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オーシャンニューズレター

第174号(2007.11.05発行)

第174号(2007.11.05 発行)

海洋軍事技術を巡る産・学・官の連携

河村雅美●元海将補 (株)OCC顧問

冷戦時代、海中では、潜水艦の静粛化と潜水艦を監視するシステムの
開発・整備に東西両陣営が鎬を削っていた。
米国ではこの問題に産・学・軍が連携して取り組み成果を上げ、
冷戦後、その成果がそれぞれに還元されている。わが国でも、9.11以降、
安全保障に関わる技術的課題に産・学・官(軍)の連携が見られるようになり、
この傾向は、海洋基本法および教育基本法の制定、
国立大学等の独立行政法人化によって一層の促進が期待される。

フィクションの世界

トム・クランシーの小説『レッド・オクトーバーを追え』は、冷戦直後の1990年に映画化され、ご覧になった方も多いと思います。ソ連の原子力潜水艦レッド・オクトーバーが米国に艦ごと亡命するというフィクションです。レッド・オクトーバーがバレンツ海に面したコラ半島のムルマンスクを出航し、米国東岸に達するには、どうしてもGIUKギャップ、つまりグリーンランド、アイスランドおよびイギリス間のチョーク・ポイントの一つを通らなければなりません。しかし、そこに至るまでにも、当時にも存在が噂されていた西側の音響監視システム、いわゆるSOSUS(Sound Surveillance System)に見張られています。一方、この物語ではSOSUSにも探知されない新型の動力推進装置がレッド・オクトーバーに初めて装備されたことになっていました。そして、いずれは米ソ双方から追われる身となることを承知していたショーン・コネリー扮する艦長は、海底地形が複雑で、音響的になるべく見つかり難い海域を選んで潜航してゆくというのが、この物語前段のプロットです。

現実の世界―海面下での冷戦

レッド・オクトーバーのモデルとなったタイフーン級原子力潜水艦は、弾道ミサイル20基を搭載・発射できる能力を持ち、その存在は、冷戦時代の西側にとって現実の問題であり、大きな脅威となっていました。今日、北朝鮮の弾道ミサイルが問題になっていますが、比較すると前者は、世界の海のどこからでも発射できる能力を持つという点で大きく異なるものです。

隠密裏に行動する潜水艦を監視、捜索、位置を局限する手段としては、音響センサを用いたソナーが昔も今も主流です。冷戦時代は、その基礎となる水中音響理論の研究が盛んであり、東西両陣営は、潜水艦の雑音低減と各種ソナーを含む捜索武器システムの開発・整備に鎬を削っていました。わが国の防衛力の一部として、ソノブイを搭載した対潜哨戒機(P-3C)100機態勢が整ったのもこの時期です。このような背景の下で起きた1987年の東芝機械ココム違反事件は、ソ連へ輸出された同時九軸制御が可能な工作機械により、同国潜水艦のプロペラ・キャビテーション・ノイズを著しく低減する結果を招くとして、当時、大きな問題となりました。わが国の措置として、監視用の曳航式聴音装置SURTASS(Surveillance Towed Array Sonar System)を装備した音響観測艦が急遽整備されました。

要するに、この時代わが国は、海面下での冷戦に兵力整備を以て戦っていたと言えます。

米国における産・学・軍の連携

SOSUSによる海底地震の観測
(http://www.neptune.washington.edu/)

米国において、安全保障上の課題に産・学・軍が一体となって解決策を模索するというのは、至極当然のようです。その一例が件のSOSUSです。このシステムは、ソ連の潜水艦を全世界的に監視する手段として1950年代に開発されました。ペンシルバニア大学のG.P.ハートウェル博士が開発プロジェクトの中心となり、ウェスタン・エレクトリック社、ベル研究所、コロンビア大学などがこのプロジェクトに共同参加したと言われています。まさに産・学・軍が一体となった開発です。公刊資料によれば、SOSUSはその一部の要素が1991年に機密扱いを解除された模様であり、事実これらの関連データとみられる資料に研究者などのアクセスが可能になっていると思われます。

冷戦後、SOSUSは、学術的な研究に大いに活用されています。例えば、米国ワシントン大学が主導し進められている米加共同の学術研究NEPTUNE Projectには、北東太平洋のファン・デ・フカ プレート縁辺部の海底地震観測にデータを提供しています。また、海洋音響トモグラフィー技術への応用もその好例です。冷戦の終焉によって、当面は本来の使用目的への所要が減じたため、国家財産を研究資源として有効活用するということでしょう。元来、軍(Service)には、義務としての任務(Service)、公的な奉仕・貢献(Service)という意味が含まれていますので、これもまったく不自然なことではありません。

また今日、多くの技術者・科学者・理工系学生等が活用しているナショナルインスツルメント社のグラフィカル・開発環境LabVIEWも、冷戦時代にソナーの研究開発に従事していたテキサス大学オースチン校の研究者たちによってその経験と知識を活かし創成されたものです。

海洋を巡る諸問題は、いずれも海洋故の環境条件に大きく影響され、その要素は、宇宙のそれに匹敵する程未知の部分を多く含んでいます。したがって、これに取り組むためには叡智を集める必要があり、米国では、必然的に産・学・官(軍)の連携態勢ができあがったものと思われます。とくに安全保障に関わる開発技術については、スピン・オフ/オンの相乗効果も大きく、いっそう産・学・軍の絆を強めてきたと言えます。

将来への期待

ひるがえってわが国の場合はどうでしょうか。太平洋戦争後、われわれ国民の多くが「軍=戦争=悪」というイメージを執拗に植え付けられてきたために、軍に対して世界に類を見ない程特異なアレルギーを持つようになったことを否めません。また反対のイメージとして「学=平和=善」が容易に思い浮かびますから、学・官(軍)の連携は、社会科学の分野を除き、とくに軍事技術の面でなかなか成り立ちませんでした。

一方、産・官(軍)については、装備面でほとんどゼロから出発した自衛隊が、冷戦時代の約40年間を主として兵力整備を以て戦ってきたことから、装備品等の開発、整備を通じて相応の連携態勢ができあがっていると言えます。したがって、軍事技術に関しては、産・学・官(軍)それぞれの能力を結集して形成されるべき国力として相応のレベルには達していなかったと言わざるを得ません。

9.11の同時多発テロを契機として、わが国でも安全保障に関わる技術的な研究に国立大学が積極的に関与するようになりました。日本の沿岸に多数存在する石油関連施設、発電所等の重要施設やLNG・石油タンカー等に対する海からのテロ攻撃を防ぐための監視システムに関する研究がその具体例です。

このような傾向は、海洋基本法および教育基本法の制定、国立大学等の独立行政法人化によって一層促進されることが期待されます。願わくは、国際テロや工作船による麻薬密輸、偽札搬入、拉致等を犯罪のレベルに矮小化して捉えるのではなく、わが国の安全を脅かす破壊工作として認識し、これを共通概念として臨むことです。(了)

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  • 編集後記 ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・副研究科長)◆山形俊男

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