Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第142号(2006.07.05発行)

第142号(2006.07.05 発行)

ウナギ人工種苗生産技術の開発

(独)水産総合研究センター 養殖研究所 生産技術部繁殖研究グループ長◆田中秀樹

ウナギの養殖は盛んに行われているが、
これはすべて天然の稚魚-シラスウナギを捕獲して育てているに過ぎない。
ウナギは飼育下ではなかなか自然界のように成熟せず、幼生期の餌や生息環境の情報が乏しいため、
シラスウナギまで人工的に育てることに成功するのに研究開始から40年近い歳月を要した。
今後は、シラスウナギまでの生残率を高め、低コストで大量に生産する技術の開発が望まれている。

ウナギの養殖と人工種苗の必要性

日本は世界のウナギ生産量のおよそ3分の2を消費しているが、日本で食べられているウナギの99%以上はシラスウナギと呼ばれる全長5~6cmの透明な天然の稚魚を捕獲して育てた養殖ウナギである。ニホンウナギの稚魚は初冬から春先にかけて南西日本や朝鮮半島、中国、台湾の沿岸や河口に来遊し、河川や湖沼、沿岸などで魚類や底生生物などを食べて育ち、5~10年ぐらいで成熟し、はるか南の産卵場をめざす旅に出るとされている。しかし、天然魚の海洋生活史は断片的にしか分かっておらず、成熟した親ウナギや産み出された卵は未だ見つかっていない。親魚の成熟状態や産卵環境、卵の大きさや孵化適水温、仔魚期の餌や棲息環境などに関する情報は絶対的に不足しており、多くの魚種で卵から親までの完全養殖が可能となっている中で、ウナギは長年の多大な努力にもかかわらず養殖用種苗はすべて天然シラスウナギの採捕に依存している。しかしながら、シラスウナギの来遊量は世界的に大幅な減少傾向にあり、年変動も大きいことから種苗供給の不安と極端な価格変動を招いている。そのためにもウナギの人工種苗生産技術を開発し、種苗供給を安定させることが養鰻業界の悲願となっている。

ウナギの人工孵化研究の歴史

ウナギの人工孵化の研究は、わが国では上述のような養殖用種苗の安定供給に対する強いニーズから60年代に始められ、すでに40年以上の歴史がある。ウナギは飼育下では自然に成熟・産卵することはないので、人工孵化の前提として人工的に成熟を誘起する技術の開発が必要であった。雄の成熟誘起はすでにヨーロッパで成功しており、わが国でも60年に東京大学のグループがホルモン投与によって成熟を誘起し、精液を採取することに成功している。一方、雌の成熟誘起には10年以上を要し、70年代になって千葉水試、北海道大学などで排卵誘起に成功した。そして73年、北海道大学の山本喜一郎教授らは世界で初めて人工孵化に成功し、孵化後5日間の発生を観察した。しかし、当時の技術では受精可能な卵が得られる確率は極めて低く、また親ウナギとして天然の下りウナギを用いていたため数の確保が困難であるだけでなく季節的にも秋から冬の一時期に限られ、孵化仔魚飼育研究の機会は非常に少なかった。

80年代以降、魚類の生殖内分泌に関する研究が大きく進歩したことによって、ウナギで問題となっていた成熟は進むが排卵されることなく過熟になってしまう現象の原因が明らかにされた。また、ほとんど雌が出現しないため産卵用の親ウナギとして利用できなかった養殖ウナギを雌化して採卵する方法が愛知県水産試験場の技師らによって開発された。これらの技術革新により、ウナギの人為催熟・人工孵化の研究は飛躍的に進み、90年代には仔魚飼育の試みが本格的に行えるようになった。

透明な葉形仔魚-レプトケファルス幼生の飼育

立派に成長した人工生産ウナギ。

水槽内を泳ぐウナギのレプトケファルス幼生。

人工授精したウナギの卵は水温21~22℃では35~40時間で孵化し、孵化後3~4日で口が開き、6日で全長7mm前後に達し、目が機能的になり消化酵素も分泌されるようになって餌を食べる準備が整う。北大で初めて人工孵化に成功して以来、いくつかの研究機関で仔魚が得られ給餌飼育が試みられてきたが、生存期間は2週間前後で成長は見られず、給餌の効果は確認されていなかった。

われわれのグループは、まず最初に海産魚の仔魚飼育の餌として広く使われている動物プランクトンのワムシを給餌してみたが、やはり給餌効果は見られなかった。そこで、考えつく限りの餌をしらみつぶしに試してみたところ、餌料生物の栄養強化飼料として市販されていたサメ卵凍結乾燥粉末を比較的良く食べることを発見した。しかし、サメ卵粉末だけでは栄養的に不完全なため、孵化後約1カ月、全長10mm程度まで育てるのが限界であった。さらに長期間、さらに大きく育てるために、餌の改良を中心に研究を進め、サメ卵を主原料とし、消化機能の十分発達していない仔魚でも吸収しやすいオリゴペプチドを添加するとともにビタミン・ミネラルを強化し、これらの材料をオキアミ抽出液に懸濁させた液状の餌を試作した。飼育水温や給餌回数、水槽内を清潔に保つなどさまざまな工夫を重ねた結果、順調な成長が続き100日目には平均全長20mm以上となった。また、天然で採集されているレプトケファルスと呼ばれる幼生に近い柳の葉のような姿になり、大きいものは全長30mm以上にまで成長した。しかし、天然に比べて成長が遅く、シラスウナギに変態するとされる全長50~60mmに到達することなく、最長250日あまりですべて衰弱死した。

シラスウナギへの変態と残された課題

変態開始サイズまで健全に成長させることとシラスウナギへの変態実現に向けて、新たな飼育装置を考案するとともに給餌期間中の照度を高めることによって短時間で活発に摂餌させることに成功した。また、従来の飼料に添加していたオリゴペプチドに含まれていた成長阻害物質を酵素処理によって分解し、オキアミの有効成分をより効率的に利用するためオキアミ分解物を添加した。その結果、2002年春、ついにウナギ人工孵化仔魚は孵化後230~260日で全長50~60mmの変態開始サイズに到達し、柳の葉のような形のレプトケファルスから筒状のシラスウナギへと劇的な変態を遂げるものが出現した。そのシラスウナギは今では全長50cm以上の立派なウナギに成長し、人工生産したシラスウナギが養殖用種苗として利用可能であることが実証された。

しかし、採卵用ウナギ親魚の養成、成熟誘起法、得られた卵や仔魚の質、孵化後の生残率および成長速度、仔魚の健全性などに数多くの問題点が残されている。養殖用の種苗としての実用化までには、安定した大量生産のための技術開発と飛躍的なコストの低減が必要であり、さらなる研究の強化・継続が不可欠である。ウナギ人工種苗生産技術は、養殖用種苗の安定的確保だけでなく、天然のウナギ資源の保護や謎の多いウナギの生態の完全解明にも多大な貢献が期待できる。(了)

●水産総合研究センター養殖研究所生産技術部繁殖研究グループ http://www.nria.affrc.go.jp/biology.html

第142号(2006.07.05発行)のその他の記事

  • ウナギの謎は解き明かされたか? 東京大学海洋研究所教授◆塚本勝巳
  • ウナギ人工種苗生産技術の開発 (独)水産総合研究センター 養殖研究所 生産技術部繁殖研究グループ長◆田中秀樹
  • 出雲の鰻が大坂へ (社)大阪市中央卸売市場 本場市場協会 資料室◆酒井亮介
  • 編集後記 ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻教授)◆山形俊男

ページトップ