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第211号(2009.05.20発行)

第211号(2009.05.20 発行)

海難の傾向とその防止対策

[KEYWORDS] 海難事例/漁船員/外国人船員
(社)日本海難防止協会 上席研究員◆大貫 伸

海難は社会の弱点を映し出す"時代の鏡"である。
ただし、鏡の中から何が見えるかについては、それぞれの立場や専門性によって個人差がある。
私は多くの死亡者を伴う悲惨な漁船海難や外国船海難に最近特に着目している。
海難全体の発生件数を減少させれば、これらの海難も減少するという考えにも一理ある。
しかし、あえて私は死亡海難に特化した撲滅策の推進を提言したい。

海難から見えるもの

海難の傾向は時代の流れとともに変化し続けている。海難を振り返り、その背景を丹念に探れば、当時の社会事情などが垣間見えてくる。海難は社会の弱点を映し出す"時代の鏡"なのだ。映し出された弱点を繕えば、海難は必ず減少するものと私は信じている。ただし、鏡の中から何が見えるかについては、それぞれの立場や専門性によって個人差がある。本稿ではあくまでも私自身が見たことをお伝えする。
「海難レポート2008(海難審判庁)」によると、平成19年に発生した海難(海難審判庁の理事官が認知したもの、以下同じ)は4,369件(5,158隻)で、前年の4,335件(5,081隻)に比べると微増している。平成5~9年の5年間の平均が9,923件(約8,534隻)であったことから、ここ10年間で半分程度にまで減少した。
平成19年に発生した海難による死亡・行方不明者数は162人で、平成5~9年の5年間の平均が219人であることから、ここ10年間で7割程度にまで減少している。平成19年の死亡・行方不明者162人の53%、86人が漁船員であった。近年、死亡・行方不明者の約半数が漁船員という傾向が続いている。私が鏡の中で見た社会の弱点の一つ目は、漁船の死亡海難である。
平成19年に発生した海難の種類別内訳は、遭難がもっとも多く1,417件で全体の32%、以下、衝突の1,020件(23%)、乗揚の895件(20%)、機関損傷の442件(10%)と続く。船種別内訳は貨物船がもっとも多く1,827隻で全体の35%、以下、漁船の921隻(18%)、引船・押船の684隻(13%)、タンカーの434隻(8%)、旅客船の420隻(8%)、プレジャーボートの363隻(7%)と続く。うち、外国船関連の海難が182件(197隻)発生している。なお、平成5~9年の5年間、外国船関連の海難の平均が221件(234隻)であったことから、ここ10年間で8割程度にまで減少した。しかし、複数の外国人船員が同時に死亡・行方不明となる悲惨な海難が目立つ。ここ数年、多い年には10名以上が犠牲となっている。私が鏡の中で見た社会の弱点の二つ目は、外国人船員の死亡海難である。

海難から見えるもの

最近の海難事例(漁船員・外国人船員の主な死亡・行方不明海難)

◎平成21年4月14日朝、長崎県平戸市尾上島の北約13キロの沖合で、巻網漁船D丸(135トン)が転覆・沈没、乗組員10人が救助されたものの12人が行方不明となった。D丸は後方から来襲した大波により、ブローチング・トゥー(操舵不能な状態となること)に陥ったものと推測される。
◎平成21年3月10日未明、伊豆大島の東約13キロの海上で、韓国船籍の貨物船O号(4,255総トン)とパナマ船籍の自動車運搬船S号(10,833総トン)が衝突した。O号は間もなく沈没、外国人船員16人(韓国7人・インドネシア9人)全員が行方不明となった。
◎平成20年6月23日午後1時半頃、千葉県犬吠崎の沖合の太平洋上で、福島県いわき市の巻き網漁船S丸(135総トン)が転覆・沈没、4人が死亡し13人が行方不明(後に死亡認定)となった。当時、S丸は漁を休み、僚船とともにシーアンカーによって漂泊中であった。
◎平成20年4月5日午前4時半頃、青森県陸奥湾で、解禁初日のホタテ漁を行っていた漁船N丸(5.1トン)が沈没、乗組員8人全員が死亡した。当時、現場海域には風速13メートルの強風が吹き荒れ、波も高かった。
◎平成20年3月5日、神戸市垂水区沖の明石海峡で3隻が関係する衝突海難が発生、ベリーズ船籍の貨物船G号(1,466総トン)が沈没、フィリピン人船員3人が死亡、1人が行方不明となった。事故は明石海峡大橋の東方、明石海峡航路内の東側入口付近で起きた。はじめにガット船E丸(496総トン)の船首がケミカルタンカーO号(2,948総トン)の船尾に衝突した。衝突を避けようとしたO号が船首を大きく左に振ったところ、左舷至近を航行していたG号の右舷側面に衝突、同号が沈没に至った。
◎平成19年2月14日、三重県大王崎沖を航行中の韓国船籍の貨物船Z号(2,016総トン)が浸水・沈没、韓国人ら外国人乗組員のうち3人が死亡、6人が行方不明となった。同号は鋼材を積み千葉県木更津港から韓国浦項(ポパン)港に向け航行中で、当時現場海域は悪天候であった。

死亡海難の撲滅に特化した対策を!

死亡海難の撲滅に特化した対策を!

以上、私が最近特に着目しているのは、多くの死亡者(および行方不明者)を伴う漁船や外国船の海難である。海難全体の発生件数を減少させれば、これらの海難も減少するという考えにも一理ある。しかし、あえて私は死亡海難に特化した撲滅策の推進を提言したい。
なお、漁船の死亡海難については社会問題化したこともあり、救命胴衣着用の徹底や各種航行安全対策など、官民挙げた取り組みが行なわれ成果を挙げつつある。一方、外国船については、外国人船員の情報収集能力の不足や操船技術の未熟さなどが指摘され、外国船の自助努力を促す、あるいはそれを支援する対策が進められてきた。果たしてこれで十分なのだろうか。もっと弱者救済の視点に立った積極的なアプローチが必要ではないのか。たとえば、何らかのトラブルに直面したものの、能力が不足している可能性が高い外国船に対し、陸上から必要な情報や的確なアドバイスを提供する公的サービスなどを私はイメージしている。すでに某邦船社では関係船に対し、24時間体制で同様のサービスの提供を開始している。

おわりに

私はこれまでに海難犠牲者の末期の声を二度聞いた。一度目が荒天下で走錨、後に難破した内航船長であった。懸命に励まし、アドバイスを与え続けた海上保安官に対し、彼は「もう、だめみたいです。有難うございました。さようなら」と静かに告げ、無線電話のスイッチを切った。近くで錨泊中の私の商船はあまりにも大きすぎ、何もしてあげることができなかった。二度目が荒天下の北太平洋ですれ違った韓国のコンテナ船H号であった。互いに荒天下での今後の健闘を称え合い、航海の安全を祈り合い、惜しみながらも無線電話の受話器を置いた。それから、数日後、私はH号遭難の悲報に触れた。いまだにたった一個の救命ブイ以外、H号の遺留品は何も発見されていないという。
21世紀の今も、毎年、海難によって多くの人々が犠牲となっている。年末、海難遺児の募金活動が行なわれるたび、私は無力感に苛まれ、いたたまれなくなる。死亡海難の撲滅こそ、私の悲願であり、ライフワークでもあるのだ。(了)

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