Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第142号(2006.07.05発行)

第142号(2006.07.05 発行)

編集後記

ニューズレター編集委員会編集代表者(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻教授)◆山形俊男

◆この夏、干支の関係で土用の丑の日は2回訪れる。7月23日と8月4日である。土用の丑の日といえば鰻であろう。これは江戸時代に平賀源内が、銚子の濃口醤油のタレを使った江戸前の鰻の蒲焼きは夏バテ防止によいと喧伝したことによる。とはいえ鰻が滋養になるという話は、平安時代初期の大伴家持の和歌にまで遡れるようだ。万葉集巻十六に「石麻呂に吾(わ)れもの申す 夏痩せによしと云うものぞ むなぎ(うなぎ)とり召せ」、「痩(や)す痩すも生(い)けらばあらむを 将(はた)や将むなぎを漁(と)ると河に流るな」とある。痩身の吉田連老(きちだのむらじおゆ)を揶揄(やゆ)して詠んだ歌である。夏バテに効くから鰻をとって食べろ、と言いながら、一方で、痩せていても元気なのだから鰻を捕ろうと欲をかいて河に流されるな、とからかっているのである。

◆前置きが長くなったが、今号では丑の日を前にして「ウナギ」を特集した。食の世界では身近なウナギではあるが、意外にもその生態系は謎に包まれている。東京大学海洋研究所の塚本氏の研究チームは数十年に及ぶ壮大な調査活動を経て、ウナギの産卵場が西マリアナ海嶺のスルガ海山にあることを突き止めた。この画期的な研究は大きなニュースとして報道されたのでご存じの読者も多いと思う。塚本氏によれば、この成果は決して海洋生物学だけでなく、水産学、海洋物理学、海洋化学、地球物理学、海洋工学などの総合科学としての海洋科学の進展によるものであるという。日本財団とともに推進する「深海科学教育プログラム」が一層発展し、海洋科学の夢を若い世代に育むことを期待したい。

◆ところで、国内で消費される鰻12万トンのうち、30%が国内の養殖もの、70%が台湾や中国から輸入された養殖ものである。国内で捕獲した天然物は1%にも満たない。黒潮に乗って東アジアに流れ着くシラスウナギを捕らえて養殖したものをわれわれは食べているのである。これまで人工孵化してからシラスウナギの段階にまで育てる技術は無かった。しかし水産総合研究センターの田中氏らは数十年に及ぶ研究の末にこの技術を世界で初めて確立することに成功した。実用化にはコスト面などでまだいくつかの困難が残されているようであるが、素晴らしい成果である。塚本氏らの推進する自然界における生態系の解明にも大いに役立つことが期待される。

◆大阪市中央卸売市場の酒井氏には江戸時代の大坂と出雲を結ぶ鰻の道について解説して頂いた。大阪の鰻料理の老舗がどうして「いづもや」と呼ばれるのか、その背景がわかる。シラスウナギの養殖は明治12年に始まったというから、江戸時代の人々はすべて天然物を食べていたようだ。このころ大坂では鰻を腹から裂き、江戸では背側から裂いていたという。これは江戸の武家が切腹をイメージするのを嫌ったためらしい。土用の丑の日には「鰻」の食文化の歴史に改めて思いを馳せてみたい。  (山形)

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