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オーシャンニューズレター

第256号(2011.04.05発行)

第256号(2011.04.05 発行)

北の海、漁師と市民の里海づくり ~海辺の豊かさを求めて~

[KEYWORDS] 環境保全/磯焼け対策/市民協働
ほっかいどう海の学校事務局長◆大塚英治

北海道積丹半島に位置する積丹町では磯焼けが深刻化し、漁業者が中心となりレジャーダイバーとの協働による環境保全活動が本格化している。
海を仕事場とする漁業者とマリンレジャーとのトラブルは少なからず耳にするが、積丹町ではお互いの手をとり合い、地域として海辺の豊かさを目指す取り組みが進んでいる。

はじめに

北海道の日本海積丹半島に位置する積丹町では磯焼けが深刻化し、漁業者が中心となり地域や都市部レジャーダイバーとの協働による環境保全活動が本格化している。海を仕事場とする漁業者とマリンレジャーとのトラブルは少なからず耳にするが、積丹町ではお互いの手をとり合い、それぞれの立場で大切な地域資源である「美しく豊かな海」を守り育て、子ども達が笑顔で学ぶ里海づくりで地域によって元気を取り戻しつつある。

積丹町の課題


■ボランティアダイバーたち


■シュノーケリングツアー

積丹町は漁業と、海岸国定公園に指定される美しい景観を資源として年間120万人が訪れる観光業の町である。北海道は全国漁獲高の25%を占める水産王国だが、サケ・ホタテ・コンブ等の安定的な主要水産資源を持たない日本海沿岸漁業は、近年の資源減少、魚価の低迷による疲弊感を強めており、漁業者の高齢化と担い手不足が顕在化しており、積丹町も例外ではない。
そんな積丹町の重要な漁業資源にウニがあり、積丹産ウニは築地市場でも高い評価を得ている。春から夏にかけて小さな磯舟で行われるウニ漁は、夏の風物詩で積丹半島ドライブと旬のウニ丼は観光の目玉となっている。しかし昨年の磯焼けは深刻で、ウニの食味を大きく左右するコンブが失われたことで水揚げは例年の3割減と地域経済に少なからずインパクトを与えている。
磯焼けとは環境の変化により海藻群落が失われる現象で、土砂の堆積や濁り、栄養塩類の減少、海水温の変化、植食動物の食害などが直接原因で、河川や海岸などの工事、台風や火山噴火、地球温暖化などの気候変動に起因する。
積丹町付近の大型海藻は北方種のホソメコンブで、ウニやアワビの餌場、産卵場、稚仔魚の隠れ場として重要な役割を果たしている。ライフサイクルは秋に種(遊走子)を放出し、正月頃に幼芽が芽生え、冬場急速に成長して群落を形成、初夏に成長のピークを迎え再び秋には種を放出し群落が消失する1年サイクルである。群落形成のポイントは越冬期の水温で、大陸からの季節風が強く厳しい寒さとなる年は低水温となり栄養塩類が増すことで、コンブの生育が促進される。また、低水温下ではウニ類の活性が低下し、芽吹いたばかりの葉芽が食べられることがない。しかし一度磯焼けが発生した海域では、ウニだけが目立つようになる。私たちが食べているのはウニの生殖腺であるが、コンブを食べることができない飢餓状態のウニは成熟(身入り)が悪く漁業の対象とはならない。ここに磯焼けの負のスパイラルと言える問題がある。(1)高水温によりコンブ藻場が衰退→(2)ウニの食害で藻場が消失→(3)ウニの品質低下→(4)漁獲圧の低下によりウニの高密度化→(5)過大な食圧で磯焼けが持続、コンブとウニの生態系バランスが崩れる訳だ。人間の力で発生要因である海水温の上昇を防ぐことはできないが、せめて持続要因のウニによる食害を防ぎ、生産力の低下した漁場をリセットする必要があり、ウニ除去は潜水による作業が効果的である。そこで地域の漁業者とレジャーダイバーが手を取り合い、磯焼け対策に乗り出した※。漁業者が磯焼け対策の計画を立て、特別な許可を受けたレジャーダイバーを受入れウニを除去し漁場のバランスを取り戻す。そこへ漁業者がコンブの母藻や栄養塩を供給し成長を促進。藻場再生の経過を漁業者とダイバーが見守る仕組みだ。藻場が再生し生産力が向上した海からは、良質なウニが水揚げされ、藻場に集まる魚をダイバーが楽しむことができる。
地域経済という視点から考えても、さらに地域が一体となって真剣に取り組まなければならない状況にある。これまでは漁業者が中心となって海域の利用・保全・管理を担ってきたが、マリンレジャーの利用が増加し、市民の環境意識の高まりと教育の場としての利用が進む等、これまでの枠組みでは収まりきらなくなった現状があり、沿岸域の総合的管理を様々な主体が担うルール作りや社会システムが求められてきている。
また、経済面だけではなく漁業者の心配事として地域の子ども達の海離れという課題もある。積丹町は海に面している町であるにもかかわらず、海を知らない子ども達、そして海を教えない、教えられない大人たちが増えて、海は近くて遠い場所となってしまった。海で生計を立てる漁業者にとって、人々に海が理解されていないことは寂しい限りであり、将来の担い手に対する不安にもなっているのだ。

