太平洋に勢力圏の拡大をすすめている。昨年夏ごろより、東シナ海における日中両国の排他的経済水域を巡る中間線から日本側の海域で、海上保安庁調査船が調査活動をする際に中国側の公船である沿岸警備船から活動の中止を求められるようになっている。今までは、中間線より日本側の水域において中国側が科学調査をするに際して、日本側の事前了解が求められてきた。中国側は、沖縄の沖合にある沖縄トラフまでが中国の大陸棚を延長した排他的経済水域であると主張している。東シナ海のほぼ全域を自らの勢力圏とする動きがまた一歩進んだと言える。
米国は、東シナ海において、尖閣諸島を日米安全保障条約の適用対象であることを明確に認めるようになった。南シナ海においても、中国と排他的経済水域を巡り対立が先鋭化する東南アジアの沿岸諸国を、より確実に擁護する立場をとるに至った。20世紀の冷戦が欧州大陸における陸上における対立を起点としていたことと対比すると、21世紀前半における地政学的対立は、太平洋からインド洋にかけて従来の米国の覇権、即ちパックス・アメリカーナに中国が挑戦する海を巡る厳しい対立を起点とすることが予見されるようになっている。
この2つの超大国に挟まれたわが国は、この海を巡る厳しい対立の中で、どの様にして世界第6位の排他的経済水域における海洋権益をまもり、国際海洋秩序を構築していくか真剣に考えなければならない状況に直面している。今年および来年は、海洋基本法に基づく基本法および海洋基本計画の5年ごとの見直しの年となっている。あらためて、この様な国策の基本に関しては、超党派の安定した政治基盤を作り直し、悪い意味での官僚主導ではなく、良い意味での政治主導による戦略的取り組みを強化して欲しいものである。(了)

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