Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第156号(2007.02.05発行)

第156号(2007.2.5 発行)

マグロ資源をめぐる状況と管理

東京海洋大学 先端科学技術研究センター 教授◆末永芳美

マグロの消費が世界的に拡大している一方で、
近い将来マグロが食べられなくなるのではないかという不安が囁かれている。
先般、国際マグロ漁業管理機関が漁獲枠の削減措置を決定した。
最近のマグロを取り巻く状況を概括し、
資源の持続的な利用に向けた課題と対応を提起してみたい。

はじめに

Sushiレストランは世界中の街角で見かけることができる。左はデンマークのデパート、右はニューヨークのレストランのパンフレット。

世界的にsushi文化が受け入れられ、魚は健康食だとの受けとめがなされるなか、マグロの消費は世界的に拡大している。他方、近い将来マグロが食べられなくなるのではないか等、国民の関心が高まっている。先般、国際漁業管理機関がマグロ漁獲枠の削減措置を決定した。最近のマグロを取り巻く状況を概括し、持続的な利用に向けた課題と対応を提起してみたい。

マグロと人間の歴史は古い昔から続いている。しかし、今日ほどマグロが食べ物として身近になったのは、マグロが産業用に缶詰として、1903年カリフォルニアで造られてから、たかだか100年ほどの歴史に過ぎない。ちなみにハンバーガーの初登場も1904年である。当時、同地に何千人もいた日本人漁民が缶詰原料供給のためビンナガ延縄漁で活躍したが、日米関係に暗雲がたれこめ第二次世界大戦に向かって彼らは排斥されるにいたった。第二次世界大戦後、マッカーサーラインが設定され日本漁民の沖合への出漁はきつく制限されたが、戦後の日本の食糧難等を見て、徐々に解除されるにつれ、わが国のカツオ・マグロ漁業は急速に息を吹き返してきた。

その後、日本からのマグロのアメリカ等への輸出量は年々増加していき、アメリカ漁船の漁獲したマグロと競合が起こり、米国の釣り漁業者は、技術開発により1961年にはほとんどが大型巾着船に転換し、漁獲率も4~7倍となった。この技術開発により、日本のマグロはえ縄漁船も缶詰原料供給面で競争力を減じ、おりしも日本は高度経済成長期に入り、国民所得も大幅に伸び、超低温冷凍技術の発達もあり刺身マグロの普及が広がり、消費が拡大していった。

しかし、日本漁船が刺身マグロ専用船へと転換して間もなく、最初に韓国漁船、次に1976年頃には日本の水産会社と商社は台湾漁船からの刺身マグロの買い付けを開始した。ちょうど、米ソの200海里水域の設定が引き金となって、商社等は買い付けに勢いをつけていった。

国際的なマグロ漁業管理機関の設立

マグロ漁業発達の過程において、世界で初めてマグロに関する条約が作られたのが東太平洋水域である。1945年のアメリカ大統領トルーマンの大陸棚宣言に刺激され、コスタリカは、自国沖合水域のアメリカ大型巾着網(まき網)漁船の漁獲能力拡大等に対し、200海里まで主権を延ばし、マグロ資源の乱獲を防ごうとした。アメリカは、コスタリカの主権拡大の主張を説得し、二国間でキハダ資源乱獲に対し両国国民に規制を行うとし1950年に条約を締結した。この条約のもと、すでに1962年には、キハダの漁獲について初の数量規制8万3千トンの勧告を出している。なお、日本は1970年に加盟をした。

他方、大西洋では、熱帯大西洋水域のマグロ漁業が急速に発展しつつある事態にかんがみて、1969年大西洋まぐろ類保存管理条約が発効した。次にインド洋は、1984年ころからスペインとフランスの大型まき網船が大西洋からインド洋に進出する動きもあり、1996年にインド洋まぐろ類委員会が発効した。なお、日本、豪州、NZの3カ国間では、豪州の漁獲が日本を抜いた1982年からミナミマグロについて非公式協議を始め、1994年正式に、みなみまぐろ保存条約を整えた。

残る中部および西部太平洋の海域は、台湾等の漁船勢力の増加、米国のまき網漁船の進出等もあり、1994年から交渉が行われ、2004年に中西部太平洋まぐろ類条約が発効した。これをもって、世界の全海域にわたってマグロ類の国際管理がなされることとなった。

マグロ類の国際管理をとらせた要因

このように時代を追って、国際的マグロ類管理をもたらした主たる要因を、関係国等のとった政策面および技術革新の面から述べたい。
(1)マグロ漁業拡大政策

1973年に開始され1982年に海洋法条約が最終署名され、国際社会は1950年から2004年までマグロ漁業管理機関の設立を進め、資源管理措置の導入を進めてきた。この流れに逆行するがごとくマグロ漁船勢力の拡大政策をとる漁業主体があった。台湾は1971年10月、国連での中国への代表権交代に伴い、国際機関との関係が希薄化(漁業管理機関においても政体上の点等から正式加盟国となれなかった)するなか、1983年、これまでの禁止を解除し700総トン以上のマグロ漁船の建造を自由化する政策を導入した。これが台湾の漁獲能力拡大に拍車をかけ、漁船の建造ラッシュや中古漁船の輸入を進めるとともに、便宜置籍漁船・IUU(違法、無報告、無規制)漁業を誘引した(表1参照)。

(2)マグロ養殖技術の開発
トロマグロは庶民にとり高嶺の花であったものが、1990年代からの急速な蓄養の養殖技術開発により、生産が急増し価格下落となり、養殖のトロマグロは回転すし・スーパー商材となった。この技術開発が、漁獲対象とならなかった産卵後の地中海クロマグロや缶詰原料だった小型ミナミマグロ・クロマグロまでも蓄養対象となり、資源面および採算性面での悪化を招き、さらに採算性改善のため生産量増大(=蓄養用魚捕獲増)のインセンティブを惹起する悪循環を招いている。

(3)大型まき網漁船の開発と増隻
世界的マグロ缶詰の需要の拡大に伴い大型まき網船の台湾やスペイン等の急速な増隻、まき網によるイルカの混獲を避けようとする環境運動面からの要求が、漁獲技術開発面で浮き集魚装置(FADs)の導入を促し、皮肉にも、資源状況の悪いメバチ、キハダの幼稚魚に漁獲圧をあたえることとなってきた。

マグロ資源の持続的利用に向けて

将来にわたりマグロ資源が持続的に食べられるようにするには、上記の国際管理の必要性をもたらした要因に対処する必要がある。すなわち、政策的に増やしすぎたマグロ延縄漁船の隻数の削減や、国際規制を逃れて違法操業してきたIUU漁船の廃絶をはかる必要がある。漁獲効率の高いまき網漁船や養殖技術の開発がマグロ類の幼稚魚等にこれまでにない圧力を加えてきている。各国は、マグロ類の資源的な限界がみえてきた現在、これ以上マグロ資源に漁獲による圧力をかけないため、地球温暖化防止のための二酸化炭素の排出削減に各国が取り組んでいるように、マグロ資源保全のために「排出削減(漁船隻数の凍結や減船、幼稚魚を獲らない工夫)」に取り組む時代になっているといえよう。生産者はもとより貿易、流通関係者および消費者まで、マグロを取り巻く適切な情報をきちんと受けとめ、消費面からも、乱獲に走らせないようマグロ資源の持続的利用を心がけることが肝要だ。(了)

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