漁師と市民で問題解決

一般に漁村は閉鎖的であると言われ、特に漁業者とダイバーとの関係は難しく、「ダイバー=密漁者」と考える漁業者も少なくない。確かに、地先漁場を悪質な密漁者によって長く荒らされている現実は、残念ながら今もある。しかし、積丹町では札幌圏に近いことから大勢のレジャーダイバーが訪れており、地元の信頼できるダイビングサービスが受入れを行う等、漁業者と環境意識の高いダイバーの信頼関係が生まれている。漁業者と地域に愛着を持つダイバーの接点が生まれたことで、懐疑的であった関係は好転し美しい海を守り育てる活動に向けて協働体制ができあがったことは、全国的に稀な事例であるといってよいだろう。
地域の海の環境保全に向けた取り組みは、平成21年度より環境生態系保全活動支援事業(水産庁)を活用し、漁業者とレジャーダイバーが協働で磯焼け海域でのウニ除去から始まった。高齢化が進み潜水できる漁業者が減少した漁村で、ダイビング技術に長け、水中カメラで海の状況を記録することができるレジャーダイバーの貢献は大きく、成果を上げている。

地域が目指す海辺の豊かさ

平成22年には徐々に回復する藻場で、保全活動に参加する漁業者とダイバーが子ども達に海の魅力を伝えるシュノーケリング教室を日本財団助成事業として実施した。藻場が回復することで、漁業者は良質なウニを水揚げし、藻場に集まる魚をレジャーダイバーが楽しむ、子ども達が海に学び体験する笑顔から大人たちは元気をもらう、このみんながハッピーとなる循環が活動そのものと地域を活性化していく原動力となっている。また、海洋環境保全活動が地元小学校の学習テーマに取り上げられるなど地域に広がりつつある。
海が地域資源である漁村の元気再生には、本来機能ばかりではなく多面的機能を含めた多様な魅力に地域が自信を持ち、可視化することで都市と漁村の交流を活性化できるかがポイントと言える。海とともに暮らす漁業が地域経済の基盤となり、担い手を惹きつけることができればと願ってやまない。
平成23年度からは日本財団の助成事業を梃にして、ほっかいどう海の学校だけではなく、積丹町、地元漁業協同組合、小樽ライフセービングクラブ、町内の小学校、B&G海洋センター、観光セクターなどの各方面の団体とも連携しながら地域の元気を応援するプロジェクトを実施する。
北の海ではじまった、漁師と市民の里海づくりにご注目ください。(了)

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