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Ocean Newsletter
第172号(2007.10.05発行)
- (社)日本舶用工業会 常務理事◆木澤隆史
- 横浜国立大学国際社会科学研究科博士後期課程◆市川智生
- 京都大学総合博物館教授◆中坊徹次
- ニューズレター編集委員会編集代表者(東京大学大学院理学系研究科教授・副研究科長)◆山形俊男
「舶用マイスター」認定事業スタート
(社)日本舶用工業会 常務理事◆木澤隆史舶用工業界は、船舶に搭載するあらゆる機械類を製造している業界だが、
その生産を支えているのが現場の優秀な熟練工である。
この度、これら人々の長年にわたる研鑽の努力を讃えるとともに、
後進の方々の今後の励みとすることを目的に、
(社)日本舶用工業会において「舶用マイスター」認定制度を創設した。
「舶用マイスター」認定事業の背景
舶用工業界は船舶に搭載するあらゆる機械類を生産しており、日本で約1兆円を生産し、世界の半分以上を生産しています(図参照)。また、造船所や船主からの要請が製品毎に異なることから、多品種・少量生産のものが多く、その独自技術により世界市場において、オンリーワン、ナンバーワンの地位を占めている日本のメーカーも少なくありません。
このような業界において、他産業同様2007年問題が数年前から危惧されていたことに加え、海運・造船業の急激な活況により、人材の確保・養成問題がクローズ・アップされてきたことから、昨年度、日本舶用工業会会員企業の、技能工を中心とした人材構成を調査しました。その結果、30歳代と50歳代は適切な人数がいるが、40歳代が少ないということが分かる一方で、舶用工業界の生産を支える、機械に代えることのできない優秀な技能工が多数いることが分かりました。
代表例としては、以下の技能が挙げられます。
・発電機の巻線作業=コイルに傷を付けないよう、入れやすいコイルを認識し、絶縁を考慮。結線作業でコンパクトにバランスがよくなるよう成形状態に気を遣う。一度組んでしまうとわからない部分のため、品質上も非常に重要な工程であり、受注生産のため機械化できない作業。
・エンジンの中子製作作業=鋳造品の中空部分を製作するには、中子が必要となる。シリンダカバー冷却水ジャケット部の中子は、形状が複雑なため高い技能を要する。
・ポンプのケーシング(2つ割れタイプ)製作作業=ケースをあわせた形で加工する必要があるが、形状が左右対称でないためセットするところに技能が必要。また、加工中もびびり振動を察知し、切削条件を調整する必要がある。1人で任せられるには10年程の経験を要し、段取りまでできるには20年以上の経験が必要。
・鎖の熱処理作業=熱処理の良否により、製品の強度・靱性・耐摩耗性等が左右され鎖寿命に大きな影響を与える。熱処理技能は、材料知識にはじまり、積載方法、加熱方法、保持温度・時間、冷却方案、制御知識など多岐にわたる知識の習得と、数多くの実体験が必要なため、長期間の習熟期間を要する。
・大型プロペラの仕上げ・研磨作業=プロペラの翼表面、エッジ周りを1/100mmの精度で手仕上げをする。回転して圧力変化を生じるため、この部分の乱れが鳴音やキャビテーションを起こし、損傷をもたらす。プロペラの翼表面は平面や直線のない三次元曲面であり、曲がりくねった巨大な物体から1/100mmの誤差を瞬時に見抜くのは、いかなる計測装置をもってしても難しく高度な仕上げ技能が要求される。
・長尺プロペラシャフトの切削加工=軸を機械に載せたときの軸心の出し方、荒加工時の加工熱による曲がり発生時の対処方法等の点おいて長尺は一般的な加工より高い技能を要し、直径600mmに対して2~4/100mmの許容誤差が求められる。習熟には10年以上の経験を要する。
■舶用工業品の種類(例) | ||
1 主機関 2 ボイラ 3 空調機 4 汚水処理装置 5 発電機 6 空気溜め 7 消火ポンプ 8 操舵機 9 舵 10 操舵スタンド 11 バラストポンプ | 12 ボラード 13 ムアリングパイプ 14 ウィンドラス 15 ローラフェアリーダ 16 ハッチカバー 17 デッキクレーン 18 中間軸 19 プロペラ 20 コンパス 21 レーダー 22 ロラン | 23 アンテナ 24 アンカー(アンカー・チェーン) 25 自動制御装置 26 救命艇 27 救命いかだ 28 舷窓 29 油水分離器 30 造水装置 31 停泊灯・航海灯 32 防汚塗料 |
・クランクシャフト等の自由鍛造作業=鍛造品はプレスとマニピュレータにより作製されるが、均一加熱が難しく、少ない材料で手早く製品を作り上げるには10年以上の経験を要する。
これら調査結果から、現在活躍しておられる優秀な技能工がその技能を後進に伝承しえるかどうかということが、今後の舶用工業発展の要となってきました。検討のすえ、企業規模、業種が多種多様である舶用工業界において、個別の技能伝承の仕組み作りは各会員企業が実施し、その前提となる、優秀な技能工の認定制度を、当会が担うこととなりました。
優秀な技能工の認定制度
認定基準については、「各社の製品、部品の種類、製造工程、難易度など千差万別のため、一律な認定基準の制定は困難であり、各社からの推薦に任せるしかない」という意見が代表的となり、結果、「各社の製品、部品等を製造する各工程において、高度な技能を有する熟練技能者であって、所属会社の推薦が得られる者」となりました。また名称は「舶用マイスター」を採用することとしました。
優秀な技能工の認定制度の使い方は、各会員企業によりさまざまです。当工業会のアンケートにはいくつもの活用法が寄せられ、これらによりこの認定制度の意義が浮き彫りとなりました。
まず、対内的な活用法としては、製品製造に必須である固有の技能伝承のためのモチベーションの高揚に使う/認定された社員を社内報で紹介等周知したり、創立記念日等で表彰と金一封を授与する/熟練度を表す資格として活用する/職能給査定基準の目安として技能向上意欲につなぐ/定年延長の選別基準に加える/社員教育の講師資格等に使う/「道場」「技能承継プログラム」を開設し、指導役とし、全体的なスキルアップをはかる、などが挙げられています。
また、対外的な活用法として、会社のイメージアップに活用する/資格保持者リスト(ある社では正面玄関に掲示中)に追記する/求人票に記載し、優れた技能者がいることをPRする/客先にPRし、営業活動に活用する、などが挙げられています。
最後に
本制度は世の中にある種々の資格制度と違い、抽象的で、かつ、業界内部でのみ認められた制度ですので、必ずしもはじめから権威のある制度とは言えませんが、今後各会員企業が運用していくにつれ、広く認知されることを期待しております。また、当会としても、この制度で認定された技能工の皆様を、一般的な表彰制度に推奨していくなど、外部制度とのリンクを通じ、権威を高めて行きたいと考えております。加えて、本認定制度の他に会員会社が大学等に赴き講義する「寄附講義」、業界の内容を説明する「業界説明会」、会員会社の社員向けに舶用工業に関連する一般教養科目・専門科目を専門家が講義する「舶用講座」などを実施し、舶用工業の人材確保・養成対策を支援する予定です。
最後に、舶用工業の技能工の皆様が今後もスキルアップを図られ、グローバル化時代の世界の海運、造船を支えられることを切に期待致します。(了)
●(社)日本舶用工業会はわが国の主要な舶用メーカーなど約220社が会員となっている公益社団法人。
舶工業品種類、生産高等の詳細ついては、(社)日本舶用工業会HP http://www.jsmea.or.jp/j-top/ をご参照下さい。
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