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オーシャンニューズレター

第174号(2007.11.05発行)

第174号(2007.11.05 発行)

新たな視点での海洋研究船の建造を望む

鈴木祥市●(独)海洋研究開発機構 海洋工学センター研究船運航部 学術研究船船長

今までの海洋研究船建造には研究船自身による汚染を防止することが
重要であるという視点が足りなかった。海洋、気象、地球規模での汚染の観測をするためには、
研究船からの汚染防止や汚染除去を進めなければならない。
大気や海水などの精密な観測ができてこそ地球の実態や温暖化の研究を進めることができる。
そのため汚染防止と除去に取り組む新たな視点で汎用型海洋研究船を建造する必要がある。

海洋研究船の働き

地球環境の実態を知るには、地表の70%を占める海洋と気象を精密に観測する必要があります。海洋の観測方法には、人工衛星による短時間で広域を調査できるが精度がやや低い遠隔観測、分布密度は低いが時系列データを即時に得られる係留ブイの定点観測、広い範囲に点在し持続的・流動的に短い周期で表面から水深2,000mまでの海洋データを取得できる約3,000台のアルゴフロートによる漂流観測、そして時間的空間的には狭いが精密な観測を行うことができる海洋研究船での観測があります。海洋研究船が取得するデータの精度はとても高いため、他の観測方法で得られたデータを検証する意味でも重要な位置を占めています。各方法で得られたデータを組み合わせ、大型コンピュータを利用し数値モデルにより解析すれば、海洋の実像に近づけることができると期待されています。

海洋研究開発機構の多目的型海洋研究船「淡青丸」(上)と「白鳳丸」(下)

私は独立行政法人海洋研究開発機構で、「淡青丸」「白鳳丸」という多目的型海洋研究船の運航に従事し、学術研究を支援するため、国際共同利用方式で海洋におけるあらゆる分野の観測研究に供用しています。研究船には、特定分野に特化した専用型研究船と汎用的に研究観測を行う多目的型研究船があります。前者には掘削船、地質調査用音波探査船や潜水艇・潜水ロボットと支援母船などがあり、後者には「淡青丸」や「白鳳丸」と「みらい」の他に農林水産省調査船、南極観測船などがあります。多目的型はあらゆる分野の観測作業に対応するため各種ウインチや基本的観測設備を持ち、専門的研究設備を積み付ければ、専用型に近い能力を持てるという利点があります。その他研究船に必要な性能は、低速時に容易な操船性能、減揺性能、静粛性、防振・防音性、経済的な運航性能、十分な観測作業空間、情報通信能力、試料標本の保管設備、観測機材や船用品の保管設備、居住設備などです。また多目的型研究船の観測能力は、乗組員・観測支援員・研究者の知識・経験・技術・作業対処能力の総合力に基づいています。基本的な観測作業は標準化されていますが、観測手法や観測機器は日々進歩していて各々が進歩に対応し作業対処能力を向上させ、総合力として研究船の観測能力を進化させています。

地球温暖化に関する調査

地球温暖化研究には、海洋・気象観測および地球規模の人為的汚染の観測が必要です。海洋観測ではCTD※1をウインチケーブルで吊り下げ、海面から海底近くまでの温度、塩分、溶存酸素量、クロロフィル、流向、流速、圧力などを計測します。各層で採水した海水試料の栄養塩や汚染物質などを船内で精密に分析します。また係留系にADCP※2や流速計と小型CTDを取り付け、計測資料を利用し、海洋大循環や海洋構造の解析をします。気象観測では、ラジオゾンデによる観測と一般的な気象観測作業の他に気象衛星の画像情報も利用します。研究船「みらい」にはドップラーレーダが搭載され、雲の分布状態や降雨状況なども直接観察できます。地球規模の人為的汚染の観測では、大気と海水および堆積物や浮遊生物などを採取し分析します。船体による影響が少ない場所へ観測機器を設置し、大気から温室効果ガスの分圧や濃度を測定したり、大気中の浮遊物やエアロゾルなどを採集し、さらに海底の堆積物や海底付近の懸濁物・微生物と海中の浮遊生物を採取し分析します。これらの観測作業においては、研究船自体の影響を受けることなく「あるがままの状態で大気や海水を計測し、あるがまま採取した試料や標本を人為的に汚染せずに調べること」が極めて重要です。

