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オーシャンニューズレター

第187号(2008.05.20発行)

第187号(2008.05.20 発行)

海底地形名命名の国際的な取り組みとその意義

[KEYWORDS] 海底地形名/GEBCO(大洋水深総図)/海洋管理
海上保安庁海洋情報部技術・国際課長◆春日 茂

海底には大小様々な山や盆地、崖などがあり、海底地形は陸上に劣らず起伏に富んでいる。
海底の特徴的な地形に名称を付け、それらを国際的に登録するためには、海底地形名に関する委員会に提案して承認を得る必要がある。
詳細な地形調査を実施して地形名を命名・登録することは学術上のみならず海洋管理など多方面で極めて重要であり、今後も精力的に推進していくことが求められる。

1.起伏に富む海底の地形

わが国はユーラシア大陸の東方に位置し、四方を海に囲まれた弧状列島で形成されている。国土はそのおよそ7割を占める山地や平野等の地勢学的な多様性に富んでおり、また山がちな地形は起伏に富み、それらに対しきめ細かく多くの地名がつけられている。 
一方、海底についてはどうであろうか。沿岸付近の極浅海域を除けば、海底はほとんど人の目に触れられることはない。しかし、音波等による調査機器の進歩により、海底の詳細な形状が分かってきた。実際の海底は高い山もあれば深い谷もあり、山脈や海溝が連なったり、陸地のようにあるいはそれ以上に起伏に富んだダイナミックな姿を呈している。もしそれを人が直に見ることができたとすればその壮大さに目を見張ることであろう。海の底にも多種多様な地形があることが分かると、それぞれの地形に名前をつける必要が生じてくる。

2.海底地形名命名の国際的な枠組み

起伏に富んだ日本周辺の海底地形とGEBCOに登録されている日本南方海域の主な海山列・海山群、および「春の七草海山群」
起伏に富んだ日本周辺の海底地形とGEBCOに登録されている日本南方海域の主な海山列・海山群、および「春の七草海山群」

その場合に、各自が勝手に名前をつけると一つの地形に幾つもの名前が付けられたり、名前の付け方のルールが異なることで混乱を生じたりすることとなる。こうした状況は学術上や海洋活動を行っていく上で好ましいものではなく、地形名を一つの名前に整理していく必要性が生じてきた。特に、海洋活動の多くがグローバルなものであるので、国内的だけでなく、国際的にも名称を統一していくための枠組み作りが必要となる。 
これに大きな役割を果たしているのが、モナコ公国大公アルベール一世により始められたGEBCO(大洋水深総図)プロジェクト※1である。1903年に世界をカバーする海底地形図の初版が作成され、世界で最も権威ある海底地形図シリーズを出している。この活動の中で、海底地形図に記載する海底地形名の命名に関して本格的な取り組みが始められようになった。現在はIHO(国際水路機関)とIOC(ユネスコ政府間海洋学委員会)との共同事業として、海底地形図作製の全般的指導を行う指導委員会と、その下に海底地形名を審議する海底地形名小委員会(SCUFN)および技術的事項を議論する海洋地図作製技術小委員会(TSCOM)が設立されている。国際的な地形名の決定は、主に当該地形を発見した者が、上述のSCUFNに地形図等の資料を付して地形名の提案を行い、それを受け、SCUFNにおいてその提案が審議され、提案の採択・保留・却下の決定を行う。ここで、採択の決定が行われた地形名については、指導委員会で承認を経た後、GEBCO海底地形名集に掲載され、その周知が行われる。
なお、国内では海上保安庁海洋情報部を事務局として、学識経験者や関係機関から構成される「海底地形の名称に関する検討会」により、SCUFNでは審議の対象外となっている領海内の地形も含めて1,200個以上の数の地形名がこれまでに決定されている。この中にはSCUFNで審議されて登録されているものも数多くある。
さて、地形名を統一していく上で、地形名称は、海溝や海山、海嶺といったその海底地形の特徴を表す属名と、各海底地形固有の名称の、二つの部分の組み合わせにより決定される。「日本海溝」を例にすると、「日本」が固有名であり、「海溝」が属名に当たる。
固有名を審査する際の基準となるものは、地名命名・統一の原則をとりまとめたIHO-IOC出版物B-6「海底地形名標準」である。初めに一般原則として、国際的な海底地形名命名の対象となる海底地形は、沿岸国の領海の外側にあるものに限定されることや、すでに長期間使用されてきた名称は一般原則と合わなくても受け入れられることなどが規定されている。次に実際に命名する際の原則として、まず固有名は、短く簡潔な名称が望ましいことや効果的で使いやすく、適切な関連性をもつものが良いとされている。また、付近の陸上の地理的な名称などを優先すべきであるが、その地形の発見に関係した船、調査機関、調査名もしくは著名な個人名を栄誉を称えるため採用することができるとされている。さらに、生存している個人の名前(姓が望ましい)を採用することができ、その場合は海洋科学への顕著な、または基本的な貢献をした人物に限るべきであること、および陸からはるか離れた海域などで、類似の地形の集合に対し、特定のカテゴリーとして、歴史上の人物、神話の事象、星、星座、魚、鳥、動物などの名称を集合的に付与できることなどが規定されている。後者の例として、小笠原諸島東方海域において、「すずな海山」等の七つの海山より構成される「春の七草海山群」が挙げられる。

3.海底地形名命名の意義

このようにして、海底地形名は統一・命名されることになるが、それでは地形名を命名することにどのような意義があるのだろうか。まず、上述のように、無用な混乱を避けることであるが、それだけにとどまらない。
海洋基本法が昨年7月20日から施行され、わが国においても、領海、排他的経済水域、大陸棚などの海域を管理し、また、有効に利用・開発していくことが求められている。そのためには、まず、その基礎となる海洋台帳※2や海図等の整備が急務である。陸上とは違い、直接の目印となる物標等の設定が困難な海底に関しては、地形こそが唯一のランドマークともいえるような重要な指標となる。
一方、海洋法条約によって国連に設置された「大陸棚の限界に関する委員会」において、200海里を超えて大陸棚が延びる可能性のある海域における大陸棚の外側の限界に関して、各沿岸国が国連に提出した地形・地質に関するデータ等を検討し、海洋法条約に従ってその勧告を行うための審議が現在進められている。各国とも同委員会の審議において海底地形が大陸棚を構成する要素であることを説明する必要があり、精密な地形データに基づいて国際的に認められた地形名(属名)は大きな意味を持つと思われる。
日本が編集を分担した北西太平洋のGEBCO第5版海底地形図の区域では、海上保安庁が長年にわたり実施してきた大陸棚調査の成果等を活用して、すでに約450個の地形名がGEBCO地形名集に登録されてきた。しかし、広大な日本の海にはまだ未登録の地名や詳しい地形調査が実施されていない海域が多く残されている。海底地形名の命名は領海内であれば沿岸国、領海外では発見者(調査を実施した機関や国)が持つ特権であるが、最近は調査技術の進歩を背景として、SCUFNの審議では詳細な地形データの提示が要求されるようになってきた。調査の実施に始まり命名した地形名を国際的に登録するまで地道で根気のいる作業であるが、海洋科学や海洋管理など多方面でその重要性は極めて高く、今後も精力的に進めていくことが求められる。(了)

※2 寺島紘士(2007)、今後の海洋政策推進において優先的に取り組むべき事項、国土交通省海洋・沿岸域政策懇談会

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