Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第199号(2008.11.20発行)

第199号(2008.11.20 発行)

編集後記

ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道智彌

◆日本には6,852の島がある。そのうちで有人の島はわずか430である。大矢内生気さんによると、現在日本の離島がかかえる最大の問題は、国境域管理の観点から離島を捉える視点の欠如であるという。かつて、中世史家である網野善彦先生にご参加いただいたシンポジウム「海人の世界」(1980年、国立民族学博物館で実施)のなかで、先生は日本の歴史の中で無人島に注目した発言された。その要旨はこうだ。現在では無人島であっても、さまざまな人々が一時的に滞留し、あるいは利用した場所がある。漁業や避難場、あるいは海賊の巣窟、密貿易などのために島が利用された。その痕跡をたどることは一般に難しいが、定着した人間だけが住む島の分析だけからは見えてこない歴史があるのだという指摘である。さらには、有人島であっても異邦人が訪問した歴史がほとんど知らされることなく現代に至ることもある。たとえば、幕末期に米国捕鯨船が九州のとある島に上陸し、乗組員が浜で住民にバンジョを弾いて聞かせ、一緒に踊った例があるという。
◆私が20年ほど前に滞在したカロリン諸島サタワル島でも面白い話を聞いた。島民から魚名を集めているとき、魚類図鑑を見せて驚いた。北太平洋に生息するサンマをサタワル島の人々はなんとサンマ(samma)と呼ぶではないか。約500に及ぶ魚名リストを元に書いた論文をグアム大学の『Micronesica』誌に投稿した。編集長のバークランドさんから手紙が来た。サンマという魚が記載されているが、北緯7度の海ではサンマなどいるはずがない。何かの間違いではないか。記述の正確さに問題があり、論文を受理できないという返事であった。私は手紙を書いた。そのとおりです。しかし、かつて日本のマグロはえなわ船が島に立ち寄った。島民が水やバナナなどをマグロ船の船員に贈ったところ、その返礼としてマグロ漁の餌にする塩漬けサンマをプレゼントされた。これを食べた人々はその魚がサンマであることをおぼえた。だから、南の海にいるはずのないサンマを知っていたのである。調査当時でも、サンマの絵をみて「サンマ、食べたいねえ」と語る人が何人もいた。結局、私の論文は採用された。バークランドさんは手紙だけの知り合いであったが、偶然にも今年、鹿児島大学のシンポジウム(多島圏研究センター主催)で講演をしたとき、大学に客員教授として滞在されていたバークランドさんと会って、サンマの話で盛り上がった。
◆島の物語はかように面白い。国境の島についても、網野先生はなみなみならぬ関心をもっておられた。いうまでもなく、中世における日本国の辺境の重要性についてである。そのことは、同じシンポジウムに参加された鶴見良行先生も同様な指摘をされていた。日本における海の国境への関心の低さは200海里時代の今日、きわめてゆゆしいことと私も認識を新たにした。海運でアジアが現在の中心となっていることも宮下國生さんの言われるとおりだ。そのハブとなる都市の例としての今治の重要性も越智さんの指摘にある。島と港と船をめぐる日本と世界の動きにもっと目を注ぐべきだろう。  (秋道)

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