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Ocean Newsletter
第187号(2008.05.20発行)
- 海上保安庁海洋情報部技術・国際課長◆春日 茂
- 名古屋市立大学大学院人間文化研究科准教授◆赤嶺 淳
- 「運河の旅人クラブ」主宰◆田中憲一
- ニューズレター編集委員会編集代表(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道智彌
「ナマコ戦争」を回避せよ
[KEYWORDS] 水産資源管理/ナマコ/ワシントン条約名古屋市立大学大学院人間文化研究科准教授◆赤嶺 淳
中国料理に欠かせない高級食材であるナマコは、日本でもここ数年で値段が数倍にふくれあがり、「黒いダイヤ」などと呼ばれている。
また、ガラパゴス諸島ではナマコ漁の存続を求める漁師と資源の枯渇を危惧する政府が紛争をたびたび繰り返しているという。
ワシントン条約をめぐる会議の俎上にあるなど、ナマコの資源管理のためには世界的視野をもった戦略が必要となる。
黒いダイヤ
ナマコは世界に約1,200種が生息しており、そのうち温帯に棲む5、6種、熱帯産の40種ほどが食用として利用されている。冬の季語としてナマコに馴染む私たちであるが、世界的にみた場合、一度乾燥させたものを戻して食べる中国的な利用が席巻している。
中国料理の高級食材を意味する成句に参鮑翅肚(サンパオチドウ)がある。参はナマコ、鮑はアワビ、翅はフカヒレ、肚はうきぶくろを指す。いずれも乾燥させた海産物で、アワビ以外はゼラチン質の固まりである。シイタケと干シイタケが風味も食感も異なるように、これらの食材は乾燥させるとプリプリした食感を提供してくれる。戻した食材に味はなく、そこに染みこませた味と食感を楽しむのである。
参鮑翅肚の消費は日本の江戸時代に相当する清国時代に始まったとされるが、急成長をつづける中国経済に牽引され、近年その市場は拡大するばかりである。日本でもナマコの価格が過去4、5年で3、4倍以上にふくれあがり、「黒いダイヤ」などと呼ばれ、密漁が急増していることも報道されているとおりである。
ナマコ・バブルに沸いているのは、日本に限ったことではない。たとえば、赤道直下のガラパゴス諸島(エクアドル)では、1995年以来、ナマコ漁の存続を求める漁師と資源の枯渇を危惧する政府とが紛争をたびたび繰り返している。紛争がおこるたびに漁業者らは、これまた絶滅が危惧されているガラパゴスゾウガメを人質(亀質!?)とし、ナマコ漁再開の交渉材料とすることなどから、米国の環境保護団体は、一連の紛争を「ナマコ戦争」と呼び、漁民を人類の共有財産である生物多様性を尊重しない不道徳の輩と決めつけ、ナマコ漁反対の大々的なキャンペーンを展開している。
ワシントン条約
ナマコ料理。近年、日本産のナマコは刺参として中国で評判がよい。とくに刺のたった北海道や青森のものが人気である。(2007年10月、中国の広州市で筆者撮影)
ナマコは、2002年のCoP12(第12回締約国会議: Conference of the Parties)以降、ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)の俎上にある。同条約は絶滅の危機度に応じて生物種を3段階に区分し、それぞれ異なる管理体制をしいている。絶滅の危機に瀕している生物は附属書Ⅰに掲載され、原則として輸出入が禁止される。ゾウやトラ、ゴリラなど動物園でおなじみの大型哺乳動物の多くが附属書Ⅰ掲載種である。附属書Ⅰ掲載種は、現在は必ずしも絶滅のおそれはないが、将来的にその存続が危ぶまれるものと位置づけられている。これらは輸出可能であるものの、輸出入には、輸出国政府の管理当局が発行した輸出許可書の事前提出や提示が求められる。
