Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第146号(2006.09.05発行)

第146号(2006.09.05 発行)

森・川・海を見直すとなつかしい未来が見えてくる

特定非営利活動法人エコ・リンク・アソシエーション代表理事◆下津公一郎

NPO法人エコ・リンク・アソシエーションは、自然環境の保全と回復も含めた地域づくりに取り組んでいる。
環境保全活動は、その地域に居住するすべての人たちのネットワークが大切である。
豊かな海の姿を達成するためには、住民が自らの選択によって、
自身にとっての新しい価値を発見し、「誇りの持てる地域」を創っていくことが必要であると考える。

アートが教えてくれた、私たちの環境保全活動

薩摩半島の東シナ海に面した南西部に、日本三大砂丘のひとつである吹上浜が、いちき串木野市から南さつま市加世田の北方まで50kmほど続いており、一帯は吹上浜県立自然公園に指定されている。また、野間岳(標高591m)をいだく野間半島から枕崎市にかけては、典型的なリアス式海岸を形成し、坊・野間県立自然公園となっている。

私たちは、この沿岸域を活動拠点として、森・川・海の環境保全活動に取り組んでいる。活動のきっかけは、東シナ海に注ぐ豊富な水系を誇る万之瀬川流域で1997年から2000年まで取り組んだアートプロジェクトである。文字どおり、万の瀬を集めて東シナ海の海へと流れるという、豊かなイメージを喚起する川である。琉球列島、東アジアへと連動していく「南の起点」でもある川。この万之瀬川流域を舞台に、「万之瀬川アートプロジェクト」は、未来のための水創りネットワークの形成をテーマに展開された。

アーティスト池田一(いち)からの提案は、「万之瀬川から未来の地球に生きる人たちに、どのような水を運ぶことができるのか?」。「水」という、私たちの暮らしや環境に欠かすことのできないものを通じて、人と自然の共生や地球環境問題について表現し、考える場とするプロジェクトであった。また、万之瀬川流域に住む人たちから「未来のための水創りネットワーク」という提案を、琉球列島やアジアへと発信することでもあった。このことは、1998年台北を皮切りに香港、マニラ、インドネシアへと発信され、同一のテーマでアートプロジェクトが各地で開催され、万之瀬川流域のメンバーもアジアの人々とともに作品づくりに参加した。

一連のアートプロジェクトを通して私たちが学んだことは、「いま求められているのは、一人ひとりの自主的な創造力である」ということだった。環境問題への市民参加というキャッチフレーズが今や活力を生まないとしたら、このような創造的なイメージが一人ひとりに芽生えないからである。アートが今日の社会において果たす役割は、ここにある。「すべての人は、未来の地球に水を運ぶ水主である」というアートからの提案は、この「水主たち」への参加が、「未来のための水創りネットワーク」の出発点になるということを教えてくれるはずだ。

エコ・リンク・アソシエーションの取り組みについて

こうして2001年、アートプロジェクトに参加したメンバーによりNPO法人エコ・リンク・アソシエーションは設立され、地域の環境保全活動への取り組みが始まった。森・川・海と人のつながりの中で、地域の自然環境・歴史・文化等を理解する機会を提供することにより、住民と共に地域づくりへの参加を促し、自然環境の保全と回復も含めた独創的な地域づくりに取り組んでいる。

私たちの森・川・海についての取り組みには、

〈森〉 吹上浜防砂林の植樹活動、花渡川(けどがわ)上流域での間伐・下刈り、間伐の担い手育成講習会、森林セラピーによる健康づくり活動、祖父母世代に学ぶ地元学調査、音楽ハイキング

〈川〉 花渡川の生物調査、水のゆくえ調査、アートプロジェクトの実施

〈海〉 海洋環境貢献活動(漂着ゴミの撤去、海の工作教室)、サンゴ分布調査、祖父母世代に学ぶ地元学調査、日本ぐるっと一周海交流、などがある。

こうした活動のなかに、特に森・川・海と人のつながりに着目したものがある。枕崎市の漁師、漁協職員などの参加による「海の森づくり」と呼ばれる藻場の造成活動である。朝早く山へシバ刈りに出て行き、その後シバを海へ沈める藻場造りである。コンブをはじめとする海藻の森は魚介類の産卵場や稚魚の保育場となり、沿岸漁業の資源を育む場所となる。近年、東シナ海沿岸では「磯焼け」と呼ばれる海の砂漠化現象が各地で見られ、沿岸漁業の不振につながっている。大型海藻類は、海中のチッソやリンなどを吸収することにより赤潮などの防止と二酸化炭素の吸収による地球温暖化防止に役立ち、健康食品をはじめ餌料・有機肥料に利用されるなどエネルギー源としても期待されている。このような藻場の再生を、漁業関係者だけでなく山や里の人たちなど多様な主体の参加による海づくりにすれば、森・川・海の循環で成り立つ自然の仕組みについての環境教育につながり、漁業関係者や農業、山林業に携わる人々、あるいは地域住民の顔の見える関係づくりにつながるとともに海の新しい使い方が生まれる可能性がある。

「誇りの持てる地域」を創るために、今、何をすればよいか

万之瀬川アートプロジェクト。

もともと海や港は、文化が行き交う場所であり、人や物や情報が行き交う場であり、山から来た人も自由に憩える所であってほしい。海の町は海でつながっているのに、隣町の港同士の交流は少なく、陸の道だけがどんどん増えるのはなぜだろう。同じ船なのに、漁船とヨットがうまく共存し得ないのはなぜだろう。海が好きなのに、海を汚すのはなぜだろう。

自らの足元を流れる川の水をきれいにしようとしても、上流から、あるいは支流から汚れた水が流入すれば、たちまち足元の水を汚してしまう、ということを、私たちはアートプロジェクトで学んだ。川の水について考え取り組んでいると、その地域に居住するすべての人たちとのネットワークがいかに大切であるかということを教えられる。海の活動もこのネットワークが大切であり、豊かな海の姿を達成するためには、東シナ海沿岸に住む地域住民が自らの選択によって、自身にとっての新しい価値を発見し、「誇りの持てる地域」を創っていくことが必要であると思う。「近代化」のような普遍的モデルのない時代を迎えている今、地域の発展のあり方、生産や生活のあり方について、それぞれの地域が自らの手で、新しい「地域像」を創造していくことが必要である。こうした新しい「地域像」が、住民、企業、地域の様々な主体の海づくりへの参加の中から創造され、共有されてはじめて「誇りの持てる地域」ということができる。

私たちは、これまでに先人たちが築き上げ、培ってきた技術、人材、歴史、文化等の諸資源、機能を数多く継承している。これらを再認識することが大切であると思う。そのうえで、森・川・海一体となり、広域的な視点に立った環境問題の解決を含めた地域づくりが必要なのである。金銭的な豊かさのみを求めたこれまでの時代に別れを告げて、日常生活の中の相互扶助や自然の豊かさの再発見へ......、これが今求められる「何をすればよいか」ではないだろうか。(了)

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  • 磯焼け対策のガイドライン策定に向けて 水産庁漁港漁場整備部整備課◆梅津啓史
  • 森・川・海を見直すとなつかしい未来が見えてくる NPOエコ・リンク・アソシエーション代表理事◆下津公一郎
  • 編集後記 ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻教授)◆山形俊男

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