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オーシャンニューズレター

第183号(2008.03.20発行)

第183号(2008.03.20 発行)

「海を通して世界を知る」新しい取り組み

東京都立大島海洋国際高等学校主幹(上越教育大学大学院派遣)◆鈴木光俊

都立大島南高等学校海洋科は、都立大島海洋国際高等学校海洋国際科に改編され、異文化理解とコミュニケーション能力の向上を図る高校に生まれ変わった。
「サイパン語学研修」や国際航海船「大島丸」を活用した学習活動は特筆すべき取り組みである。
この実習船を活用した学習活動は、キャリア教育の視点から効果が示され、職業訓練の場から勤労観、職業観を育成し社会の変化に対応できる生きる力育成の場へと可能性の拡大が示唆された。

海洋科から海洋国際科への改編

都立大島南高等学校は、昭和21年に都立大島農林学校水産科として、水産業の後継者を育成し、業界の発展に貢献しうる人材育成を担って設立された。昭和25年に都立大島高等学校水産科と改称、昭和46年に水産科、普通科の併設校として独立し、昭和47年に「海洋を教材」とする「海洋教育」の視点を明確にし、「海洋科」と名称変更を行った。その後、類型制度の導入、1級小型船舶操縦士養成施設の認可、東京海洋大学海洋科学部との連携教育に関する協定締結、東京都水産振興プラン大島ワーキング・グループへの参加等、先進的な取り組みを進め実績を上げた。しかし平成16年11月に組織された「都立大島南高等学校学科改編検討委員会」は、?十分に進路を保障できない職業科としての海洋教育、?大島南高等学校のみが有する実習船および寄宿舎の有効活用、の2つの課題を指摘し、21世紀の国際社会に貢献できる人材育成のため、海洋教育と全寮制を通して新たな海洋国際教育を実施するものとして、都立大島海洋国際高等学校海洋国際科への改編が決定した(海洋国際科 一学年二学級80名)

