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第248号(2010.12.05発行)

第248号(2010.12.05 発行)

海洋温度差発電が地球を救う

[KEYWORDS]OTEC/海洋資源/海洋権益
NPO法人海洋温度差発電推進機構理事長、元佐賀大学長、第3回海洋立国推進功労者表彰受賞◆上原春男

本稿では、海洋が保有するエネルギー・資源を有効に活用する技術について述べる。海洋は地球表面積の70%である。海洋の表層と深層海水の温度差による熱エネルギーで、電気を発生させる海洋温度差発電を中核に、海水淡水化を行い、その純水を電気分解して水素を製造する技術と、深層海水中に含まれるリチウムを回収する技術、さらに海洋深層水に含まれる豊栄養塩による漁場造成技術について述べるとともに、それぞれの経済効果について説明する。

はじめに

人間が生きていくためには、水・空気・食料・エネルギーが必要である。これまで、日本は空気以外のものは、ほとんど他国から輸入してきた。しかし、世界人口の急増(年8,000万人)とBRICs経済の急成長によって、食料・水およびエネルギー源の争奪戦が始まっている。日本経済の低迷がこれ以上続くと、これまでのように、食料・水・エネルギー源を獲得し得るという保証はないと思っている。日本政府が具体的な政策を行わない限り、日本は2020年頃には中進国に転落するのではないかと心配している。私は、40年前から、人口爆発・地球環境破壊・水不足・食料不足・エネルギー不足が起こることを予見していた。その解決策の一つとして、地球の面積の70%を占める海洋を有効に活用すべきと提案をし、その利用技術の研究開発を行ってきた。それは、海洋温度差発電を中核にした、エネルギー・水・食料の生産技術である。
日本のEEZ(排他的経済水域)面積は、446万km2で世界第6位である。また、EEZ内の体積は1,580万km3で世界第4位である。この海洋空間には、膨大な海水資源と海底資源が賦存する。しかし日本はこれまでに、これらの海洋および海底資源を有効に使用する施策や海洋権益を守る対策をほとんど行っていないと考える。このような状況のなかで近隣諸国の侵犯が多発し、日本の国際的地位を失墜させていることは、日本人として情けない思いである。

海洋温度差発電

海洋温度差発電は、海洋の表層温海水と深層冷海水の温度差による熱エネルギーを電気エネルギーに変換するシステムである。海洋温度差発電は、Ocean Thermal Energy Conversion(OTEC)といわれている。この発電方式には、オープンサイクルやランキンサイクルなどが検討されてきたが、1994年に私達が発明した「ウエハラサイクル」※が最も効率が高いということで、現在はウエハラサイクルを導入したものが主に検討されている。
ウエハラサイクルでは、作動流体にアンモニア/水の混合物質が用いられる。
その原理は、1)蒸発器にアンモニア/水の液体をポンプで送る。このとき、蒸発器の伝熱面の反対側に25~30℃の温海水を送るとアンモニア/水の蒸気が発生する。2)これを気液分離器で液体と気体に分離し、アンモニア/水の蒸気をタービンに送ると、タービン発電機が回転し、発電する。3)タービンを出たアンモニア/水の蒸気の一部が抽気され、加熱器に至る。4)残りの蒸気は気液分離器で分離されたアンモニア水に吸収器で吸収され、凝縮器に至る。ポンプでくみ上げられた深層冷海水によって冷却され、凝縮する。5)このアンモニア/水の液体を加熱器と再生器を経て、再び蒸発器に送る。1)~5)のくり返しで温度差発電が行われる。
海洋温度差発電の賦存量は、世界では1兆kW、日本では80億kWといわれている。このうちの2%を利用しても、世界で200億kW、日本で1.6億kWの電力を得ることができる。

海洋温度差発電を中核とした海洋資源の利用技術(I-OTECS)


■I-OTECS

私は、海洋温度差発電の研究を始めた1970年当初から、海洋温度差発電だけでなく、海水資源をフルに活用して、海水淡水化・海水中のリチウム回収・海水から得た純水の電気分解による水素製造・漁場造成などを行うべきだと考え、多くの協力者を得て、それぞれについて技術開発を行ってきた。これらのシステムの総称を、Integrated OTEC System(I-OTECS、図参照)と呼んでいる。
(1)海水淡水化:世界の人口は、2050年には約93億人になると予測されている。この93億人の生命を守るために必要な水は、5,000km3~5万km3/年と見積もられている。この膨大な水を陸水のみでまかなうことは不可能である。そこで私は、温度差発電で使用した温海水(24℃)と冷海水(8℃)を利用して純水を製造すべきと考え、その技術開発を行ってきた。温度差発電では、1kW発電するのに約5トン/時間の温・冷海水を利用する。この温海水を海水淡水化プラントに入れると、約1%の純水を得ることができる。例えば、1億kWの温度差発電プラントを建設すると、1年に438億トンの水を製造することができる。世界各国に温度差発電プラントを建設することによって、水問題に貢献できる。
(2)海水中のリチウム回収:リチウムは、生産国が中国やチリなど数カ国に限られ、その生産量も年に15万トン程度で、世界の戦略物質になりつつある。またリチウムは、日本の新しい主産業となりつつある電気自動車の、リチウムイオン電池の生産に必須の物質である。日本はそのほとんどを中国やチリから輸入しており、リチウムが輸入できない事態になると、日本経済は大打撃を受けることになる。しかし、幸い日本には膨大な海水を保有している。この海水1トンの中には約0.2gのリチウムが含まれている。私達は長年にわたって海水中のリチウム回収技術の開発を行い、実用化の目途をたてている。1億kWの温度差発電に利用する深層海水中のリチウムの50%を回収すると想定した場合、年間88万トンのリチウムを得ることができる。日本は早急に海水中のリチウム回収を行うべきだと考えている。
(3)漁場造成:現在の日本人の魚類消費量は、一人当たり年間約70kgとされている。したがって、日本では年間少なくとも840万トンの魚類が必要となる。しかし、現在日本の漁獲高はせいぜい500万トンである。近年の地球温暖化によって、日本国内の漁場の海水温上昇による魚種の変化と魚類の成長低下によると考えられている。この状況を打開するために、私は温度差発電でくみ上げた栄養塩の豊富な深層海水と表層海水を混合して、海中に放流し、漁場を造成するとともに、養殖を行うべきだと提案を行ってきた。これまでに多くの協力者によって研究が進み、1億kWのOTECプラントから年間3,600万トン(イワシ換算で、海水10万トン/hあたり0.172トン/h)の魚類が捕れることが分かった。

まとめ

私が長年にわたり研究を重ねてきた海洋温度差発電は、多くの国々で建設準備が進んでいる。フランスでは、タヒチに1万kWのOTECプラントを建設すべく、現在設計が行われている。また、アメリカ・中国・インドでも実用プラントの建設に向けて準備が進められている。しかし、日本では、いまだに1基の実証プラントすら建設されていないので、わが国でも早急に1,000~1万kWの実証プラントの建設に取り組むべきである。実証プラントの建設によって、課題が出てくる可能性もあるが、実用化プラントの建設に当たっては、現段階ではそれほど大きな技術的な問題はないと考えている。実証プラントを建設することによって、海洋開発による主導権を日本が得ることができると信じている。私は、今こそ日本の国威発揚のためにも、海洋温度差発電を中核にした海洋資源の利用技術を世界に発信すべきだと考えている。(了)

※ ウエハラサイクルについては、NPO法人海洋温度差発電推進機構(OPOTEC)のホームページを参照下さい。

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