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オーシャンニューズレター

第211号(2009.05.20発行)

第211号(2009.05.20 発行)

「海賊新法」もう一つの視点

[KEYWORDS] 領海警備/危険行為船の取り締まり/防衛資源の配分見直し
(社)安全保障懇話会理事◆岡 俊彦

平成21年3月13日、「海賊対処法案」(海賊新法)が閣議決定され、開会中の国会に提出された。
海賊新法制定に関するマスコミの論調は、適切な武器使用と防護対象船舶の拡大を焦点に論議が進められており、海賊新法が「一般法」であることはごく一部の新聞しか触れていない。
そこで、あまり論議されてこなかった一般法という視点から海賊新法を見てみたい。

国際法と国内法

まず第一は、条約と国内法の関係である。国連海洋法条約(わが国は1996年に批准、発効)は、海賊を定義するとともに、海賊抑止のための協力義務、海賊船舶等の拿捕の権限などを規定している。国際条約で規定されている権利義務などを、締約国が直ちに行使可能か否かは議論のあるところであり、一般には、別途国内法で担保する必要があると解釈されている。今回、海賊新法を制定し、海賊抑止の義務に応えるとともに、世界に先駆けて罰則規定を盛り込んだことは、人類共通の敵である海賊の取り締まりについて、わが国の強い意志を世界に表明する意義を持ち、高く評価できる。
わが国は、過去、国連海洋法条約に規定されている「無害航行」にあたらない違反行為の取り締まりを国内法で担保してこなかった。このため、1999年3月、能登半島沖で発生した北朝鮮工作船の領海侵犯を取り逃がしたという苦い教訓がある。この時、海上保安庁(以降海保)による初動の対応は、漁業法違反容疑で開始され、その後、海保による当該船の追跡が困難となったとして、海上自衛隊(以降海自)に対し海上警備行動が発令されたが、海保や海自部隊による武器使用の権限は、警察官職務執行法第7条の準用にとどまった。
同条は、正当防衛や緊急避難のみならず、死刑、無期、または3年以上の懲役に相当する凶悪犯罪者の逃走や抵抗の抑止のためにも、武器使用を許している。ところが北朝鮮工作船事案においては、漁業法違反容疑であれば罰金、出入国管理令違反でも懲役1年程度の犯罪行為で、同条の許す凶悪犯罪者の逃走防止等には当たらないと解釈された。このため、海上保安官や海上自衛官が、仮に武器を使用して、工作船の乗組員に傷害等を負わせた場合、逆に保安官や自衛官の方が罪を負うという結果にさえなる。したがって、追跡を続けていた護衛艦は、制止を振り切って逃亡行為を続ける工作船を制止するための船体射撃を行うことができなかったのである。
本来、領土、領海、領空の保全は一国の主権に関わる事項であるが、列国における主権保全措置の構えは、平時から「二重構造」になっている。すなわち、国連海洋法条約で規定されている領海内の「無害通航」にあたらない外国船舶の行為は主権の侵害であるとして、海軍(海自)の対応を可能にする一方、密入国、密輸、密漁、あるいは海上における殺人などの犯罪については、警察(海保)活動の対象とする二重構造となっている。ところが、わが国の既存の法体系では、平素から海自に主権保全のための領海警備業務を明確に可能ならしめるような二重構造とはなっていないのである。この部分の改善を進めることは日本の国益にとって重要であり、今回の海賊新法の制定は、海洋国際法の国内法での担保という意味で、一歩前進であると言えそうである。

妨害行為への適用

二つ目は、海賊新法の「シーシェパード」事案への適用である。「シーシェパード」は、米国のワシントン州に本部を置く非営利組織の環境保護団体に所属する私船である。「シーシェパード」が、南極海でわが国の調査捕鯨船に対して実施している異常なまでの調査船への接近、化学薬品容器の投げ入れ、活動家の船内侵入などの妨害行為に対し、昨年12月、水産庁は容疑者数名の国際手配をしたものの、現在に至るまで身柄は確保されていない。そこで、「シーシェパード」の行為を、今回閣議決定された海賊新法案に定義されている海賊の定義のうち「私的目的で、公海などで船舶に乗組み、船舶の運航を支配するため船舶に侵入・損壊、船舶に著しく接近、凶器を準備して航行すること」に該当すると読み取れば、捕鯨問題の取り扱いでわが国と立場を異にする他国の理解と協力を前提とする犯行後の国際手配ではなく、海賊行為の現行犯としての対応が可能となる。
すなわち、調査捕鯨船に海上保安官を同乗させたり、巡視船を派遣したりすることにより、公海上における「シーシェパード」の執拗な妨害行為を海賊行為とみなせば、抑止のための警告射撃が可能となり、さらに「シーシェパード」の対応如何では、警察比例の原則により、実行犯の逮捕や船体への危害射撃、拿捕も可能となるのである。

防衛資源配分の優先順位

ソマリア沖に向けて出港する護衛艦「さざなみ」。
ソマリア沖に向けて出港する護衛艦「さざなみ」。
(写真:防衛省HP)

三つ目は、海上自衛隊に対する負荷の増大に対する国家としての手当てである。一般法としての海賊新法には法律の失効期限が設けられておらず、ソマリア沖の海賊の発生が治まらない限り、今後は撤収の時期が問題となる。ソマリアは1991年のバーレ政権崩壊後内戦による混乱と武器の氾濫で無政府状態が継続している。「アフガニスタンでは金儲けのために貧困層がケシ栽培に走ったが、同じことがソマリアでは海賊として起きている(駒野欽一エチオピア兼ジブチ大使談)」(2009年1月23日朝日新聞朝刊)のであり、暫定政府が機能しない状況の下では、短期間に貧困や混乱からの脱却を図ることは困難であろう。したがって、ソマリア沖の海賊対処は、かなりの期間継続するものと見積もられることになるため、海上自衛隊は、テロ特措法に基づく洋上補給支援と共に、相当の期間、2正面の海外派遣任務を継続するものと覚悟しなければならない。ソマリアの隣国ジブチの航空基地を活用して、哨戒機P-3Cの派遣も検討されている。
しかしその一方で、わが国周辺の安全保障環境を見れば、中国海軍の増強や外洋への進出、北朝鮮の弾道ミサイルの発射、ロシア海軍の軍事大国復帰願望などにも対応しなければならず、海上自衛隊、とりわけ艦艇部隊の負担の増大は容易なことではない。そこで、今後の展開次第では、ソマリア沖やアデン湾の広大な海域を効果的に哨戒し、海賊対処に当たる他国海軍部隊への情報提供を実施できるP-3Cによる海賊対処に比重を移し、艦艇部隊は、わが国周辺の情勢への対応に徐々に向けて行くことも一つの選択肢となろう。

海洋安全保障の新たな局面へ

いずれにせよ、そろそろ政治主導により、限られた防衛資源(カネ、ヒト、モノ)を、最も必要とされる分野に投入する優先順位を決める時期に来ているのではないかと思われる。加えて、ともに公共財である海自と海保の役割を排他的に考えるのではなく、協同して国益を確保する観点から検討、調整する時期にも来ていると思われる。首相の私的諮問機関「安全保障と防衛力に関する懇談会」の下で防衛計画大綱の見直しにとともにこれらの議論が交わされ、国の方針が示されることを期待する。(了)

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