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第235号(2010.05.20発行)

第235号(2010.05.20 発行)

石垣島白保集落における里海再生 ~サンゴ礁文化の保全・継承を目指して~

[KEYWORDS] 生物多様性の保全/生態系サービス/コミュニティ
WWFサンゴ礁保護研究センター・しらほサンゴ村 センター長◆上村真仁

世界最大級のアオサンゴ群落のある白保サンゴ礁。そのサンゴの海に面した白保集落の暮らしは、連綿と続く永い歴史の中で「サンゴ礁文化」を育み、今に受け継いでいます。時代の流れとともに変化する島の暮らしは、サンゴ礁の生物多様性を急速に減少させています。
そんな中、白保集落では、「命継ぎの海」、「宝の海」として大切にしてきたサンゴ礁の保全、再生を通して、地域を活性化する持続的な村づくりが始まっています。

石垣島白保集落とWWFジャパン


■白保集落と海中公園地区

今もなおサンゴ礁の恵みを上手に取り入れた暮らしが息づく白保は、沖縄本島より、南西に約400km、石垣島の東海岸に位置する人口約1,600人の農村集落です。伝統的な神事や祭事を受け継ぐ古くからの集落の一つであり、福木、石垣、赤瓦の集落景観を今にとどめています。白保自治公民館では、「白保村ゆらてぃく憲章」を制定し、活発な村づくりを行っています。集落のすぐ東に広がるサンゴ礁は、世界最大級のアオサンゴ群落で知られ、2007年に西表石垣国立公園海中公園地区に指定されました。世界約100カ国で活動する地球環境保全団体WWFは、2000年4月にサンゴ礁保護研究センター「しらほサンゴ村」(以下、サンゴ村)をこの地に開設し、地域との連携・協働によるサンゴ礁保全と地域の活性化に取り組んでいます。

白保の暮らしとサンゴ礁―サンゴ礁の生態系サービス




■白保では地域が中心となってサンゴ礁の保全と再生への取り組みが始まっている。

サンゴ村では、人とサンゴ礁の関わりを掘り起こし、継承する「白保今昔展」を2002年より続けています。その中で、「サンゴ礁文化」と言われる海と人との深い関係が分かりました。
漁村のイメージのある白保ですが、実は、沖縄県有数の耕地面積を誇る農村集落です。この豊かな農地の土壌は、サンゴ礁を由来とする島尻マージ※からできています。「魚湧く海」と呼ばれる多くの生物を育む海は、サンゴに共生する褐虫藻の光合成に支えられています。サンゴ礁生態系の基盤サービスが、陸と海の豊かさの源です。
おじぃ、おばぁが潮にあわせておかず捕りに通うイノー(礁池)では、多くの海藻や貝、魚などの食材を得ることができます。集落を歩くと目に付く石垣や木造家屋の柱を支える基礎、踏み石、井戸の囲いにもサンゴが使用されています。屋根の赤瓦を留める漆喰は、サンゴを焼いて作りました。いずれも、供給サービスと言われるサンゴ礁の恵みです。
祭事や神事にも、サンゴ礁との関わりが色濃く見られます。御嶽や拝所に置かれた香炉には、ニンゲイ(祈願)のたびに海から新しい白砂が入れられます。人が亡くなったときは、海の水で清め送り出します。世果報(ゆがふ)といわれる幸せは、東の海から訪れます。一方で、災いや疫病、害虫などは海に流して遠ざけます。もちろん、レジャーや楽しみの場でもあります。サニズ(旧暦3月3日)の浜下りには、多くの人々が海に出かけます。文化的サービスとしての機能です。
井戸水は、雨水が琉球石灰岩によりろ過されたものです。ピー(前方礁原)は、天然の防波堤として、島を侵食から守っています。島で実感できる調整サービスの恩恵です。白保では、こうしたサンゴ礁の多様な恵みを享受するだけでなく、一定期間海や山の資源利用を規制する風習として海留(インドミ)、山留(ヤマドミ)や、海垣(インカチ)の構築など、資源を枯渇させない知恵と、仕組みを持っていました。

コミュニティにおける里海再生の取り組み

サンゴ村では、2004年4月より、白保持続的な地域づくりプロジェクトをスタートしました。環境モニタリング調査の結果、サンゴ礁が危機的な状況にあることが分かったからです。
2005年、白保の自治公民館、農業者、漁業者、民宿、シュノーケル業者などとともに"伝統的なサンゴ礁の利用形態を維持・発展させ、集落をあげて白保の海とその周辺の自然環境・生活環境の保全と再生を図り、適切な資源管理を進め地域の持続的な発展に寄与すること"を目的とする白保魚湧く海保全協議会を設立しました。
同協議会では、サンゴ礁を利用する観光事業者、レジャー利用者、おかずとり・漁業者、研究者のルールづくりを進めています。現在、新規参入の抑制と総量規制を視野に入れた「サンゴ礁観光事業者の自主ルール」(2006.6制定)、集落内での観光の心得をまとめた「白保へおこしの皆さんへ」(2006.6)、「白保海域等利用に関する研究者のルール」(2009.12)の3つを策定しました。
2006年には、浅瀬に石垣を積み、潮の干満を利用して魚を捕る原始的な定置漁具「海垣」を復元しました。同漁具は、サニズの浜下りや小、中学校の体験学習に使用しています。また2010年には、類似漁具を持つ地域に呼びかけ「世界海垣サミット」を開催する予定です。WWFによる海垣調査では、復元により貝類や小魚が増加したことが確認されています。
2007年より、農地からの赤土流出防止を図るため、畑の周囲に月桃などを植える「グリーンベルト大作戦」を実施しています。小、中学校の環境教育との連携により、協力農家が拡大しています。2010年には、月桃を原料とする商品開発によるグリーンベルトの経済価値創出に着手しました。
2009年、ヒメジャコの稚貝7,000個の放流を実施しました。放流した海域を禁漁区とし、資源を増殖することが目的です。沖縄県水産海洋研究センター・石垣支所より技術支援を受けて実施しました。2010年には、2種類の稚貝2,000個を放流するほか、大型シャコガイの観光利用について、県と共同で調査を行うこととしています。

地域の大切な資源を守り、受け継ぐために

サンゴ村では、"持続的な資源利用の知恵を持ち、多様な生態系サービスを暮らしに取り入れることのできる人と海との良好な関係が成り立っている状態"を「里海」と考えています。ここで言う資源利用の知恵や生態系サービスを取り入れた暮らしは、その地域に伝統的に受け継がれてきた、生物多様性と調和のとれたものであることが理想です。
里海の保全や再生は、その海のそばに暮らす地域コミュニティが主体になることが重要であると考えています。地域の人々の暮らしや文化とともに、生態系を保全し、地域の活性化に繋げていく取り組み。地域に暮らす多様な関係者との合意形成に基づくボトムアップによる地域づくりこそが、持続可能な取り組みなのではないでしょうか。白保での取り組みは、まだ始まったばかりですが世界に通じる里海モデルとなるようこれからも活動を続けて行きたいと考えています。(了)

※島尻マージ=主に沖縄南部、宮古島に分布しサンゴ石灰岩を母材とする暗赤色土。

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