環境汚染フリーな海洋観測

今までの研究船ではタンクで保管している燃料、潤滑油、ビルジ(油性廃液)、生活汚水、汚物処理水と倉庫に保管している研究機材、試薬、食糧、船用品、塗料・シンナーなどから発生や蒸発した成分が、船内各所にある通風設備から外部へ拡散していきます。また研究室やドラフトチャンバー、居住区画と作業区画の排気も船内で発生した物質を外部へ拡散しています。それらは、船首を風上へ向けても船首部分や最上甲板部分で行なう大気の観測での障害となります。その他汚染原因となる設備類は、船舶そのものの設備である主機関、廃油焼却炉、機関区画、ウインチ室蓄電池庫などです。

研究船は簡単に改修できないため、船内設備の給排気を一元管理する集合管方式へと基本設計を変えた、新たな研究船を建造する必要があります。観測作業現場を汚染しないために、予め船体縦横に給気ダクトと排気ダクトを設けておくという新しい視点です。各所の排気を排気ダクトへ接続し、主機関燃焼排気とともに煙突から遠くへ強制的に排気し、また外気は給気ダクトから取り入れ、船内各所の通風装置が直接船外と接続する部分を極力少なくすれば、船首を風上へ向ければ精密な大気観測ができます。ただ船舶の法規には安全保持のため様々な細則があり、法規に合致しながら給排気を一元管理する研究船を建造するためには、造船の専門家に尽力をお願いする必要があります。

また観測機器においても、清浄な表面海水を採水するために、全体をテフロンやビニールでコーティングした取水管を船首付近から海面へ入れて、微速で航走しながら採水する装置を造れば、船底の防汚塗装や冷却海水管の金属イオン・薬品等の排気や排水からの汚染も防ぐことができます。また海中で採水するためには、採水器や採水装置と観測ウインチワイヤにチタニウム合金のような電蝕しにくく安定した金属材料を使用することです。ウインチ装置ではワイヤ接触面にも汚染しない材料を用い、採泥器やプランクトンネットなどの金属も電蝕しにくい材料で作製し、採水観測作業中に汚水を船内から排出しないために研究室排水、生活汚水と汚物処理水とを一時的に貯留できる十分な容量のタンクを設ける必要があります。

地球環境に貢献する海洋研究船

海洋研究船が精密な観測を行なえてこそ、地球温暖化の研究に資することができるのです。これらの対処療法によって清浄な大気や海水の採取と計測ができる目処がたった後も、燃焼排気の汚染除去技術や汚水処理技術とコーティング加工による新たな生物附着防止技術と給排気装置一元化制御技術の開発などは、単に洋上における海洋研究船の改善に終わるだけではなく、陸上での汚染防止へと結びつくことになるでしょう。

人間が地球へ与えている影響を精密に観測することで、海洋や気象の研究を進められ地球の温暖化や汚染の研究などが進むと考えていますので、是非とも新たな視点による海洋研究船を早急に建造して、海洋における研究を一段と進めていただきたいと願っています。(了)



※1 CTD=Conductivity Temperature Depth profilerの略で、電気伝導度、温度、水深を観測する装置のこと。電気伝導度と水温、圧力から塩分を計算する。海洋観測の現場で良く使われる測器の一つ。
※2 ADCP=Acoustic Doppler Current Profilerの略で、超音波ドップラー流速ファイラー。1台で多層の流速を同時に観測できる流速計。

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