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オーシャンニューズレター

第13号(2001.02.20発行)

第13号(2001.02.20 発行)

情報化時代の海上防災訓練

神戸商船大学教授◆石田憲治

地震、火山噴火、タンカー事故等によってもたらされる災害の規模は、事前準備と事後対応の良否が決定する。発生を的確に予測できない危機的状況に対し、どのような柔軟な訓練をわれわれは将来に向って用意すべきなのか。ここにパソコン時代の模擬訓練を紹介する。

阪神淡路大震災の体験を基に、危機状況への対応研究がはじまった

松林の向こうに水平線が浮かぶ福井県三国町の穏やかな海岸を昨秋訪れ、約100日にわたって何万人もの人たちが重油除去作業にあたった、あのナホトカ号の「戦記」ともいうべき記念碑を見ました。かつて戦場と化したその海岸を眺めながら、アラスカ州でのエクソン・バルディッツ号(1989年)、スコットランド沖、北海でのブレア号(1993年)の「戦場」に思いを馳せました。「油を除去する」この単純な目的で多くの人が集まりうごめいている情景は、私にとって第2次大戦中の上陸作戦の写真や映画でしか記憶にありません。

油や危険物が無人島のような人間社会にまったく影響ない所に漂着しても、私たちは同じことができるのだろうか?私たちは人命や財産、あるいは日常の営みを直接脅かされるいわゆる危機的な状況に至ってはじめて、他の個人や組織と共同して、遭難救助や事故対応などを進めるにちがいありません。最近の国内の事例では、阪神淡路大震災、有珠山噴火、JCO放射能漏洩事故、大島噴火、鳥取地震、名古屋の大水害、地下鉄サリン事件時の対応があげられます。規模や事例は異なりますが、人々のボランティア精神を触発した、類似の危機状況だったと考えられます。

その原因が何であれ、これら危機に共通する困難性は、発生を的確に予測できないことにあります。災害の度に、必ず災害の事前準備と事後対応がどうであったかが調査されます。しかしながら予測シナリオにない災害の場合は、当然、事前準備が整っておらず、したがって事後の対応の優劣が被害の規模を決定付け、それがそのまま関係機関への評価ともなります。すなわちきっかけが天変地異であっても、結局は「人災」と決め付けられる恐れがあります。

神戸商船大学では、20秒ほどの大地の震撼により一瞬にしてライフラインが寸断され、陸の孤島になってしまった、あの大震災の体験を基に、危機状況に関係者がどう対応すべきかについて研究する分野横断的なグループを直後に発足させました。

パソコンを駆使した演習によつて、災害の事前準備と事後対応のあり方が見えてくる

ナホトカ号海難事故は、その絶好の研究対象となりました。海象予測、荒天航海、人命救助、油の漂流経路、油回収方法、被害状況、損害補償、国際法、船級など広範囲にわたって調査・研究をすることにしました。特に、地震では不可能だった災害の再現性を事前・事後対応を伴わせて再現する方法を検討しました。研究の過程で米国の商船大学学生チームが、年に1回1週間ほどかけて陸軍、海軍、空軍士官学校の学生チームとインターネットにより、戦争ゲーム「陣地の争奪戦」に熱中していること、またフィヨルドに面した町オスロには、地元海域に流出した油を災害モデルを使って拡散防止や回収の訓練を実施するセンターがあることを知りました。

学内に30~40台ほどパソコンを配置し、それぞれのパソコンに災害対応に関係する行政機関などその職種を図のように割り振りました。演習は1日6時間1週間にわたって、学生・教官約40名が災害の対応にあたって何をすべきかを考えていきます。役割には海難の原因者(船長)、船主、海上保安部、現場で救助・災害に対応する巡視船・航空機・サルベージ船、実質の回収作業を担当する災害防止センター、港長、市長、消防署、漁協、ボランティア、マスコミ、海難保険会社、環境保護グループ、物資供給業者、病院等です。

昨秋行った演習シナリオは、人口が密集する港湾都市海域で、内航タンカーとプッシャーバージが衝突し、タンカーは沈没、その引き揚げ中に積み油が流出して風に押されて港内深部まで到達、日常生活や地域産業の操業に影響を与える筋立てとしました。同演習にはナホトカ号海難時の関係者(海上保安庁、石川県庁職員)や船首から残油を抜いたサルベージ会社の人、回収・処理作業に携わった人、被害を克明に記録した人等多くの関係者が、学生たちのシミュレーションを長時間視察されました。いただいた評価は、この演習方法でも臨場感は充分あるというものでした。パソコンを利用することで、机上演習ではあっても、相当レベルの訓練ができることをわれわれの研究を通じて確信しております。

例年9月の防災の日を中心に展開される国や自治体が実施している防災訓練は、訓練前にすべてが準備され、参加者の役割も言動もマニュアルに従って実施されます。ここで紹介した演習は、パソコンという擬似空間上ではありますが、各々の役割を担う訓練参加者がどのようなタイミングで誰から情報を入手できるのか、またそれによってどのように行動すればよいのか、あるいは、誰にどのような情報を自ら発信しなければならないのかが訓練されることになります。災害対応のシナリオは一つではなく、細胞がどんどんと分裂するようにシナリオがリアリティを持って展開してゆきます。

最近のIT技術は今後さらに進歩するでしょうから、そのうち相手が見え、また、音声が出るパソコンや携帯電話などの出現で、シミュレーションシステムも多種多様かつ汎用性も持つものに進化することが期待できます。演習の場所や時間が限定されず、シナリオは些細な事象から大規模なものまで設定可能です。

ほぼ実用化の域に達したわれわれのモデルを利用し、このような新しい形式の海上防災訓練を実施してくれるチャレンジあふれた市町村の出現を期待するものであります。(了)

ネットワーク構成図

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