Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第256号(2011.04.05発行)

第256号(2011.04.05 発行)

オープンウォータースイミングイベントにおける安全管理のための海洋情報

[KEYWORDS] マリンスポーツ/海洋情報/海に親しむ
NPO法人バディ冒険団代表◆遠藤大哉 / 東京大学大気海洋研究所教授◆道田 豊

湘南オープンウォータースイミングを事例として取り上げ、マリンスポーツの安全に資する海洋情報について検討した。
過度に経験に頼ることのない、現場の海洋情報に基づく安全管理が必要であり、そのためにはマリンスポーツ界と海洋学界の積極的な連携が求められる。

湘南オープンウォータースイミング


■第7回湘南オープンウォータースイミング(2010年8月28日)2.5km男子(18~39歳)レースの様子。出場者数10kmレース249名、2.5kmレース1058名、完泳率96.5%。

湘南オープンウォータースイミング(以下、湘南OWS)は、2004年に笹川スポーツ財団が中心となり日本財団の助成を得て第1回を開催して以来、2010年で7回目を迎えた。2009年からは地元有志による湘南マリンオーガニゼーション※1が主催している。
大会は、毎年8月最後の週末、逗子・鎌倉・藤沢の3市の海岸にスタート・ゴールを設けて行われる。参加者は2,000名近くあり、内訳はOWS10km(250名)、OWS2.5km(1,100名)、江ノ島スイムツアー800m(350名)である。10kmコースは、逗子海岸をスタート、逗子湾内を1周(約1.5km)し鎌倉沖を経て片瀬東浜にゴールする。2.5kmコースは七里ガ浜の行合川河口、江ノ島スイムツアー800mは江ノ島のたもとから、いずれも片瀬東浜海岸にゴールする。コース毎に出場資格が設定され、OWS10kmはFINA(国際水泳連盟)の基準に準じ、水着のみ着用可、1km20分以内の泳力と、ある程度水泳能力の高い者しか出場できない。一方、OWS2.5kmの参加者には浮力のあるウェットスーツの着用を認め、泳力制限も1km30分以内と緩い。大会スタッフは総勢500名で、陸上の運営支援者300名のほか、海上ではライフセーバー50人を含む約200名が、ヨット、シーカヤック、水上オートバイ、その他船艇により監視に当たる。
平成21年8月、この湘南OWS大会中に52歳の男性が溺水(警察発表)で亡くなった。現場で早期救助早期蘇生法処置が施されたが、搬送先の病院で帰らぬ命となった。この事故を受けて湘南OWS安全委員会は、当日の海況、ガード体制、溺水のメカニズム等の観点から分析を試みたが、具体的な原因の特定には至っていない。
近年OWSの人気が高まる一方でこうした事故が後を絶たないことを重く見て、(財)日本水泳連盟は平成22年3月に「オープンウォータースイミング競技に関する安全対策ガイドライン」(以下、「ガイドライン」という)を示した。ガイドラインでは、開催地の選定条件の観点を「自然環境」と「社会環境」に分け、それぞれ確認事項をあげた。このうち自然環境に関する事項は、波高、離岸流の有無などで、開催の可否は、主催者が「波高、風力、水温などの項目ごとに策定し、競技会当日のコンディションに照らし合わせ総合的に判断することが望ましい」としている。つまり、ガイドラインはあるが、現場での決定は主催者の判断に委ねられ、流速や波浪の実測データに基づく客観的指標を作らない限り、誰かの経験的知識に頼る構造は変わらない。
ガイドラインで取り上げた情報項目は、開催の判断材料になるばかりでなく、コース設定や捜索・救助体制、あるいは選手への情報提供による競技レベルの向上などにも役立つものと期待される。そこでわれわれは、重要な海洋環境要素の一つである流速に注目して、平成21年から湘南OWS会場の海域において大会直前の流速等の測定を実施し、こうした海洋情報の海洋レジャー振興における意義について検討を試みた。

