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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第221号( 2009.10.20 発行)
第221号(2009.10.20 発行)

編集後記

ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道智彌

◆海のノーベル賞。魅力あることばだ。物理学、生理学、医学、化学などの分野にノーベル賞があって、なぜ海の研究にないのか。ユネスコの政府間海洋学委員会の元議長であるデヴィッド・ピューさんは、海の研究で英雄と呼ぶにふさわしい研究者を顕彰すべきと強く発言されている。これまで、海はその包容力によってさまざまな恩恵を人類にもたらしてきた。それを生態系サービスといいかえてもよい。にもかかわらず、人間は相当、悪い影響を海に与えてきた。海洋汚染、生物多様性の減少、海面上昇による島嶼の消滅などがその例だ。
◆全球レベルではなく地域に注目すると、人間による破壊と改変の実像はもっと鮮明となる。ちょっと前まで、日本では経済成長を目指して海を埋め立て、排水の垂れ流しを何の疑いもなく、あるいは見て見ぬふりをして進めてきた。干潟と藻場の消滅は全国各地で広範囲に及んだ。岡山県農林水産部の田中丈裕さんによると、岡山県の場合、藻場と干潟は1980年頃に9割がなくなったという。その修復に対するご尽力にエールを送りたい。ピューさんや田中さんは過去の歴史を見すえた長期的な視点から海をみるべきと主張されている点は共通している。過去を全部否定するのは簡単だが、未来へとつなげることは容易ではない。海をめぐる問題だけにかぎらないが、長期的なものの見方は欠かせないのだ。
◆同時に、過去の歴史から学ぶこともわすれてはなるまい。先だって、東京海洋大学で、ある集会があった。明治期の東京湾における海の地図をめぐって、豊かな海を取り戻そうとする思いの仲間が集まった。1900年当初の東京湾には藻場や干潟がじつに多くあった。魚が沸き、砂地には多くの貝がいた。会に参加して、かつての東京湾を想像するだけでも心躍る思いをもった。過去の海の姿についてイメージを喚起し、つぎの行動に生かすことが肝心とおもう。子どもたちへのメッセージともしたいものだ。
◆東京湾の海図の時代からさらに50年ほどさかのぼった嘉永7年、地震による津波で当時、日本に来航していた露船が遭難した記録がある。帰国のための船の新造に伊豆半島の西海岸にある戸田の住民が協力したエピソードがいまも伝わっている。ロシアの上官たちが滞在し、また不慮の死を遂げたロシア人水兵を供養する寺が地元にある。それが宝泉寺である。ご住職の伊藤一雄さんと甥の伊藤正彦さん(名古屋大学理学部事務長)は、当時の日露の友好関係を今も継承されている。江戸期の出来事が平成のいまに伝わっていることはとても大切な事例になるとおもう。戸田の近くに行ったことがあるが、宝泉寺はまだだった。是非訪ねてみたいものだ。  (秋道)

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