海洋国際科における学習内容の特徴

学科改編により、従来の「中堅職業人養成としての海洋教育」から、「海を通して世界を知る」という観点の転換が図られたが、新学科においても海洋を教育の中心におき、海洋科の学校資源を引き続き有効活用する。海洋国際科の取り組みとして、?海洋教育と全寮制を通した国際社会に貢献できる自律と責任感の育成、?実習船を活用した国際交流や留学生の受け入れによる国際的視野の醸成、?産学公地連携を通したグローバルな課題への挑戦、?日本人としてのアイデンティティの確立、世界に通用するコミュニケーション能力、英語教育の充実、?大学との連携および4年制大学進学のための指導体制、の5つを挙げている※1。今回は海洋国際科における国際理解教育と、国際航海船「大島丸(国際総トン数※2 738.0トン)」を活用した航海学習について述べる。
サイパン語学研修の様子
サイパン語学研修の様子
1)3年間を通した国際理解教育
海洋国際科では、世界に通用するコミュニケーション能力を身に付けるため、英語教育の充実に力を入れている。3年間を通して最大20単位余の英語の授業が用意されており、外国人の英語補助教師が1週間に2日間フルタイム勤務するという環境で、コミュニケーション重視の英語の授業が展開されている。またAFS((財)エイ・エフ・エス日本協会)のサマーキャンプが、ドミトリ(寄宿舎)で実施され、世界各国の留学生とイベントに参加し、国際感覚を磨くこともできる。さらにAFSから環太平洋地域の国々の留学生を受け入れ、ドミトリで共同生活をすることは、異文化理解とコミュニケーション能力向上に得難いチャンスとなっている
1年次には「サイパン語学研修」が実施され、"英語漬け"の日々を過ごしながらサイパンの気候や風土、文化や歴史に直接触れ、国際感覚を身に付けることができる。2年次には、国際航海船「大島丸」で釜山またはサイパンに寄港する航海学習が実施され、地元の学校との交流や、その国の歴史や文化、経済を学び、日本文化を発信する機会ともなっている。3年次には観測航海が計画されており、海洋問題として注目されている沖ノ鳥島近海の海洋観測を通して、海を介して他文化との接点を考える良い機会となる。
2)航海学習の教育的効果の検証
東京都所属の国際航海船「大島丸」についても新学科の学習内容に合わせた活用が必要となっている。そこで海洋国際科の生徒たちの学習に、「大島丸」をどのように活用すべきかを検討した。一般的に実習船教育で培われるものとして、忍耐力、協調性、社会性等が挙げられる。学習内容としても肉体と精神力を鍛え、不自由な生活の中で人間関係の大切さを学ぶことや、勤労意欲や基本的生活習慣、自己抑制力、社会性、思いやり等を体験させながら学ばせていることを挙げることが多く、現代の若者に欠如している態度への有用性が認められる。
国際航海船「大島丸(国際総トン数738.0トン)」
国際航海船「大島丸(国際総トン数738.0トン)」
また最近、学校教育で「キャリア教育」ということばをよく耳にする。キャリア教育とは「『児童生徒一人一人のキャリア発達を支援し、それぞれにふさわしいキャリアを形成していくために必要な意欲・態度や能力を育てる教育』ととらえ、端的には『児童生徒一人一人の勤労観、職業観を育てる教育』」※3と定義されている。2008年3月告示予定の学習指導要領においても、社会の変化への対応の観点から教科等を横断して改善すべき事項として、「将来子どもたちが直面するであろう様々な課題に柔軟かつたくましく対応し、社会人・職業人として自立していくためには、子どもたち一人一人の勤労観・職業観を育てるキャリア教育を充実する必要がある」※4とされている。
乗船実習において実習生が、船員と共に割り当てられた業務に輪番制で配置され役割を果たすことや、海に働く人・職場を理解し、労働の尊さ、喜びを知ることを通し、キャリア教育の機能を十分発揮できるものと考えられる。そこで、1年次に実施されている「基礎航海学習(7日間)」のキャリア教育としての効果性について研究を行った。質問紙調査・インタビュー調査・日誌記述等の分析により、キャリア教育の視点での「基礎航海学習」の効果性が示された。したがって従前から活用されていた職業訓練の場としての実習船教育が、「勤労観、職業観を育成し社会の変化に対応できる生きる力の育成」へと教育の機会としての可能性を拡げたと考えられる。実習船を用いることで、専門学科の生徒に限らず、すべての高等学校生徒に対して新しい学習指導要領が求める教育を期待できると考えられる※5。

世界にはばたく夢の実現へ

私たちが持つ日本文化の多くは、海を越えてもたらされたものである。命がけの航海によって、新しいものを持ち込んだ先人の功績は大きく、また昔から他文化との接点を大事にしてきた。「海の世紀」と言われる21世紀の国際社会において、海洋を介してグローバルな視点を育成し、国際社会における自分の役割を把握し、遂行するための創造的な能力と実践的な態度の育成が求められている。(了)


※1 都立大島南高等学校学科改編検討委員会(2005)都立大島南高等学校学科改編検討委員会報告書
※2 国際総トン数=IMOの条約によって国際的に統一され た計測方法により算出される船舶の大きさを表す数。主として国際公開 に従事する船に使用される。日本国内で適用される総トン数「国内総ト ン数」「登録総トン数」は国際総トン数にトン数方で定める係数を乗じ て得た数値に「トン」を付して表し、国際総トン数より小さな値となる。
※3 文部科学省(2004)キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書~児童生徒一人一人の勤労観、職業観を育てるために~,p.7.
※4 中央教育審議会答申(2008)幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について,p.68.
※5 以上の研究結果は、「高等学校航海学習におけるキャリア教育の効果性についての研究-都立大島海洋国際高等学校の『基礎航海学習』への取り組みを通じて-」(2008)として、上越教育大学大学院に提出した修士論文にまとめた。

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