流況等の実測結果

2009年および2010年の湘南OWS大会前、七里ガ浜沖のコース上を中心にGPS搭載漂流ブイによる観測、ADCPやCTDによる海洋環境の測定を行った。これら調査の立案・実施について杉本隆成・東京大学名誉教授の指導を受け、またADCP等による調査は、同教授と荒功一・日本大学生物資源学部講師を中心に行われた。その結果、急潮※2や離岸流※3のような強い流れは見られず、上層は岸に向う流れが卓越していた。2010年には、地元サーファーから「(2.5kmコーススタート点付近の)行合川河口部は離岸流ができやすい」という情報を得て、これを確認する観測も行った。河口沖15m(水深約1m)で流した漂流ブイは、沖に150mほど流された後、砕波帯から波に押されるように岸まで戻った。地形と河川水の影響で沖出しの流れができやすい場所というサーファーの感覚的知見が裏付けられた。
一連の観測の結果、湘南OWS会場は比較的流速が小さく、その面では安全な海域で大会が実施されたことが確認できた。ただし、事故のあった2009年は、ゴールした選手の多くが「波酔いして気持ち悪い」と訴えたように、強い南寄りの風で風波が高く、泳者は海水を飲みやすい海況だったと推定され、流速のほか、波などの海面状態が泳者の体調やスイミング技術に影響を与えることが示唆される。
事故はプールでも起きる。中高年者が頑張りすぎて無酸素状態になり、泳ぎながら意識を失うケースも稀にある。亡くなった方は水泳経験十分ながら海のレースに出るのは初めてで、ペース配分等を誤った可能性があり、今回の事故はこうしたケースかもしれない。しかし、事故当時の海上は南南東の風5.7m/s、海面は多少荒れ気味で初心者には少々厳しい状況であった。海でのレース経験が乏しい者にとっては、波や流れ、水温といった海況が泳走条件を大きく左右する要因になるものと考えられる。

マリンスポーツの安全性と海洋情報

筆者らは、湘南OWSを例として取り上げ、マリンスポーツの安全管理に資する海洋情報について検討を開始した。これまでは湘南OWSなどの運営に携わる者の経験に頼る傾向が強く、必要な海洋情報についての精査、情報取得と提供の方法などについて組織的な取り組みが行われてきたとは言い難い。大会開催地の海況情報等を定期的に収集し、定量評価して蓄積しておくことは、OWSをはじめとする様々なマリンスポーツの安全管理やより効果的な運営に役立つことは疑いのないところである。近年、マリンスポーツやマリンレジャーの振興を通じて「海に親しむ活動」が各方面で行われ、このことはマリンスポーツ界にとって歓迎すべき話であるが、参加者の安全意識の向上や活動を推進する側の意識改革が求められる時期が来ている。参加者自らが海洋環境情報に基づいて危険を回避するための情報提供システム等の整備も必要だろう。これらを含め、マリンスポーツ界と海洋学界が積極的に連携して、所要の海洋情報に基づく今一歩進んだマリンスポーツの安全対策を構築することが急務である。(了)

※1 NPO法人湘南マリンオーガニゼーション=地元のマリンスポーツ団体が中心となって構成する組織で、マリンスポーツの普及および海岸の安全管理とネットワーク機能を持ち、東海沖地震等災害時の救助支援活動も視野に入れた組織づくりをしている。
※2 急潮=太平洋沿岸で,冬~春に外洋水が急に湾内に流入する現象。大気の不連続線の通過や低気圧による強い南風などがあげられる原因。相模湾・駿河湾ではブリの大漁をもたらすことがある。
※3 離岸流=海岸の波打ち際から沖合に向かってできる潮の流れのこと。幅10m前後で生じる局所的に強い引き潮。
加藤道夫著、「リップカレント(離岸流)を学ぶことの重要性について」本誌第214号(2009.07.05)も参照下さい。

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