Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第249号(2010.12.20発行)

第249号(2010.12.20 発行)

編集後記

ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道智彌

◆カブトガニは英語でhorseshoe crab(馬蹄形のカニ)とかhelmet crab(ヘルメット形のカニ)と呼ばれる。カニの名があるが、むしろクモ類に近い。その歴史は、5億年以上も前のカンブリア紀にさかのぼる。いまのような形のものはジュラ紀(約1億数千年前)に出現していた。カブトガニが「生きた化石」と呼ばれるゆえんである。東南アジアのベトナム、タイ等ではその卵を食べるが、日本では貴重な生物として保護の対象となっている。本誌で山口県環境生活部の元永直耕さんは、県下の瀬戸内海に注ぐ椹野川河口部の保全と里海作りに取り組まれる中で、カブトガニの保護にも力を注いでおられる。長い時間で劣化した自然の回復には長い時間が必要との指摘は傾聴に値する。
◆カブトガニの長い進化の歴史には目を見張るものがあるが、ロシアのバイカル湖とそこに生息する生き物も古い歴史をもつ。3,000万年前以降に成立したバイカル湖は世界で有数の古代湖である。そこには多数の固有種を含む生物相がみられる。世界で唯一、淡水に適応したバイカルアザラシもそのひとつである。東京大学名誉教授の宮崎信之さんは、バイカル湖を含む北極圏の哺乳類の研究を進めてられきた。そのアザラシ類が人間由来のA型インフルエンザウイルスに感染していることを突きとめて注目された(本誌107号2005.01.20参照)。地球規模での環境変化と人間活動のグローバル化にともない、長い進化の道を経てきた野生生物の存続が危機に瀕している。バイカル湖岸域のパルプ工場からの廃液や殺虫剤に由来する汚染物質の流入も深刻であり、開発一辺倒の政策が北の大地と水域に生きる生き物に及ぼす悪影響は地球史的な観点からもゆゆしき問題だ。自然を無視したシベリア開発を野放しにしておいてよいはずはない。宮崎さんの提起されるような、国際的なネットワークを通じた研究の進展と北極圏をカバーする野生生物の広域的な情報収集が進められるべきだろう。
◆2004年から続けられてきた統合国際深海掘削計画(IODP)による北極海掘削計画(ACEX)は、地球の歴史を探るうえで画期的な成果をもたらした。日米欧中の参加したこの計画で、北極点に近いロモノソフ海嶺で、北極海の海底下430mから過去の堆積物が採取された。その分析結果から、およそ5,500万年前の北極域は温暖で摂氏約23℃であったこと、5,000万年前後に、北極海域の表層は夏季、シダ類で覆われていたことがわかった。しかも、その後の寒冷化が北極域と南極域で同時期から起こったことが確かめられ、寒冷化が両極、つまり全球的に起こったことが判明し、従来の説を覆した。
◆全球レベルで温暖化が進行する現代、地球の歴史をたどり、しかも現在進行中のさまざまな海の問題を考える思考回路にようやくわれわれは慣れつつある。Think globally, act locallyという言い回しがあるが、Think geo-historically, act glocally (globalとlocalの組み合わせ)の時代に突入したというおもいだ。(秋道)

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