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オーシャンニューズレター

第16号(2001.04.05発行)

第16号(2001.04.05 発行)

東京湾における船舶航行と空港問題

(社)日本船主協会常務理事◆増田 恵

わが国が世界の主要国として経済社会の安定的な発展を維持していくためには、首都圏の国際空港を整備することは極めて重要であると考えるが、それにともなって東京湾の船舶航行に支障をきたさないよう十分な検討がなされなければならないと考える。

1.首都圏第3空港問題に関する日本船主協会の考え方

(1) 首都圏空港の重要性

当協会は、わが国が世界の主要国として、21世紀を通じ、経済社会の安定的な発展を維持していくためには、また国民生活の基盤整備の視点からも首都圏の国際空港を整備することは極めて重要であると考えており、整備することに反対するものではない。

(2) 東京湾内の港湾の重要性

一方、東京湾は、わが国の中心である首都圏における経済活動と国民生活を支えるエネルギー資源、工業原材料および生活物資等を運ぶ海上輸送路としての重要な役割を担っている。外航コンテナ船の主要港である東京港/横浜港は、コンテナ船の入港隻数で、年間延べ8,800隻、コンテナ470万個(このうち東京港は270万個)を取扱っている。エネルギー関係では千葉・川崎・横浜港へ大型の原油タンカーとLNG船が入港し、首都圏へのエネルギーを供給している。また、わが国の基幹産業のひとつである鉄鋼関係においても千葉、木更津港では原材料の輸入と鉄鋼製品の積み出しがなされており、これらの輸出入および小型船を含めた船舶の延べ入港隻数をみると東京、横浜、千葉、川崎の主要4港で年間約19万2千隻(このうち東京港は3万5千隻)にのぼり、これらの船舶による物資の安定輸送がわが国の経済発展と国民生活の基盤となっている。

2.海上空港各提案の具体的問題点

以上のとおり、東京湾にはわが国の経済と国民生活を支える海上輸送路という役割があり、そのための船舶交通の現状は、これ以上湾内を狭隘化させると問題が生じる状態にあるが、空港整備にともなう船舶交通への影響とは具体的にどのようなものであるかを以下に述べる。

なお、現段階では、各提案とも詳細は不明であるので、船舶交通への具体的な支障の程度は明確でないが、船舶航行と空港整備との関連で海事関係者であれば直ちに危惧を抱くであろうと思われる代表的な諸点のみ指摘する。

(1) 制限表面と船舶の航行

飛行場の中心から半径4km、高さ45mに設定される水平表面および滑走路の両端から長さ3kmにわたり、勾配1/50の傾斜で設定される進入表面は航空機が安全に離着陸するために必要な制限表面であり、その範囲内ではこれらの表面より高い建造物等の設置は禁止される。その範囲が海上に及ぶ場合には、その表面下で停泊又は航行する船舶もそれぞれの高さ制限の影響を受けることとなる。特に大型船の場合には、マストの高さが表1のとおり高いため、入港航路を塞ぐこととならないのか等、その影響を十分検討しなければならない。

■表1  大型船のマスト高
船種船型空船時のマスト高
タンカー280,000DWT60.8m
LNG船127,000m 263.8m
コンテナ船6,000TEU54.0m
コンテナ船15,000TEU70.0m(推定)
バルクキャリアー300,000DWT60.1m
自動車船40,000GT49.4m
DWT=載貨重量トン/TEU=20ftコンテナ換算個数/GT=総トン

(2) 船舶交通流に与える影響

海上に空港を建設することが船舶の通航路にどの様な影響を与えることになるかについて十分な検討が必要となる。羽田空港の周辺を航行する船舶は1日あたり1,000隻弱に上り、特に朝・夕に混雑のピークがある。その航跡は図1に示すとおりであるが、4,000個積の大型コンテナ船から100トン未満の小型船まで種々雑多な船舶が航行している。これらの船舶の交通流が空港建設のために変化を余儀なくされた場合、どのような状態になるのか、海難事故の危険が高まることにならないか等、十分な検討がなされなければならない。

■図1 航跡図

図1a図1b図1c
全船舶:平成5年9月13日12時~14日12時

(3) 停泊水域への影響

鉄道車両や自動車を止めておくには車庫や駐車場が必要なように船を停泊させるためには錨地が必要である。東京湾沖合いの通常時の錨泊船は1日に70隻以上にのぼり、図2のように広範囲の錨地を必要としている。また、台風の襲来のため多数の船舶が荷役を中止し、岸壁を離れて港外に避泊した時の分布状況は、図3のとおり航路筋を除く湾内全体が錨地として使用されている。

空港建設に伴う海域の減少および空港周辺に設定される制限表面による停泊水域の減少も大きな問題であり、これらの問題についての対応策も必要である。

■図2 錨泊船の位置

図2図2
平成6年2月28日24時間
■図3 平成9年台風7号来襲時東京湾内避泊船状況図3

東京湾海上交通センター観測:平成9年6月20日11時

3.海上輸送と空港整備の両立

首都圏空港整備に関しては、以上のように船舶交通に支障を生じうる問題点が多くあるため、空港の位置および構造を決定した後に事後的に船舶航行への影響を検討するのではなく、空港の整備計画を決定する以前に、湾内の船舶交通、港湾諸施設等への影響、解決策の有無等について徹底的に見極めた上で、具体的な空港整備の計画内容を決定して行く必要がある。

神戸市が建設を進めている神戸空港の場合には、平成元年にその構想が発表された後、神戸港が有する港湾機能を損なうことなく新空港を建設するため、建設候補地の決定以前に船舶交通への影響を含め、様々な角度から複数候補地について検討している。各候補地の諸条件を比較検討のうえ、神戸港への入出港航路の変更、空港建設後の付近海上における船舶交通流のシミュレーション等に基づく安全な通航方式の導入、錨地の確保などが新空港建設の一部として実施されることとなっている。

首都圏空港問題において海上に空港を建設する場合には、このような手順が不可欠であり、周到な事前調査を踏まえた候補地の選定が求められる。

4.むすび

海運業界としては、海上輸送および東京湾のシーレーンの安全確保は空港整備を検討する場合の不可欠の前提条件として考えており、国民経済の上からも絶対条件であって交渉条件ではないと考えている。特に東京湾においては、首都圏において必要とされるエネルギーの供給も各種の船舶による海上輸送によっており、海難事故による海洋汚染が環境問題にもつながりかねないばかりか、場合によっては大災害事故に至る惧れもあるので、安全確保に関しては特別の配慮が必要である。

また、将来のイノベーションをも盛り込んで、船型および航空機の大型化にも対応できる先見性のある空港整備が必要であり、このような視点から、空港候補地は海上のみに限定するのではなく、陸上も含め広く候補地を求め、検討すべきと考えている。(了)

※(社)日本船主協会=100総トン以上の船舶の所有者、貸借人、ならびに運航業者であって、日本国籍を有する者を会員とする全国的な海運事業者団体(会長:生田正治(株)商船三井会長)。当協会の活動分野は、海運政策、国際海運との協調、税制・企業会計、港湾、船舶の建造・運航・保全に関する技術、海上災害防止、船員労働など海運業経営の全般にわたる問題の処理およびこれに関する調査・広報活動と多岐にわたっている。平成13年3月現在の会員数は111社。

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