附属書Ⅰ、Ⅱへの掲載と削除には、締約国会議において、有効票の3分の2以上の承認を必要とする。他方、附属書Ⅲは、附属書ⅠやⅡとは異なり、ある締約国が資源保全のために他国の協力を必要とするものを独自に掲載することができるが、拘束力は弱い。ナマコについていえば、エクアドルが「ナマコ戦争」の火種となったIsostichopus fuscusというナマコを2003年に附属書Ⅲに記載しているだけである。
CoP12でナマコの議論を喚起したのは米国であった。以来、すでに2回のCoPを重ねているが、容易に決着はつきそうもない。私も参加した2007年6月のCoP14において、作業部会が組織され、あらかじめ事務局が提案していた決議案への修正が行われた。この決議では、関係各国に資源管理策の策定を求める一方、同条約による規制が漁業者の生活へ及ぼすであろう影響も考慮することが義務づけられた点が新しい。
水産物利用に関する国家戦略
ワシントン条約の1コマ。議場では、案件の採択をめぐるロビー活動がさかんである。とくに票田となるアフリカ諸国に熱い視線がなげかけられる。(2007年6月筆者撮影)
私が調査してきた東南アジアの離島社会では、ナマコに限らず、フカヒレ用のサメやハタ科の魚を中心とする活魚など中国料理用の食材や、鑑賞用熱帯魚などを漁獲することで生活をたててきた。ところが、ナマコのみならず、CoP12で米国はナポレオンフィッシュと呼ばれるベラ科の魚の規制を提案し、その前のCoP11(2000年)にタツノオトシゴとサメの規制を提案するなど、米国の外交政策によって、熱帯域のサンゴ礁に生活する人びとの生計をゆるがせかねない事態が生じつつある。
一連の水産種について米国が提案する背景に何があるのか、その真意は明らかではない。しかし確実なのは、1998年に関係省庁を横断的に発足した「サンゴ礁対策委員会」(US Coral Reef Task Force)と無関係ではないということである。事実、ワシントン条約においてサンゴ礁関係の一連の提案を行っているのは、この対策委員会に名を連ねる海洋大気庁(NOAA)である。同委員会は、自国のマイアミ周辺のサンゴ礁のみならず、世界のサンゴ礁の保全に尽くすことを標榜している。安全保障よろしく世界の海の守護者を自認するあたりは米国的だと言ってしまえばそれまでである。確かに生きた熱帯魚やタツノオトシゴなどは米国が最大の輸入国なので正当性をもつ政策のようにも思えるが、タツノオトシゴの大部分は乾燥させた漢方薬の材料として流通しているし、その多くがエビ底曳網漁の混獲物であることを考慮すると、資源の有効利用という観点からも疑問である。
しかし翻ってみると、日本にはこのような世界戦略は存在していない。2007年度より3年間、農林水産技術会議の農林水産研究高度化事業として、「乾燥ナマコ輸出のための計画的生産技術の開発」プロジェクト(代表:町口裕二((独)水産総合研究センター))が展開されてはいる。着々と成果を出す本プロジェクトであるが、日本国内の漁業者や加工業者を利するためのものであり、世界的視野をもった水産資源戦略とはいえない。
とはいえ、研究成果は日本のみならず関係各国に活用されるべきであろう。なぜなら、世界最大の乾燥ナマコ市場である香港が輸入する乾燥ナマコのうち、日本からの320トンは、パプア・ニューギニア(601トン)、インドネシア(596トン)、フィリピン(485トン)に次ぐ4位に位置するという量的シェアのみならず、金額面では、今やキログラムあたりの小売単価が10万円を超え、日本のナマコ輸出額が国際取引高全体の6割近くを占めているからである。上位3カ国は、いつ「ナマコ戦争」がおこってもおかしくない状況にあるし、それら3カ国の人びとは米国が規制を提案しているサンゴ礁資源に依存してもいる。
わが国の漁業者はもちろんのこと、世界の国ぐにの漁業者たちが持続的な生活を保障されるように、日本は、世界のナマコ研究を先導するとともに、資源管理を率先して行い、その経験を普及する責務を果たしていくべきである。(了)
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