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オーシャンニューズレター

第146号(2006.09.05発行)

第146号(2006.09.05 発行)

海洋資源大国・日本

東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻教授◆浦辺徹郎

わが国では現在、大陸棚延伸に向けての海洋調査が進められている。
しかし、一般の人には、大陸棚を延伸して何をするのかという素朴な疑問があるのではなかろうか?
実はこの海域には、多様な地質を反映して、豊かな海底鉱物資源があることが分かってきた。
鉱物資源が日本の歴史上果たしてきた役割を振り返るとともに、
将来の資源であるわが国周辺の海底鉱物資源について概観した。

鉱物資源がわが国の歴史上果たしてきた役割

わが国は"資源に乏しい"とされている。すでに江戸時代末においてもそう信じられていたようで、貿易を勧めるオランダ商館長に対し、当時の長崎奉行は次のように答えたという。「わが国では日用の品は自然と備わり、不足品がない。他国との交易で、かえって品物が不足となる。」(加藤祐三「幕末外交と開国」)。このように、日本の経済は江戸時代中期まで基本的に自給自足で動いていた。17世紀から18世紀にかけて世界最大の都市であった江戸の町は、建材から人々の糞尿に至るまでリサイクル・システムを発達させており、資源の究極的な有効利用が図られていたことは驚嘆に値する。

ただし、そのような仕組みがうまく機能し得るのは鎖国時の話で、外国との交易では問題が生じる。特に外国の新しい文化や思想や工芸品を導入しようとする時には大きな障害となることが容易に予想される。

わが国の歴史を俯瞰すると、社会の仕組みを大きく変えるために新しい文化を積極的に導入した時期が3回あった。7世紀から8世紀の仏教文化の導入、16世紀半ばの鉄砲や西洋文物の伝来、そして、19世紀末の明治維新である。実はそのいずれの時期においても、対価としてわが国の鉱物資源からの富が支払われたことは、あまり知られていない。たとえば空海は万巻の仏教教典を日本に持ち帰ったが、教科書には彼の聡明さに驚いた中国の僧侶が供与してくれたように書かれている。日本人としてその説明に異を唱える気はないが、実際には彼ら日本人僧侶が東北地方で産出した砂金を対価に、寺院の僧侶を総動員して教典を筆写させたという記録が残っているという。これらの文化を輸入できた背景には、当時、日本が世界最大の産金国であったことが関係しているのである。

戦国時代、武田信玄の財政を支えていたのは甲州の山金(やまきん)であった。これはそれまでの砂金とは異なり、岩石中から金や銀を取り出す新技術のたまものである。その手法が伊豆や各地の金山に移植され、安土桃山時代には膨大な量の金銀が産出されたと考えられている。さらに、江戸時代に日本が世界最大の産銀国となった背景には、石見銀山の複雑鉱から銀の製錬を可能とした西洋の新技術の導入があったという(井沢英二 九州大学名誉教授による)。

次に明治維新である。明治時代前半、政府は西洋の重機を別子、生野、日立などの鉱山に導入した。その結果、わが国は明治時代中期に世界最大の産銅国となり、西洋諸国より最新の科学・技術を導入する上で大きな寄与を果たした。日本の財閥の太宗は、鉱山業といういわば無から有を生じる産業に関わったことより、その礎を築いたのである。

新しい文化の開花は、それぞれの時代の指導者の意思と、それをささえた人々の民度の高さに依るところが大きいが、資本が必要な時に必要な鉱物資源が産出したことが、幾たびもわが国の幸運をもたらしたことは特筆されて良いだろう。

海底鉱物資源を視野にいれた海洋政策の必要性

前置きが長くなったが、本論に移ろう。仮に過去にわが国が資源国であったとしても、現在では鉱物資源はなくなったのだろうか。実はそう言い切れないのである。日本は世界6位の排他的経済水域(EEZ)を有しており、それを水を被った国土であると発想の転換をすれば、まったく事情が異なってくるからである。

第二白嶺丸から海面に降ろされる海底設置型のボーリングマシンBMS。BMSは日本独自の機器として、資源調査に活用されてきた。

わが国のEEZおよびその外縁部は際だった2つの特徴を有している。まず、地球上で最も古い1.5億年前の海底が小笠原の東方にあること、次に、世界の海洋性島弧の2割近くがその中に含まれること、である。前者の特徴によりコバルトクラストが小笠原の東方に産し、コバルト、マンガン、銅の資源となっている。さらに重要なのは、その中に白金が0.5~1ppm程度含まれることが分かったことである。白金は触媒として自動車排ガスの浄化に不可欠であるため、最近、工業的な用途が装飾品としての用途を量的に凌駕した。また、産出国が局在していることと、供給障害が懸念されていることから、その需給動向が注目されている金属の一つである。

海洋性島弧の海底火山には、海底熱水性鉱床と呼ばれる、高濃度の銅、鉛、亜鉛を含む硫化物鉱体が見られる。沖縄トラフ、伊豆・小笠原の海底には、世界最大級の海底熱水性鉱床が数個知られており、特に金、銀含有量が高いことから、経済的にも注目に値する資源となっている。これらについては資源エネルギー庁、金属鉱業事業団(現石油天然ガス金属鉱物資源機構)、地質調査所(現産業技術総合研究所)等によって、長年にわたる地道な調査が続けられ、上記の2つの鉱種について、わが国のEEZ内に飛び抜けて多くの「資源量」があることが判明した。つまり、海底鉱物資源でいえばわが国は現在世界一の資源国なのである。

BMSで掘削された熱水鉱床の鉱石。
(マリアナ海域)

ただし、これらは「資源量」であって、経済的に利益を上げつつ採掘できる「埋蔵鉱量」ではないということに注意しなければならない。鉱量を確定するには、さらに精密な探査を進め、採鉱、選鉱、製錬技術を開発し、採鉱に伴う海洋汚染を低減化する技術を、長期的視野の下に開発する必要がある。

問題は、それを実施する体制が風前の灯となっていることである。これまで上記の資源調査と技術開発を担ってきた鉱物資源探査船「第二白嶺丸」がまもなく廃船となり、代替船の計画が立っていないからである。一方、近年の金属価格の高騰を受け他国の動きは活発である。中国は7,000メートル級の有人潜水艇を完成させ、来年度海域テストを開始する予定であるし、韓国もコバルトクラストの調査を実施している。パプアニューギニアでは本年度カナダの民間会社により、海底熱水性鉱床の探査と採鉱試験が行われている。このような事態に対し、関係機関で検討がなされているものの、国としての方針無しには結論が出しにくく、明快な対処がなされていない。海底資源を含めた海洋政策の確立が強く望まれるところである。

紙面も尽きてきたのでここらで筆を置こう。ただ、歴史の流れの中で何度目かの世界一の資源国となった日本が、今度こそその海底資源の富を将来の人類に継承するために、世界の先頭に立つ日を夢見る今日この頃である。(了)

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