Ocean Newsletter
第154号(2007.01.05発行)
- 国際海事大学連合名誉会長、日本財団会長◆笹川陽平
- 国土交通省海事局船員政策課長◆村上玉樹
- IOI(国際海洋研究所)理事、元インド工科大学マドラス校 教授◆R. Rajagopalan
- ニューズレター編集委員会編集代表者(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻教授)◆山形俊男
インド南部沿岸におけるエコ・ビレッジ・プロジェクト
IOI(国際海洋研究所)理事、元インド工科大学マドラス校 教授◆R. RajagopalanIOI(国際海洋研究所)は故エリザベス・マン・ボルゲーゼによって1972年に設立された国際NGOである。
IOIが活動のひとつの柱として貧困問題をかかえる沿岸地域社会への取り組みを始めてから10年、
最初のプロジェクトの地であるインドで、私たちがどのような支援活動を行ってきたのか、その成果とともに紹介したい。
私が最初にティルチェンドール(Tiruchendur)の村落を訪れたのは1996年でした。エリザベス・マン・ボルゲーゼ教授によって1972年に設立されたIOI(国際海洋研究所)が貧困問題をかかえる沿岸地域社会への取り組みを始めることを決め、最初のプロジェクトの場としてインドが選ばれました。当時、インド工科大学マドラス校にあるIOIインドのセンター長であった私は、適切な対象グループと信頼のおける現地NGOアナウィム・トラストをこの村落に見つけたのでした。
沿岸地域の貧困問題とプロジェクトの目的
沿岸地域というと、漁民の抱える困難について語られるのが一般的ですが、インドでは漁民はよく組織されており、自らを守るために闘う力があります。IOIインドの対象村落の住民は、社会の最下層で独立前は不可触民と言われていた人々です。彼らの失業率は約50%、約45%が月収10米ドル以下です。土地を持たず、石工や比較的豊かな農家の下働きなど不定期な仕事に雇われるほか、海岸で収集した貝殻から作った石灰を売っています。
女性は家事、育児、水と薪の収集、低賃金労働に追われ、夫の多くはアルコール依存症です。子どもたちは公立学校に通いますが、少女たちの多くは10年生までに中退します。青少年は町に出ても劣悪で低賃金の仕事しかありません。池や井戸は枯れ、水道水の供給は不規則、地下水が塩水化するなど飲料水不足は深刻です。薪の伐採で、土地は荒れているというような状況です。
プロジェクトの目的は、地域社会が自らの権利を行使し、天然資源を管理しながら生計能力を高めるよう、支援することです。 詳しくは以下のとおりです。
* 地域社会の社会経済的地位の向上。とくに女性と児童を重視。
* 沿岸地域社会の生態系や自然環境保全の重要性について認識を喚起。
* 地域社会活動(緑化活動、生物多様性の保全、雨水収集、水源保全等)を通じた沿岸生態系の保護と回復。
* 雨水収集、緑化活動、燃料効率のよいストーブ、太陽エネルギー利用、スピルリナ生産等の、エコ・テクノロジーの試行と推進。
* 環境保全と住民の生計の両立。
このような活動の中心が環境保全にあることから、エコ・ビレッジ・プロジェクトと名付けました。プロジェクトを担当していた1997~2003年の間、私はまるでジェットコースターに乗っているようでした。資金提供者への提案書作成と会合、具体的行動計画作り、プロジェクト監視、報告書作成、講演などに忙しく追われながらも常に新しいアイデアや学びの機会を求め、また月に最低1回3日間は現地に足を運びました。幸い資金が続き、プロジェクト対象は10村落から60村落に広がりました。各国の基金をはじめとし日本の地球環境基金、イオン財団、経団連自然保護基金から援助を戴き、心から感謝しています。
10年間の主な成果
![]() 女性の自立援助のグループミーティング |
![]() マイクロクレジットで購入した山羊 |
![]() 児童向け環境教育のようす |
* 60村落で約120の女性自助グループ(会員総数約2,000人)を設立。
* 約600のトイレを建設。
* 7エーカーの有機栽培農園を作り、下記施設を併設。
女性・子どもの講座と会合を行う研修センター。ヤシの葉製品、石鹸、生薬、スピルリナなどの小規模製造事業を推進する生産センター。 薬草の苗床。スピルリナの試験用実験室。中央図書館。
* 女性の小規模な起業を応援し、約2,500件にマイクロクレジット(小額融資、40~100米ドル)を融資。
* 30村落で夜間塾を設置、約800人の児童の補習を応援。
* 女性・児童向けの技術・職業教育、エコロジーなど約300の研修プログラムを企画・開催。延べ参加者数は約16,000人。
* 生物多様性の保全および薬草園の栽培・利用について児童を教育。
* 女性グループが延べ55,000本を植林。
* 10,000リットルタンクに雨水を収集するなど水保全対策を開始。
* 女性・児童向けパソコン教育、文化・スポーツイベント開催。
津波の救済と復興
2004年津波で、5村落が家を流失する被害を受けました。アナウィム と IOIは緊急救済支援を行ったほか、長期的な復興を重視し、女性たちが代わりの仕事に就けるように支援、マイクロクレジットを提供しました。このプロジェクトは2005年、南南協力の優良モデルとしてUNDPから特別賞に選ばれ、表彰されました。
得られた教訓
* 人材:活動に専念する有能なスタッフを確保し続けるのは、常に重要な課題。* 村の協力:協力的な村もある一方、一体感に欠け、口論などでプロジェクトが損なわれる村もある。
* 資本:資金提供者の条件や活動の趣旨により全資金を住民のために使わなければならず、アナウィム自体の基礎的な運営資本を蓄積できず、各プロジェクト終了後に資金が欠乏し、サービス継続が困難となる。
* 最後の詰め:優秀な企画でも長期的な持続可能性を確保できる前にプロジェクトの終了時期を迎えることが多い。
最後に
私の人生の旅で、ティルチェンドールの村落との出会いは非常に幸運なことでしたが、エコ・ビレッジという言葉は必ずしも適切でないかもしれません。エコ・アーキテクチャーを推進し、環境への認識を向上させたことは確かですが、それで緑溢れる森が出現し、豊かな水に恵まれたわけではありません。10年ほどの間に、住民の心に何かをもたらせたことは事実ですが、住民達が貧困から脱出できたとは言えませんし、得られた変化の長期的持続についても不確実です。しかし、私自身にとっては謙虚に多くを学び得た体験でした。村との関わりによって私の人生が変わった、と心から言うことができます。(了)
●プロジェクト地訪問やアナウィムでのインターンについて、詳しくはeメールアドレス: rrgopalan2005@gmail.comまで直接お問い合わせください。
●本稿の原文は海洋政策研究財団のホームページでご覧いただけます。
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- 編集後記 ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻教授)◆山形俊男